![[追悼・ダイワメジャー]メジャーとダンスの華やかな「ふたり舞台」](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/01/202601222-1.jpeg)
2001年4月8日。千歳の社台ファームにてスカーレットブーケは栗毛の牡馬を出産した。名牝スカーレツトインクの血を引くこの馬こそがダイワメジャー。スカーレット一族の血を象徴するような雄大な馬体の持ち主は育成時から並外れたパワーを発揮し、一目置かれる存在だった。そこに輪をかけて父サンデーサイレンス譲りの荒々しさも加わり、手をつけられないような場面もあったという。まさに怪獣といっていい。姉ダイワルージュを管理した美浦・上原博之厩舎に入厩後もパワーと荒い気性に手を焼かされた一方、間違いなく大器であるという認識は揺るがなかった。
デビュー戦ではパドックで寝ころび、返し馬もまともにできないなど破天荒な振る舞いをみせ、2着。競馬場であれほど腰を下ろそうとするサラブレッドを見たことがない。そんな伝説だらけの新馬戦での教訓をいかした2戦目のダート戦では後続に9馬身差をつけ圧勝。大器の片鱗をみせた。その一端は11番人気だったスプリングS3着でも披露しており、10番人気で挑んだ皐月賞では1番人気コスモバルクの馬主・岡田繁幸氏に「ダイワメジャーが怖い。あの馬をマークしてほしい」と言わしめた。岡田氏の見立ては氏にとって悪い意味で現実となった。2番手を進んだダイワメジャーをコスモバルクが懸命に追いかけるも、その差はつまらない。528キロの馬体から解き放たれるエネルギーは強力な持続力と化して駆け抜けていく。中山で2番手から上がり600m33.9を繰り出されては、太刀打ちできるライバルはいなかった。

スカーレットブーケがダイワメジャーを産み落とした2日後のこと。ダンスパートナー、ダンスインザダークの母ダンシングキイがダイワメジャーと同じ父サンデーサイレンスの牝馬を出産した。その名はダンスインザムード。オリビエ・ペリエ、岡部幸雄、武豊がバトンをつなぎ、3連勝で桜花賞の切符を勝ちとり、無敗の桜花賞馬に輝いた。ダイワメジャーと同じく豊かなスピードの持ち主だった。
2004年桜花賞、皐月賞から22年後の2026年1月19日に社台ファームでダンスインザムードが、その翌日20日に社台スタリオンステーションにてダイワメジャーがこの世を去った。同一年の桜花賞馬と皐月賞馬が立て続けに命を散らしたのはなにかしらの運命を感じざるを得ない。というのもこの2頭は現役時代、同じカテゴリーを得意としており、よく同じレースを走っていた。
2頭がはじめて同じレースに出走したのは2004年天皇賞(秋)だった。ダイワメジャー17着、ダンスインザムード2着。この頃、ダイワメジャーはノドに疾患を抱えており、自慢の持続力に翳りがみえていた。ダンスインザムードはオークス4着、アメリカンオークス2着、秋華賞4着と惜敗が続いており、13番人気と人気を落としていたが、同厩舎の先輩ゼンノロブロイの末脚に抵抗をみせた。
その後、ダイワメジャーはノドの手術に踏み切り、約半年の休養を経て、4歳春のダービー卿チャンレジTで復活勝利を飾り、安田記念へ駒を進め、ダンスインザムードとの2度目の対決を迎える。ダイワメジャー8着、ダンスインザムード18着。2頭は前年春とは対照的にもがいていた。3度目の対決はその年のマイルチャンピオンシップ。2番手をとるダイワメジャーとその背後につけるダンスインザムードは淀の外回り生垣の向こうを並ぶようにまわってくる。直線でダンスインザムードがダイワメジャーに併せる構えをみせるや、それを振り払らおうと内から末脚を繰り出していく。2頭が競り合いながらゴール板に飛び込むかと思わせたところに外からハットトリックが飛び込み、さらに2頭の間に年下の桜花賞馬ラインクラフトが忍び込んだ。ダイワメジャー2着、ダンスインザムード4着。スピードあふれる2頭が動かしたレースだった。
復活の兆しをみせた2頭は翌年春のマイラーズCで再び相まみえる。このときは先行するダイワメジャーが差すダンスインザムードを振り切る形で幕を閉じ、初となるワンツーを決めた。負けたダンスインザムードは次走ヴィクトリアマイルを勝ち、ひと足先に2勝目のGⅠタイトルを勝ちとる。GⅠ2勝馬として安田記念で5度目の対戦の機会を得る。1番枠と2番枠。隣り合った2頭は対照的なレースをみせる。いつものようにダイワメジャーが早々に先をいき、ダンスインザムードは抑えて末脚勝負の道を選ぶ。逃げるメイショウボーラーの内で脚を溜め、抜群の手ごたえで前の馬の外へ出ていくダイワメジャーに対し、同じく終始インを進んだダンスインザムードはいつの間にかその背後まで差を詰めていた。ダイワメジャーなら下がってくるはずがない。後ろにいれば必ず進路をつくってくれる。その実力を最大級に認めているゆえの作戦だった。最後は内に切り返し、ダイワメジャーを懸命に追うも、2頭の脚色をはるかに上回ったのが外から伸びたブリュッシュラック、アサクサデンエン、ジョイフルウイナーの猛者たち。結果はダイワメジャー4着、ダンスインザムード5着。お互いが意識したからこその着順の並びだったといえる。
対戦はまだまだ続く。毎日王冠はダイワメジャー1着、ダンスインザムード2着と2度目のワンツー決着。次走はどちらも天皇賞(秋)。意地でも2番手をとる姿勢を変えないダイワメジャーに対し、ダンスインザムードはマークする道を選ぶ。2、3番手で進み、どちらも馬なりのまま最後の直線へ。いつ追い出すのか。2頭の鞍上がけん制する。ダイワメジャーの安藤勝己は外につけるダンスインザムードをチラっと見やると、一気にラストスパートをかける。ゴールまで止まらないという持ち味を最大限に発揮できる絶妙なタイミングだった。ダイワメジャーのスパートにダンスインザムードは抵抗できなかった。独走態勢に入り、追いかける差し馬勢を振り切り、ついに2勝目のGⅠタイトルを手中に収めた。連勝を目指す舞台はマイルチャンピオンシップ。ダンスインザムードも鞍上に桜花賞を勝った武豊を迎え、雪辱の機会をそこに見出した。
ダイワメジャーはどんなレース展開になっても、2番手を譲らない。ステキシンスケクンがハイペースをつくってもスタイルは同じ。ダンスインザムードは天皇賞(秋)を踏まえ、中団で控え、末脚に懸ける作戦をとる。ダイワメジャーにない武器が切れ味であり、それを最大限に発揮する構えだ。小雨舞う淀の馬場は少し荒れ模様。ダイワメジャーの安藤勝己は4コーナーで荒れたインを避け、意図的に外へ持ち出す。自信に満ちていた。対する武豊はインは避けつつも、コーナーではできるだけ真ん中からインを通り、外をいくダイワメジャーとの間合いを詰めていく。迎えた最後の直線ではひと足先にダイワメジャーが抜け出すところを外に持ち出されたダンスインザムードが武器である末脚を繰り出し、差を詰めていく。粘りか切れか。2頭の武器が交錯した結果、3度目のワンツー決着。GⅠでの最初で最後の1、2着だった。

そして、このマイルチャンピオンシップは2頭が走る最後のレースになった。ダンスインザムードはその年の香港マイルで現役を退いた。一方、ダイワメジャーは900mも距離が延びる有馬記念で3着に入り、ドバイデューティーフリー3着を経て、安田記念でコンゴウリキシオーが挑んだ真っ向勝負に打ち勝った。秋にはダンスインザムードがいないマイルチャンピオンシップでスーパーホーネットの追撃を退け、連覇を決めた。その次走は有馬記念。妹ダイワスカーレットとの共演を実現させ、ターフを去った。
以後、社台スタリオンステーションで種牡馬となり、カレンブラックヒル、コパノリチャード、ブルドッグボス、メジャーエンブレム、レーヌミノル、アドマイヤマーズ、ノーヴァレンダ、レシステンシア、セリフォス、アスコリピチェーノと自身の最大の武器だったスピードと持続力に特化した産駒を送り続けた。ほかにも多くの重賞ウイナーを輩出し、16世代にわたり日本競馬の発展を支え続けてきた。種牡馬としていかに優秀かについては語るまでもない。
だが、やはり現役時代の雄姿が強烈に心に残る。スタート直後に2番手をとった際に感じる「どうやっても敵わない」絶望感はダイワメジャーでしか表現できない。馬なりでまわってくる直線も合わせ、これぞまさに横綱相撲だった。そんな横綱に何度も立ち向かっていった名牝ダンスインザムードがこの世を去った翌日に突如として命の灯を消してしまったのはなぜなのか。荒々しさの裏側にあった臆病な部分が寂しい気持ちに引き寄せられたのではないか。そんな気がした。
写真:Horse Memorys、RINOT
