オークションサイトで購入するデメリットのひとつとして、大物感が挙げられます。ここで言う大物とは一流馬や超がつく一流馬のことを指しています。セリ市で馬を買う時点では、どの馬も一流馬であり超一流馬になる可能性を秘めていますが、さすがにオークションサイトに出品されてくる馬たちは、少なくとも一度はレースで走って、能力の限界を見せていますので、大きなレースを勝つような馬を手に入れることは難しいです。それは期待感や夢とも密接に関係していて、つまりG1レースや重賞を次々と勝って、牡馬であれば種牡馬入りし、牝馬であれば名繁殖牝馬となるような夢は抱きにくいということです。もちろん夢や期待を抱くのは個人の自由ですが、あまり現実的ではないということですね。これはオークションサイトには夢がないということではなく、セリ市で馬を買うことには無限の夢があるということです。
ひとつだけ付け加えると、オークションサイトで購入した馬には基本的には名前を付けられません。未出走の馬であれば、競走名を変更することも可能ですが、一度でもレースに出走している馬はそのままの名前を受け継ぐことになります。せっかく馬主になるのであれば、自分の好きな名前をつけて走らせたいと願うのは当然です。いわゆる命名権があることも、その価値は人によって大きく違いそうですが、セリ市で馬を買うことのメリットのひとつでしょう。ちなみに、僕はつけたい馬名の候補が２つあります。ひとつは僕が編集長を務める新しい競馬雑誌「ROUNDERS」。ラウンダーズは牡馬であれば格好良い響きですね。ただし商品名に該当しますので、申請が通るかどうかはあやしいです。
もうひとつは、「ホゲットミーノット」です。この馬名を聞いてピンと来た人は、かなり昔から競馬を楽しまれている方でしょう。英語にすると、forget-me-not。忘れな草のことです。フォゲットミーノットとしたかったのに、９文字という馬名制限のため、ちょっと寸詰まりの、それでいて可愛らしい響きの名前になったと思われます。
ホゲットミーノットと僕の出会いは1990年でした。競馬を始めたばかりの僕は、目の前で行われているレースの全てが新鮮で、朝10時前には後楽園ウインズに到着し、第1レースからしっかりと競馬を楽しんでいました。そんな中、とあるレースで、全く予想もしていなかった馬が、想像を絶する後方の位置取りから突っ込んできたのです。枠連しかなかった当時としては珍しい万馬券でした。
大穴を開けた馬の成績欄を新聞で確認してみると、前走は11着、前々走は8着、その前は11着とありました。しかも、いずれも勝ち馬から10馬身以上離された大敗。専門家の誰一人として印を打っていません。どこをどう見ても、この馬が好走する理由などなかったのです。僕は途方に暮れて、その馬の名前をふと見てみました。「ホゲットミーノット（私を忘れないで）」。その瞬間、僕は彼女のファンなったのです。
それ以来、1ヶ月に2度のペースで出走を繰り返す彼女に僕は賭け続けました。しかし、追い込んで届かずというよりは、後方そのままといったまるで見せ場のないレースばかり。いくら好きになった馬とはいえ、そんなレースを見せ続けられると、人間というもの少しずつ気持ちが薄らいでゆきます。そうしたある日、ふとした都合で彼女のレースを見逃してしまいました。後日、ホゲットミーノットが10番人気で大穴を開けたということを知った時、僕は自分の想いの弱さにがっかりしました。ちょうど僕に忘れられた頃、忘れないでという名の彼女はやって来たのでした。
ホゲットミーノットは競馬の難しさ、そしてサラブレッドの不思議さを僕に教えてくれました。来そうだと思えば全く見せ場なく惨敗し、どう考えても来ないと思えば後方から突っ込んで来る。芝・ダート、長距離・短距離問わず、好走し凡走しました。馬券的な相性は全くと言ってよいほど良くありませんでしたが、僕は彼女を追いかけたことで、競馬の世界には僕たちの手の及ばない神の力のようなものが働いていることを知りました。競馬は僕たちが頭で考えるよりも、もっと複雑で豊かなのだと。それは諦めではなく、未知の世界に対する希望のようなものであった。いつか僕が個人的に馬を所有し、馬名をつけることが許されるとしたら、その時はホゲットミーノットとつけたいと思いました。
どうしても自分の馬には好きな名前を名付けたいという方は、オークションではなくセリ市でデビュー前の馬を買うしかありません。これから先、現役競走馬の売買はより増えてくると思いますので、１度に限り競走名を変えることができるように制度を変更してもらいたいと願います。馬主が変わって、走る競馬場が変わったときぐらい、気分一新、名前が変わっても良いのではないでしょうか。現時点では、オークションサイトで馬を購入する以上は、自分が名付け親になることはあきらめるしかありませんね。
（次回へ続く→）
