[連載・馬主は語る]ダービー馬はダービー馬から(シーズン1-20)

待てど暮らせど地方競馬馬主の資格証は届かず、馬主になりたいという気持ちが少しずつ落ち着いてきました。何かをスタートするには、熱狂的な情熱が必要ですし、それこそが原動力になるのだと思いますが、時としてこうして冷静に考えてみることも大切です。もしかすると、熱くなりすぎた頭を冷ましなさいという期間なのかもしれません。いやそうではなく、ただ単に馬主申請する人たちが増えてきていて、事務処理が追いついていないだけだとは思いますが…。

僕の気持ちが冷めつつあるのは、ここ数か月、芸能人やユーチューバーが馬主になってセリで馬を買うという企画を目にする機会が増えているせいでもあります。ネタ(コンテンツ)のひとつとして馬を買って走らせるという流れが盛り上がっています。競馬業界としては喜ばしいことですが、新規参入先としてはもはや相応しくないと考えてしまうのは、ビジネスや事業に対する嗅覚をお持ちの方であればご理解いただけるのではないでしょうか。

まあ、ただ単に、僕は人が長蛇の列をなしているところに並びたくないというだけなのかもしれません。どれだけ美味しいラーメン屋でも、たくさんの人が並んでいるのを見ると僕は帰ってしまうような人です。皆と同じ行動をしたくないという深層心理があるのだと思います。そんなにひねくれ者ではありませんし、人と違ったことをして目立ちたいとも思わないのですが、なぜか皆と同じ行動をすることに耐えられないのです。

そうこうしていると、北海道日高の碧雲牧場の長谷川さんから、タラの芽が送られてきました。北海道のタラの芽は、近所のスーパーで売っているそれとは違い、大きくて太く、そして立派です。棘(とげ)が刺さらないように気を付けながら土を落とし、天ぷらにして食べると、この世のものとは思えない美味しさがします。しかも栄養価が高い。毎年送ってもらうのを家族で楽しみにしていて、ひと晩でペロッと平らげてしまいます。お酒のつまみとしても最高であり、北海道のタラの芽を食べたことのない人はぜひどこかで食べてみてもらいたいです。

タラの芽のお礼を電話で伝えつつ、長谷川さんから生産現場の話を聞かせてもらいました。昨年のノーザンファーム繁殖牝馬セールで600万円購入したマンドゥラの仔(父キタサンブラック)が無事に生まれたそうです。マンドゥラはワールドエースやワールドプレミアの母マンデラの半妹であり、ヨーロッパのスタミナ型の奥深い血統です。にもかかわらず、繁殖セールでしかも600万円で購入できたのは、マンドゥラ自身が高齢(13歳)であることに加え、馬体が小さいからという理由だそう。それでも、お腹にキタサンブラックが入っている状態ですから、僕には破格だと思えるし、長谷川さんもそう感じていました。

碧雲牧場は、長谷川さんやその家族による丁寧で優しい世話のおかげもあって、繁殖牝馬の受胎率が良いため、社台グループからも信頼され、多くの繫殖牝馬を預託されています。ノンコノユメの母ノンコもその1頭です。ノンコノユメは9歳時の産駒ですが、その後も16歳でキングカメハメハの仔を受胎しています。マンドゥラも碧雲牧場の手にかかったら、まだまだ繫殖牝馬として活躍してくれるのではないでしょうか。その他、サトノクラウンの当歳の出来や、今年はリアルスティールやニューイヤーズデイを種付けした話など、僕たちの話は尽きません。

そんな話の流れの中、「僕も繁殖牝馬を購入し、碧雲牧場に預け、G1馬を出したいなあ」いう言葉が口から出てしまいました。今すぐとは考えていなかったのですが、長谷川さんと話しているうちに、そう想うようになっていました。友人の牧場の生産馬として、大レースを勝つような馬が誕生することは、僕の夢のひとつです。自分が馬主になって勝った負けたを繰り返すのも悪くないのですが、友人の牧場からG1馬を出すことの方が喜びも大きい気がします。デアリングタクトを出したことで長谷川牧場が有名になったように、碧雲牧場にもスポットが当たってもらいたい。もちろんその時は、僕も密着取材させてもらいたい。

生産牧場の名を世に知らしめるには、大レースの中でもやはり日本ダービー馬を誕生させることが最短距離ではないでしょうか。そして、日本ダービーを勝てる馬を生産しようと考えたとき、最初のステップとして、種牡馬選びがあります。さすがにダートの短距離に強い種牡馬からはダービー馬は出ません。どの種牡馬を配合しようかと思いを巡らせていくと、ふと頭に浮かんでくる言葉がありました。「ダービー馬はダービー馬から」という格言。ダービー馬をつくるためには、実際に日本ダービーを勝ったことのある馬を父として迎えるのが自然です。

実際に、過去10年の日本ダービーの勝ち馬とその父を見てみると以下のようになります。

  • ディープブリランテ(父ディープインパクト)
  • キズナ(父ディープインパクト)
  • ワンアンドオンリー(父ハーツクライ)
  • ドゥラメンテ(父キングカメハメハ)
  • マカヒキ(父ディープインパクト)
  • レイデオロ(父キングカメハメハ)
  • ワグネリアン(父ディープインパクト)
  • ロジャーバローズ(父ディープインパクト)
  • コントレイル(父ディープインパクト)
  • シャフリヤール(父ディープインパクト)

ワンアンドオンリー以外のダービー馬は、父もダービー馬であることが分かります。やはりダービー馬はダービー馬からなのです。しかし、もうひとつの見かたもできます。ディープインパクト産駒が7頭、キングカメハメハ産駒が2頭と、近代日本競馬をけん引した2頭の大種牡馬の産駒が独占しており、ダービー馬はディープインパクトかキングカメハメハからと言うのが正確なところかもしれません。

そしてこの先、ディープインパクトかキングカメハメハの産駒が途絶え、群雄割拠の時代がやってくるのは確かであり、その流れの中でディープインパクト系とキングカメハメハ系に分かれつつ、さらにダービー馬からダービー馬が誕生する流れがくるかもしれません。ということを念頭に置きつつ、かなり気が早いのですが(笑)、どの種牡馬にするべきか上記の10頭まで絞って考えてみます。

その中でもダービー馬の筆頭はキズナ産駒ということになるでしょうか。種牡馬としての実績もありますから、繁殖牝馬にも恵まれそうです。キズナはディープインパクトよりも母父のストームキャットの力強さを産駒に伝える傾向があるため、古馬になってからは筋肉量が増えてマイルから2000mを適距離にする産駒が多いのですが、若駒のうちは馬体に緩さがあるので2400mまではなんとか距離が持ちそうです。またキズナはビアンフェからマルターズディオサ、ディープボンドまで産駒の距離適性にも幅があるのは母系を引き出しているからでもあり、母系がステイヤーの血であれば2400mがベストである馬が誕生するかもしれません。ただし、2022年度の種付け料が1200万円と初年度から約5倍にアップしており、もう僕がつけられる種牡馬ではなくなってしまいました。

キングカメハメハ系のドゥラメンテとレイデオロからもダービー馬を期待できます(この文章を書いた時点ではドゥラメンテは存命でした。とても残念です)。母の父にディープインパクトの助けがあればなおさらでしょうか。今後もダービーは絶好の馬場でラスト3ハロンの切れ味勝負になる可能性は高いので、ディープインパクトもしくはサンデーサイレンス系の血の支えがあってこそのダービー馬が誕生するのかもしれません。いずれにしても、ドゥラメンテは1000万円と高額ですし、レイデオロもすでに初年度から600万円(2022年度は700万円)と手を伸ばしづらい世界に行ってしまいました。

コントレイルも種牡馬入りすれば高額の種付け料になるはずです。もしかすると、前田幸治オーナーのご厚意で初年度だけは700万円ぐらいに抑えられるかもしれませんが、申し込みが殺到して新参者には回ってこないでしょう。そうこうしているうちに、気がつくと1000万円以上に跳ね上がってしまうはずです──と思いきや、コントレイルは初年度の種付け料から1200万円と僕の予想を遥かに超えてきました(涙)。

マカヒキやワグネリアンが種牡馬としては厳しい戦いを強いられることは、また別の機会に書きたいと思います。ロジャーバローズは能力があったことは確かでも、どうにも展開がはまって勝った印象がぬぐえず、ダービー後に走っていないことも手伝って未知であり不確実な種牡馬に思えます。この3頭からダービー馬が誕生したら、それはそれでドラマですね。

ダービー馬はダービー馬からという概念にとらわれすぎるのも良くないのだと思いますが、あえてそういう枠組みで考えてみると、僕にとって現実的なのは、無理をしてレイデオロ、一発を狙うとすればロジャーバローズなのかなと思います。シャフリヤールが種牡馬入りしたときに初年度の種付け料がいくらになるのか、はたまた来年はどのようなダービー馬が誕生するのかなど、思いを馳せるときりがありません。競馬というのは僕たちの頭の中だけでも十分に楽しめる、あらゆる面において知的なスポーツなのです。

(次回に続く→)

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