夏は牝馬という言葉は、競馬を始めたばかりの頃からずっと耳にタコができるほど聞いてきましたが、いまいちピンと来ていませんでした。僕はどうしても人間に置き換えて考えてしまうところがあって、僕の周りには夏になると溶けてしまいそうなほど暑さに弱い女性しかおらず、牝馬が夏に強いなんてとても信じられなかったからです。しかも野球少年だった僕は、炎天下で水を一滴も飲まずに激しい運動をすることに慣れていましたので、自分を含めたチームメイトの男性陣がどれだけ暑さに強いかも身をもって知っています。だからこそ、夏は牝馬という言葉は、牝馬が暑さに強いのではなく、夏競馬が行われるアップダウンの少ない平坦コースが牝馬に合っているのだと結論づけることにしました。
この認識も間違っていないのですが、前走を勝利した後、さらに調子を上げているエコロテッチャンの様子を見ていると、サラブレッドの牝馬は単純に暑さにも強いことが分かります。中1週にもかかわらず、「次も負ける気がしません!」と志村厩務員からLINEが来ました。志村さんは毎日欠かすことなく、テッチャンの全身をマッサージしてくれています。こうした誰の目にも見えないけれど、大切な仕事をしてくれる人がいるからこそ、サラブレッドは持てる力を発揮できるのです。
その志村さんからの発案で、芝1000mのレースを使ってみることになりました。志村さんが初めてエコロテッチャンに騎乗したとき、適性距離は600mだと感じたそうです(笑)。実際にダートコースの追い切りでも、追えば4ハロン48秒ぐらいで動きそうですし、芝であれば47秒ぐらいで走ってきそうです。もう1ハロン12秒を足すと、59秒の勝ち時計という、志村さんの単純明快な理論です。もちろん、競馬になると、スタート直後にぶつけられてしまったり、逃げることができずに馬群に揉まれてしまったり、雨が降って馬場が重くなってしまったりと単純ではありません。それでも騎乗の計算上は、チャンスはあるということです。
実は、僕自身はあまり芝1000mには乗り気ではありませんでした。エコロテッチャンの中央競馬での走りを観る限り、芝1600mを自然な形でハナに立ってそのまま逃げ切るのが勝ちパターンではないかと考えていたからです(前走のレースがまさにそれです)。エコロテッチャンのダッシュ力とスピードは、マイルより短い距離のレースでも通用するのはたしかですが、1400mや1200mになると前半のペースも速くなり、また自分よりもテンのスピードが速い馬も出走してくる可能性も高く、先頭に立つことが難しくなることが懸念されます。無理をしてハナに立とうとすれば、かなりのパワーとスタミナを要してしまい、最後の失速につながってしまいます。エコロテッチャンはどちらかというと終いがタレる傾向にあるので、できる限り自然な形で先頭に立ちたい。そう考えると、芝のマイル戦がベストという結論に行き着いてしまうのです。あくまでも机上の空論ですが。
もし芝1000mでも良い走りを見せてくれるなら、今後のレース選択の幅が広がることはたしかです。上手代表はそのあたりも視野に入れて、今回チャレンジをしてみようと判断したのだと思います。ずっと芝のマイル戦ばかりを使っていれば、走りは安定するかもしれませんが、選択肢が狭まってしまうとも言えます。盛岡競馬場には芝の短い距離の重賞が多くありますので、もしスプリンターとしても通用するのであれば夢は広がっていきますからね。
そもそも論として、盛岡競馬場の芝コースには、1000m、1600m、1700m、2400mという4つの設定しかないという、ウソのような本当の話があります。スピード馬であるエコロテッチャンにとっては、1000mか1600mかという2択となる以上、もし1000mが短すぎるとすれば、選択肢がかなり狭まってしまうこともたしかです。今後のローテーションの選択肢が2倍に増えるか、それとも半分に減るかを決める、今回は重要な一戦でありチャレンジでもあるのです。
この日も僕は盛岡競馬場に行けませんでした。コロナなのか夏風邪なのか分かりませんが、スタッフやその家族が休むなどの小さなイレギュラーが発生し、セレクションセールの日程もキャンセルすることにしました。暑い夏はクーラーをつけたまま寝たりするので、風邪を引きやすいのだなあというのが正直な感想です。僕自身は過去の経験を踏まえて、どれだけ暑くても、クーラーをつけずに寝ることにしています。
エコロテッチャンは第7レースB2条件の芝1000mに出走です。最終オッズは4.6倍の2番人気に推されています。1番人気は、同じメイショウボーラー産駒であり、昨年のハーベストカップ2着、OROターフスプリントオープンの5着馬である実績馬ツーエムマイスターでした。エコロテッチャンは調教でやればやるだけ動きますので、好タイムが出やすく、そのおかげもあって人気になりやすい面があります。前走を勝った勢いも加味されて、初の芝1000m戦にもかかわらず2番人気ですが、悪い思いはしませんね。
ゲートは五分に出ましたが、内と外から速い馬が1頭ずつエコロテッチャンを抜かして、先頭争いを繰り広げます。エコロテッチャンは3番手の外を手応え良く進み、あっという間に最後の直線を迎えます。最終コーナーを回り終わったときには、前を行く2頭との距離を詰めるのは難しいかなと思わされましたが、エコロテッチャンは最後まであきらめずに、頭をグッと下げたまま走り続けます。決して前が止まったわけではないのですが、エコロテッチャンがもうひと伸びしたことで、ゴール前できっちりと差し切って見事勝利。別馬のような素晴らしい走りで連勝を決めてくれました。
エコロテッチャンに出資を決めたときは、年に1勝ぐらいしてくれて、エコロテッチャンにかかわる皆と岩手競馬を楽しめたらぐらいにしか思っていなかったのに、まさか2連勝するとは!競馬は分からないものですし、今回の1000mの件もそうですが、高をくくってはいけませんね。馬の可能性を信じて、頭を柔らかく考えることで、馬の未来だけではなく、馬主としての未来も大きく変わってしまうのです。そんなことを、エコロテッチャンやチーム・エコロテッチャンの面々から教えてもらった気がしました。
(次回に続く→)