エコロテッチャンは普通にゲートを出ましたが、外のリンシャンカイホウの方が頭ひとつ前に出て並走し、第1コーナーを回るまでにようやくエコロテッチャンがハナに立つという隊列でレースは進みます。前走は外の2、3番手を追走する形でしたが、今回は逆に外から被されるような形で走らざるを得ませんでした。エコロテッチャンは馬群を嫌うところがありますので(これは中央時代の調教師のコメントにもありました)、いくら逃げる形とはいえ、ピッタリと外に被せられてしまうと力を発揮しづらくなります。それでも、最後までリンシャンカイホウに抵抗し、ゴール前では一瞬差し返すようなシーンも見せてくれましたが、最後はねじ伏せられてしまいました。
勝ちタイムは58秒5。前日から激しく降った雨が乾かず、やや重の馬場で行われたことを考慮すると、かなり優秀なタイムです。負けたとはいえ、エコロテッチャンは力を出し切っていますし、今回は勝ち馬が強かったということです。パンパンの良馬場で行われて、エコロテッチャンが外を回る形で、プレッシャーをあまり受けずに回って来られたら、リンシャンカイホウを逆転することができるかもしれませんね。リンシャンカイホウにとっては復活劇であり、エコロテッチャンにとっては強敵の出現です。そして、今回2着に終わってしまい、賞金を22万8000円しか加算できなかったことにより、ハーベストカップ出走はあきらめざるを得なくなりました。ということはつまり、OROターフスプリントオープンへの道も閉ざされてしまったということです。
「OROターフスプリントオープンは来年目指しましょう!」と志村さんからLINEがあり、上手獣医も「放牧でいきましょう!」と返ってきました。目標に向かって馬を仕上げていくことも大切ですが、無理があると分かれば、方向転換する勇気も必要です。左肢のことを考えても、ひとまずはエコロテッチャンに楽をしてもらって、フラットな状態に戻すことが先決です。そこからまた新しい目標に向かって走ればよいのです。そんな当たり前の決断を当たり前にできるチーム・エコロテッチャンで良かったと安心しました。
僕の尊敬する藤澤和雄元調教師(引退してしまったなんていまだに信じられません)が、無事なら、馬はいつか結果を出し、恩返しをしてくれると語っていました。
「調教師が犯す失敗で、いちばんいけないのは、馬を壊してしまうことである。それは競走馬に関わっている誰もがわかっていることだ。しかし、競走馬はペットではないから、大事にさえしていればいいというものはない。鍛え、レースに出走させて勝たせる、という目標がある。この2つの課題が、どうしてもある部分で相反してしまう。だから『馬を壊してはいけない』とわかってはいても、そのためのノウハウを積み上げてないとうまくいかない」
(「競走馬私論」馬はいつ走る気になるのか)
藤澤和雄元調教師は、馬を大事にしながら、鍛えて、レースに出走させて勝たせるという2つの相反する命題を実にバランス良く叶えた調教師のひとりだと僕は思います。その姿勢は調教師としてのキャリアの最初から最後まで一貫していました。たとえば、藤澤厩舎最後の大物であったグランアレグリアは、2歳時に3戦、3歳時に3戦、4歳時に4戦、そして5歳時に5戦して、ラストランとなったマイルチャンピオンシップで最も強いレースを見せて引退しました。グランアレグリアは右肩上がりで強くなり、獲得した賞金は10億円を超え、余力を十分に残した状態で繁殖入りすることができたのです。どこかのタイミングで人間の都合によってバランスが崩れてしまっていたら、グランアレグリアの競走馬としての馬生は大きく違ったものになっていたかもしれません。
馬は無事であれば、いつか恩返ししてくれると僕も信じています。藤澤調教師が管理していたグランアレグリアのような馬とエコロテッチャンは違いますし、中央競馬と地方競馬では一戦ごとの馬への肉体的、精神的負担や消耗度も異なることも分かっていますが、馬を大事にしながら、鍛えて、勝たせることを両立させる難しさは同じです。できる限り少ないレースを走って効率よく稼ぐという意味ではなく、力を出せる健康な状態であれば積極的にレースを使いつつ、そうでないときは無理をせずに休ませる。攻めつつ守り、守りつつ攻めるというバランスは、馬に関わっている誰しもにとって大切な感覚だと思います。
グリーンマーブル賞のレース後、Twitterを見ていると、リンシャンカイホウに関するつぶやきにふと目が留まりました。
「春先。いろいろあったね。ほんとうによくここまで復活してくれた。胸熱です」
おそらく、リンシャンカイホウの厩務員か調教助手のアカウントだと思います。リンシャンカイホウは昨年秋のハーベストカップを勝利したのち、半年以上の休みがあって、6月からレースに復帰していましたが、今年に入って勝ち星がありませんでした。春先に何があったのか、僕には知るよしもありませんが、リンシャンカイホウにとっては待ちに待った復活であり、大事にしてくれた人間に対する恩返しでもあったのです。僕たちにとっては悔しい敗北でしたが、これからもエコロテッチャンを大事にしていけば、いつかまた恩返しをしてくれると心から思えるようになりました。
(次回へ続く→)