無事に出産が終わると、次は種付けのことを考え始めなければいけません。考え始めると言っても、前年の種付けが終わってからおよそ1年間、次はどの種牡馬を配合しようかと延々と考え続けてきたことに決断を下さなければならないというのが実際のところです。この繁殖牝馬にどの種牡馬を配合するのか、たったそれだけの問題ですが、1年間通して考え続けられるほど奥が深い、答えのない難問なのです。
この夢想というか思索の中で、この種牡馬からはこういった馬体の産駒が出ていると、見て調べる機会は自然と多くなります。種牡馬は多ければ年間100頭以上の産駒を誕生させるため、ある程度の傾向が分かりやすく、どのような特徴を産駒に伝えやすいのかを掴めるということです。その特徴を自分が所有している繁殖牝馬に当てはめてみて、これなら良い仔が生まれそうだ、いやあまり相性が良くなさそうだと判断するのです。生産者が種牡馬やその産駒の馬体そして血統に詳しくなるのは必然ですね。
僕の種牡馬選びの思考の過程を延々と綴っても良いのですが、あまりにも同じところをループしてしまうのでやめておきます。難問というのは、同じようなことを朝起きてから夜寝るまで繰り返し考えても、答えが出そうで出ないものと僕は定義します。競馬の予想をするときの感じにも似ていますね。ただ、レースが行われると答えが出てしまうのに対し、配合に関しては1年間考え続けなければならず、しかも答えも出るようで出ないところがさらに難しいところ。だから面白いとも言えます。
結論としては、今年、ダートムーアにはタイセイレジェンドを配合することにしました。えっ?と思われた方も多いと思いますし、碧雲牧場の慈さんにも「えっ?」と聞き返されました。そもそもタイセイレジェンドという種牡馬がいることすら知らない競馬ファンも多いと思います。最近はスピーディキックという浦和所属の牝馬がフェブラリーステークスに挑戦したことで父タイセイレジェンドの名も少し知られ始めたかもしれませんが、ピンと来ないというのが正直なところでしょう。かつての僕もそうでした。
なぜタイセイレジェンドに行き着いたかというと、以前にも書いたように、キングカメハメハ系の種牡馬をダートムーアには配合したかったからです。ダイナカール一族とキングカメハメハの相性の良さは、ルーラーシップやドゥラメンテに始まり、最近ですと2022年にエアグルーヴを曾祖母に持ち、父キングカメハメハのジュンライトボルトがチャンピオンズカップを勝利しました。キングカメハメハ直仔の種牡馬を探していくと、種付け料の高いところはロードカナロアやドゥラメンテ、レイデオロ、中間の価格帯ではルーラーシップやリオンディーズ、ホッコータルマエ、低価格帯ではラブリーデイ、ミッキーロケット、トゥザワールド、チュウワウィザード、そして最安値でタイセイレジェンドがいます。ちなみに、タイセイレジェンドの2023年の種付け料は30万円です。
タイセイレジェンドを選んだのは単に種付け料が安かったからではありません。実はキングカメハメハ直系の中でも、サンデーサイレンスの血が入っていない種牡馬が良かったという理由があります。ダートムーアにはこれまでサンデーサイレンス系の種牡馬ばかりがつけられており、あまり上手く行っていません。ダートムーアにはサンデーサイレンスの血が一滴も流れていないので、サンデーサイレンス系の種牡馬を配合したい気持ちは分かりますが、おそらく馬体が緩く出てしまい、もともとダイナカール一族は奥手のタイプが多く、完成するまでに時間が掛かってしまっていたのではないかと推測します。キングカメハメハの血を入れることで、緩さが和らぐというか、馬体が締まることを期待したいと思うのです。だからこそ、あえてキングカメハメハ系の種牡馬であり、なおかつサンデーの血が入っていない種牡馬を選びたかったのです。
それでいうと、ロードカナロアやレイデオロはサンデーサイレンスの血が入っておらず魅力的ですが、いかんせん高すぎます。ルーラーシップは同じダイナカール牝系ですから、インブリードが強くなりすぎです(エアグルーヴ≒カーリーパッションの2×2)。ホッコータルマエが適格ですが、人気がありすぎてあっという間にBOOKFULLになってしまっていました。消去法的に残されたのがミッキーロケットとタイセイレジェンドですが、後者には買い材料がありました。
それは母父メジロマックイーンの血です。「ゴールドシップ伝説 愛さずにいられない反逆児(星海社新書)」のゴールドシップの馬体論の中でも書いたのですが、メジロマックイーンの血は馬体をボリュームアップすることができると僕は考えています。メジロマックイーンは当時のステイヤーとしては馬格の大きい馬でした。宿敵ライスシャワーは440kg前後の馬体であり、同門の逃げ馬メジロパーマーも460kg前後、ステイヤーとして名を馳せたミスターアダムスは470kg前後という中、メジロマックイーンは490kgの馬体重でデビューし、晩年に産経大阪杯をブッ千切ったときは500kgを超えていました。長距離戦では大きすぎる馬体がマイナスになることもありますが、メジロマックイーンは一度もそのような素振りを一切見せることなく、無尽蔵のスタミナを誇示し続けたまま引退しました。
メジロマックイーンの血は父系としては途絶えようとしていますが、母系に入ってその影響力を示し続けるでしょう。なぜかというと、前述したように、メジロマックイーンの血は馬体をボリュームアップすることができるからです。たとえば、ゴールドシップの祖母パストラリズムは2勝馬でありながらも、牝馬としてもやや小さい450kg台の馬体でした。メジロマックイーンを配合したことで、母ポイントフラッグは500kgを遥かに超える馬体で、チューリップ賞を2着したのち牝馬クラシック戦線に駒を進めた素質馬となりました。メジロマックイーンによって一気に50kg以上もボリュームアップしたのです。
あのオルフェーヴルにも同じことが当てはまります。祖母エレクトロアートは400kgそこそこの小さな牝馬でしたが、メジロマックイーンのおかげで母オリエンタルアートはある程度の馬体の大きさになり、産駒が小さく出がちなステイゴールドを配合してもなんとか牡馬としてはギリギリのサイズ感のオルフェーヴルが生まれました。メジロマックイーンがいたから、日本競馬史上最強の1頭であるオルフェーヴルが誕生したと言っても過言ではないのです。ステイゴールド×母の父メジロマックイーンが黄金配合と言われるのは、ステイゴールドの小ささをメジロマックイーンが母系から補ったというのが本質です。馬体と血統はつながっているのです。
タイセイレジェンドの産駒に大型馬が多いのは、母父メジロマックイーンの影響があります。牡馬は大きく出すぎて重苦しくなってしまう可能性は否定できませんが、460~470kg台で走ったダートムーアとの組み合わせであれば、牡馬に出れば500kg前後、牝馬に出れば480kg前後と、ボリュームアップしつつ適正な大きさに収まるという計算が経ちます。あくまでも机上の空論ではありますが、馬体や血統などを考慮して配合を考えるとはそういうことです。ミッキーロケットは母父Pivotalの影響が強く出るので、スピード寄りになり、馬格はそれほど大きく出ません。ということで、全ての条件を満たすタイセイレジェンドに今年は決定することにしました。スピーディキックの誕生によって、2022年度の種付け頭数は前年の10頭から51頭に跳ね上がったように、少しずつ人気が出てきていますが、それでも今年も満口とまではならないでしょうから、ほぼ確実に種付けすることができるはずです。
(次回へ続く→)