その末脚、命の輝きのごとく ~2016年チャンピオンズカップ・サウンドトゥルー〜

サラブレッドは、血のドラマだといわれる。
300年以上もの間、連綿と紡がれてきた血の歴史が、一頭一頭の血統表に息づいている。

走ることは、すなわち自らの血を残すこと。

そんな宿命のサラブレッドの中にありながら、どれだけ走ろうとも血を残せない優駿たちがいる。
されど、彼らの走りは、時に大きな輝きを放つ。

師走の寒空の下、中京競馬場にGⅠのファンファーレが鳴り響く。

2016年12月4日、第17回チャンピオンズカップ。

寒風を切り裂き、砂の精鋭15頭が飛び出す。

ポンと出た好枠のアスカノロマンを、6番枠のモンドクラッセが交わして1コーナーに向かっていった。

3番人気のコパノリッキーも、ポジションを取りに行く。
同年のかしわ記念、帝王賞、マイルチャンピオンシップ南部杯と、積極的な先行策でGⅠ級競走を3連勝している実績馬である。乗り替わりのクリストフ・ルメール騎手は、当然その再現を狙っているだろう。

その後ろにブライトラインがつけ、同年2月のGⅠ・フェブラリーステークスを勝っていたモーニンも、大外15番枠からのスタートながら、好位を取る。

そして最後方から上がっていったのは、ミルコ・デムーロ騎手のゴールドドリーム。
3歳世代の雄として、前哨戦のGⅢ・武蔵野ステークス2着からの戴冠を狙うが、スタートで後手を踏んで、最後方から押し上げていく競馬になった。

さらにそのゴールドドリームの内に、1番人気のアウォーディーがいた。
鞍上の武豊騎手が、手綱を絞っている。

2005年の天皇賞・秋を勝ったヘヴンリーロマンスを母に持ち、前年の秋、5歳にしてダートに転向して以来、1600万下特別戦から破竹の6連勝。
前走のJBCクラシックでGⅠ級競争初制覇を成し遂げた勢いのまま、この中京のチャンピオンズカップに挑んでいた。

そのアウォーディーの半弟であり、ドバイのUAEダービーを勝ち、さらにアメリカの三冠競走を完走して話題となった3歳のラニは、いつも通り後方で白い馬体を踊らせている。

そして名手ライアン・ムーア騎手の駆る4歳、ノンコノユメも後方から追走。
3歳のジャパンダートダービーを制するなど、早くからダートで良績を残していたが、前走のJBCクラシックから騸馬として再始動をしていた。

──さらに最後方からは、6番人気のサウンドトゥルーと大野拓弥騎手が脚を溜めていた。
前年の暮れの大一番、東京大賞典では当時GⅠ級競走9勝を誇っていたホッコータルマエを差し切って、初めてのGⅠ勝利を掴んでいたが、その後は差して届かずの惜しいレースが続いていた。

そのサウンドトゥルーもまた、騸馬だった。

_______

騸馬、すなわち去勢馬。

サラブレッドにおいては、気の荒さや癖の悪さがあり、調教やレースに支障が出るような牡馬に対して去勢が行われることがある。
それにより、気性難を矯正したり、あるいは筋肉の柔軟性が増し怪我を予防したりするなどの効果があるとされるが、その代償として繁殖能力を失う。

海外では去勢を行うことが一般的な国も多く、馬産を行っていない香港やシンガポール、あるいは伝統的に去勢を行う習慣のあるオーストラリアやニュージーランド、アメリカなどでは、デビュー前から多くの牡馬が去勢される。
そのため、アメリカのジョンヘンリー、ジャパンカップを勝ったオーストラリアのベタールースンアップ、スプリンターズステークスを制した香港のサイレントウィットネス、あるいはビューティージェネレーションといった、歴史的名馬となった騸馬も多く存在する。

一方で日本においては、繁殖馬の選定競走として位置づけられるクラシック競走を含む、3歳までのGⅠ競走に出走することができないこともあり、その絶対数は少ない。

そんな「騸馬」の存在を私が初めて意識したのは、1993年のジャパンカップだっただろうか。

同年5月に、「鍛えて馬をつくる」という信念をもとに、ミホノブルボンという傑作を育てた戸山為夫調教師が逝去された。
彼の遺した「遺産」だった騸馬のレガシーワールドが、世界の強豪を抑えて勝利を挙げた。
その翌年には、同じく騸馬であるマーベラスクラウンが、ジャパンカップを制覇。

2年続けての、騸馬による快挙だった。

サラブレッドは血を残すために走る、と言われる。
されど、血を残すことができない彼らは、走ること、そして勝つことで歴史に名を遺すことしかできない。

走り続けることが宿命づけられた、騸馬という存在。

時に、彼らが見せる走りは、ひときわ大きく輝く。

_______

モンドクラッセがよどみのないペースを刻み、前半の1000mを1分0秒6で通過。
さらに、途中の800mから2ハロン続けて11秒台のラップを刻む、厳しい流れ。

隊列は縦長の様相になる。
息の入らないまま3コーナーを下り、各馬の手綱が動いていく。

直線に入り、まだ粘るモンドクラッセ。

道中、追走に脚を使った後続からは、なかなか伸びてこない。
しかし、ここからが長いのが中京の直線、上り坂だ。
追いすがるアスカノロマン、その外からコパノリッキーとゴールドドリームも追う。

そして、そのさらに外から満を持してアウォーディーが迫る。
馬場のど真ん中を伸び、前をまとめて交わす。

しかし、その後ろから、黄色の帽子、黄色のメンコが烈火のごとく伸びてくる。

サウンドトゥルー。

一体、どこからやってきたのか。

一完歩、また一完歩。
深い砂を蹴り、砂塵巻き上げ、力強く前に迫る。

アスカノロマンとアウォーディーを、置き去りにしていく。

師走の中京に走った、一瞬の閃光。

サウンドトゥルーが、差し切った。

鞭を持った右手で、小さくガッツポーズをつくる大野騎手。

勝ち時計は1分50秒8。
上り3ハロン35秒8は、レース全体の上りを1秒9も上回る凄まじい末脚だった。

後方待機からロスなく内を回り、そしてスムーズに馬群の外へ進路を取り、サウンドトゥルーの豪脚を余すことなく引き出す。
長くこの馬とコンビを組む大野騎手の、見事な騎乗が光った。

騸馬としては、前述のレガシーワールド、マーベラスクラウン、そして2002年マイルチャンピオンシップのトウカイポイントに続く、史上4頭目となるGⅠ勝利となった。

サウンドトゥルーが見せた、閃光のような末脚。
それは、命そのものの輝きのようにも見えた。

血を残せない、騸馬。

されど、彼の名は、第17回チャンピオンズカップの勝ち馬として、永遠に刻まれる。

_______

サウンドトゥルーはその後、2018年に南関東に移籍した。

2020年には10歳にして重賞の東京記念競走を制するなど、息の長い活躍を見せてくれている。

師走の中京開催がやってくると、チャンピオンズカップを制した、あの豪脚を思い出す。

そして、走り続けるサウンドトゥルーに、エールを送り続けたいと思う。

写真:@raracame15c

あなたにおすすめの記事