[連載・馬主は語る]生産者が尊敬されるような競馬の未来がやってくる(シーズン3-10)

セリの開始を知らせるアナウンスがなされ、外にいた人と馬たちが少しずつ会場内に向かい始めます。静かにスタートしたと思いきや、1番のサートゥルナーリア産駒(牡馬)が3850万円で落札されました。購買者はノーザンファームです。続く2番のミッキーアイル産駒(牡馬)も2420万円。セリの雰囲気を盛り上げるために、トップの方の馬たちは高額で取り引きされそうな馬を入れるのは通例ですが、それにしても上々の立ち上がりなのではないでしょうか。場内は活気づき始めました。

6番目にモガミヒメを祖母に持つクラシックスの2022が登場します。父は大人気のシルバーステート。牝馬にもかかわらず、あっという間に競り上がり、3520万円で落札されました。隣に座っていた下村獣医師もあきれ顔です。1000万円台は当たり前、種牡馬やオスメス問わず、2000万円、3000万円台も続出します。しばらく雰囲気に浸っていると、先ほどチェックした25番のスワーヴリチャード産駒が現れました。僕は今回のセリは買う気がないので気楽ですが、あわよくばと思っている下村獣医師の心境はいかに。25番は最終的には3410万円でハンマーが落ちました。アクションスターやアッフィラートという重賞活躍馬が兄弟に並ぶ血統背景があり、現2歳世代が好スタートを切ったスワーヴリチャード産駒でもありますから、たとえ牝馬であっても妥当な価格なのかもしれません。そもそも妥当な価格というものが誰も分からなくなっている気がします。

50番のリアルスティール産駒にも下村獣医師は結局のところ手を挙げませんでした。将来の繁殖牝馬として購入を検討していたとしても、さすがに競走馬としてもある程度は走ってくれないと厳しいという判断だったようです。

僕たちはランチを食べることにしました。購買者登録をしている人には無制限でチケットが配られているため、和牛弁当からイチゴのスムージーまで、無料で好きなものを食べることができます。これがセリの楽しみのひとつでもあります(笑)。ここに集まるような人たちは、普段は食事をおごる側であり、自分が食べる以上にお金を払っているはずです。そういう人たちが、ただメシが食えるたまの機会なのです。そんな倒錯的な喜びを感じてしまうのは僕だけでしょうか。また、こうして無料で食べられるのは、それだけお金持ちの人たちがたくさんのお金を使って、馬を買ってくれているからでもあります。そのおこぼれを僕たちは頂戴しているのです。それにしてもタダ飯は美味い!

優雅にご飯を食べていると、岩手の永田調教師や№9ホーストレーニングメソドの木村忠之さんに会いました。木村さんとは「ROUNDERS」vol.1とvol.2の取材以来、およそ10年ぶりの再会です。木村さんの長男・拓己くんは第1回ジョッキーベイビーズの勝利ジョッキーであり、次男・和士くんはカナダでリーディングジョッキーという競馬一家。息子さんたちはJRAの競馬学校に入学するも、どちらも退学しています。小さい頃から応援していた二人だけに、退学の知らせを聞いた時は残念に思いましたが、今の活躍を見ると、彼らにはその道の方が合っていたのかもしれないと思えます。拓己くんも今は競走馬の育成にたずさわり、自分で馬をつくっているそうです。窮屈な世界で大人たちがつくったルールに縛られることなく、伸び伸びと馬に乗って、思う存分に駆け回ってもらいたい。そして、僕もいつか彼らに跨ってもらえるような馬をつくりたい。

初日のセリも終盤に差し掛かり、気が付くとシニスターミニスター産駒が1億円超え(税込み)で売却されていたり、リオンディーズ産駒が7700万円、パイロ産駒が7040万円など、高額馬が続出していました。2024年からスタートするダート3冠を見据え、ミックファイアーを輩出したシニスターミニスターの産駒の人気は高騰しており、ダート馬が高額で取り引きされていました。また、平均価格2083万円も中間価格の1700万円も昨年に比べて(それぞれ200万円、300万円)アップしており、過去最高の高値で取引されたセレクションセールでした。直近の10年間で、まさに右肩上がりでサラブレッド市場は成長を続けてきていることになります。

そんな活況を「イカれている」と冗談交じりに表現する生産者もいましたが、僕はイカれるぐらいでちょうど良いと思っています。これまでの生産者たちの苦労や日々の肉体的重労働、そしていつまた馬が売れなくなるかもしれないという不安を考えると、いつまでも右肩上がりで馬が高く売れる時代が続けば良いと思います。もちろん、自分の生産馬が高く売れたら嬉しいという我田引水的な思いもありますが、それ以上に、生産者たちには経済的にも社会的にも恵まれてもらいたいのです。「ベンツを買ったりして狂っちゃう奴も出てくるかも」と気を引き締める言葉も飛び交いますが、僕は生産者がベンツに乗っても良いじゃないかと思います。調教師や馬主は羽振りが良くて当然で、生産者は質素に暮らせというのは無理があります。もっと生産者にもお金が回り、生産にたずさわりたいと思う人たちが増え、生産者が尊敬されるような競馬の未来がやってくることを願っています。

セリの会場をあとにしながら、来年の今ごろ、僕はどのような想いでセレクションセールに臨んでいるのか全く想像ができませんでした。そもそもダートムーアの娘やスパツィアーレの息子が選出されるかどうかも分かりませんが、もし高額で買ってもらえたときには、どのような気持ちになるのでしょうか。こんなに大人になっても、自分の気持ちが想像できない未来が待っていることは幸せなことです。

(次回へ続く→)

あなたにおすすめの記事