2600mの「いい物」 - 第59回北國王冠
ジャングルスマイル Photo by haruka

北國王冠。
2021年はJBC開催のため2000mの夏に行われた地元馬限定重賞だったが、本来は2600mと言う金沢はおろか日本国内のダート競走でも最長距離の舞台に全国からスタミナ自慢の馬が集う秋の大一番である。
この北國王冠が全国交流重賞となったのは2018年からと比較的最近の事。それまでは金沢競馬限定の重賞でその年の金沢競馬最強ステイヤー、ひいては金沢競馬最強馬を決める一戦だった。

地元馬だけの競走だったらそんなに盛り上がらない大一番だろう。

そんな声もあるかもしれない。
しかし、地元最強と目される馬2頭に名手と呼ばれる騎手がそれぞれに跨り、この大舞台でぶつかるとなったら。
そこにはファンも──そして実況アナも興奮する名勝負が生まれる。

2011年。
この年、金沢の頂点に君臨していたのは4歳のジャングルスマイル。
2009年に金沢に移籍して以来この年の北國王冠まで地元では28戦して22勝2着5回着外1回。
その着外もこの年のダートグレードの白山大賞典4着。出走すれば白山以外では常に単勝1倍台、そんな馬に金沢で絶対的リーディングの吉原寛人騎手が手綱を取る。
まさに金沢の頂点に君臨する王者だった。

ジャングルスマイル Photo by haruka

そんなジャングルスマイル1強体制の中で頭の馬が移籍してきた。
ナムラダイキチ。
中央で3歳オープンの実力がありながら金沢に移籍するとその実力がさく裂する。
東海近畿交流の3歳重賞MRO金賞を制覇し、移籍3戦目で6馬身ちぎられたジャングルスマイルを重賞オータムスプリントカップで8馬身差つけて圧倒。
サラブレッド大賞典も制して移籍してから北國王冠までに8戦6勝2着2回という戦績をあげる。
いよいよ本格化を迎えようとするこの若駒に跨るのは吉原騎手がリーディングになる前年のリーディングでベテランの名手、中川雅之騎手。

ナムラダイキチ Photo by haruka

そんな2頭と2人の名手が3度目の直接対決の舞台になるのが、この年の第59回北國王冠だった。

ここまで2頭の直接対決は1勝1敗。しかし、その距離はどちらとも1400mで2頭とも2600mは初距離。
この舞台での比較は難しくファンは悩みながらも最強馬決定戦に胸を躍らせた。
当日の単勝オッズはジャングルスマイル1.4倍、ナムラダイキチ2.7倍。
3番人気はこの年ジャングルスマイルに先着した地元馬2頭のうちの1頭(あと1頭はナムラダイキチ)のナムラアンカーで13.1倍。
比較は難しいがどちらかが勝つであろうと多くのファンは予想していた。

不良馬場の中でゲートが開く。
フルゲート12頭が一斉に飛び出すと同じ5枠黄色い帽子のナムラダイキチ、ジャングルスマイルが前に行こうとするもサーストンヴィンチ、タツフレンチが絡み、外からナムラアンカーがおっつけて前へ前へと向かう。
5頭横並びは向こう正面までで向こう正面からは先頭ジャングルスマイル、半馬身差でナムラダイキチがマーク、そこから1馬身ほど離れてナムラアンカー追走。そこからさらに1馬身ほど離れてサーストンヴィンチとタツフレンチが追走。
この前5頭以外は既に大きく離れて後方待機策のような感じとなっていた。
1周目のスタンド前になるとジャングルスマイル、ナムラダイキチ、ナムラアンカーの3頭一団で4番手以下は引き離されて追走。長距離とはいえ1周目スタンド前とは思えないほどの縦長の馬群となっていた。
残り1000mを通過して2周目の向こう正面。
ここでナムラアンカーが力尽きたように早くもズルズルと後退。前はジャングルスマイルとナムラダイキチの2頭だけ。先頭はジャングルスマイル、クビから頭差でぴったりマークし続けるナムラダイキチ。
残り800mで完全に一騎打ちになる。
3番手以降は遥か後方の大差がつけられている。2頭のせめぎあいが向こう正面からコーナーへと続く。
残り400mで内ジャングルスマイルに吉原騎手が鞭を入れ、馬体を合わせた外ナムラダイキチに中川騎手が激しく手綱を扱いて押す。

「2頭が大きく大きく、限りなく大きく離した!」

最後の直線に入る手前、実況の大川充夫アナが最強馬2頭の追い比べにボルテージが上げていく。
236mの短い直線。
ジャングルスマイルは名手吉原の鞭と手綱に応えてハナは譲らない。
ナムラダイキチは名手中川の鞭と手綱に応えて懸命に迫る。
名手と最強馬によるクビの差を巡る短くも長い直線の追い比べ。3番手以下は大差の向こう側。

「前2頭の争い! どっちだどっちだ!」

場内のファンが、大川アナが2頭のハイレベルな一騎打ちに吠える。
そして、2頭と2人の意地のぶつかり合いが終焉を迎えるゴール板手前。大川アナが唸った。

「うぅーん、これはいい物を見た! 並んだままゴールイン!」

その場にいた全ての人が思った事がそのまま声になって出ていた。

結果は1着ジャングルスマイル、クビ差2着にナムラダイキチ。2.4秒差の3着にサーストンヴィンチ。
序盤に2頭を追いかけたナムラアンカーが先頭から7.5秒差のシンガリ。まさに飛び抜けた実力の2頭による一騎打ちだった。
ちなみにこの3着に入ったサーストンヴィンチの鞍上は畑中信司騎手。
この年限りで引退する中川騎手に代わって翌年からナムラダイキチの手綱を握って最強コンビとして金沢の王者として君臨することになる。

さて、今年は時期も距離も元に戻った北國王冠。
2年ぶりのこの舞台でどんな「いい物」を見られるのか。
出走全馬の無事帰厩を願いながら注目していきたい。

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