国際競走、当日の朝を迎えた。
硬くて足が出てしまうベッド、種類の少ない朝食など、不満もあったが、とりあえずホテルを後にする。
開門が何時かよくわからないまま、1レースに間に合えばいいかと考えていた。
国際競走に向けて購入した現地の専門紙は「新報馬簿」というもの。とある業界人の方に勧めてもらったものだ。価格は30香港ドル。前日にコンビニで購入したが、基本的には新聞スタンドで買うべきものらしい。コンビニは置いてあるところが少なく、売り切れることもあるようだ。
冊子になっており、見やすい。が、当然中の字はさっぱり読めない。
漢字と英語で雰囲気で読めるところもあるが。一応最後に日本語で馬券の買い方などが載っているので日本人向けではあるだろう。
競馬場へはMTRイーストレイル(東鐵)線で向かう。イーストレイル線の馬場駅が開催日だけ使用されている。ただ、何本かに1本しか馬場駅を経由する列車がこないので、乗車時には注意。
競馬へ行きそうなオジサン達が乗る列車、混雑している列車に乗れば正解だ(多分)。
駅に着くと、競馬場へと直結している。入場は10香港ドル。しかしその脇に別の入場口がある。ここでパスポートを提示すると会員エリアへの入場証が手に入れられる。料金は大レースの日は190香港ドル(通常は130香港ドル)だ。せっかく日本から行くのであれば、ゴール前エリアである会員エリアに入ったほうがいいだろう。入場証の他に国際競走のキャップがもらえた。
入場しゴール前の方へ進んでいくと係員のいるゲートがある。ここで一般と会員エリアが分かれており、入場証を見せれば入れてくれる。
ここからは国際色豊かなちょっと高級感を感じられる空間となる。当然私のような普通の日本人も多数いるのだが、各国から来ていると思われる観客や業界人が交流している風景が至る所で見られる。
まずレーシングプログラムを入手しようとしたが、案内所で聞いてみると「sold out」とのこと。確かにすぐ売り切れるとは調べていたのだが、迂闊だった。
馬券売り場は窓口がズラリと並び、「現金券」というものを購入すると使える自動発券機もある。が、機械の使い方を覚えるのがめんどくさそうなので窓口で購入することにした。
ただ、会員エリアの窓口は全て見たわけではないが、見たところは全て最低100香港ドルか1000香港ドルからしか買えないようだった。
香港の馬券は種類が豊富である。日本にないものでは、4連系や3択単勝、重勝式馬券など、その他もある。当然マークカードも種類が多く、7種類ほどあるようで結構ややこしい。
馬券の買い方で非常に便利だったのが、「フレキシベット」と呼ばれる方式だ。日本では1点当たり100円からなので、3連系など点数が増えてしまいがちな賭式では私のような貧乏人はなかなか手が出ない。しかし香港では基本的に1点10香港ドルからなのだが、1枚のマークカードで総額100香港ドル以上買えば3連系などの点数が増えがちな賭式で、1点当たり1香港ドル以上であれば購入することができるのだ。日本式に簡単に言うと、マークカード1枚で1000円買えば1点10円で3連単が100点購入できるのである。
香港マイルの外れ馬券を例にとると、総額で100香港ドル購入し、3連複の9頭ボックス(買い過ぎ)なので、84点。100ドルを割り振って1点当たり1.19香港ドルで購入できている。
この買い方を利用して、普段あまり買わない3連単ばかり買ってしまった。1点当たりの金額は減ってしまうが、ちょっと荒れればプラスにでき、3連単を買う楽しみ、当てる楽しみが味わえた。
3レースまで準備運動がてら馬券を買い、4レースから香港国際競走が始まる。まずは香港ヴァーズ。日本からはサトノクラウン、ヌーヴォレコルト、スマートレイアーの3頭が参戦。
正直ここはハイランドリールの優位は揺るがないと思えた。実際オッズでも、圧倒的1番人気であった。
日本では結構人気してるんだろうなと思いながら現地のオッズはサトノクラウン単勝20倍。え、そんなつくのか、と思いながらも結局買ったのはハイランドリールの1着固定3連単。
逃げるハイランドリールに向正面でビッグオレンジがプレッシャーをかける。しかし振り切って引き離しにかかるハイランドリール。
サトノクラウンは勝負所で後退、ここで私は、サトノが勝つのは難しいと判断した。
直線に入るところで、後退していたはずのサトノクラウンが捌いて上がってきている。それでもまだハイランドリールには差があり、ここでも2着までだと私は考えていた。
3連単は当たるな、そう考えた私は3着争いに目を向けた。3着何だ、そう注目していると周りから日本人の歓声が上がる。
そう、勝つことはないと確信していたサトノクラウンがハイランドリールを交わしてゴールしたのだ。日本から来ておきながら、サトノクラウンが金星を挙げた瞬間を見逃すという大失態を犯したのである。当然馬券も外れ。嬉しいんだか悲しいんだか、微妙な気持ちになった。
ウイニングランで日本人をはじめとする観客を煽るモレイラ。相当に興奮していたことは想像に難くない。
モレイラを確保し、立て直してここへ参戦した堀厩舎の手腕は流石であった。
5着スマートレイアーもオッと思わせるシーンがあり、4着ヌーヴォレコルトも最後は「らしさ」を見せたのではないだろうか。
続く5レースは香港スプリント。日本からはビッグアーサーとレッドファルクスが参戦。
ビッグアーサーは現地でも結構人気のようで、最終的には現地で3番人気であった。
しかし結果としてはこのカテゴリーで圧倒的な力を見せる香港勢の前に日本馬2頭は大きな見せ場もなく惨敗を喫した。
制したのは日本でもお馴染み?のエアロヴェロシティ。8歳を迎えて人気は若い世代に譲っての4番人気だったがここで再び頂点へと返り咲いた。
スタート前からとりわけ目立っていたのはエアロヴェロシティの馬名の一部「格」のフラッグを持ったエアロヴェロシティの応援団であった。
3連単が当たったものの、ほとんどプラスにはならず、香港馬が強いレースでは日本プールのオッズで買った方がいい配当、という典型的なレースと思えた。
1レース間をおいて7レースは香港マイル。日本からはロゴタイプ、ネオリアリズム、サトノアラジンが参戦。
現地1番人気は復活を目指す地元のエイブルフレンド。しかし屈腱炎明け2戦目、さらに大外枠を引いてしまった。その他の地元勢も混戦模様で、これなら日本馬でも対抗できるのではないかと思い、馬券は3連複で9頭ボックス。なんとか日本馬が来れば……と願った。
だが、混戦模様でもこの路線の香港勢の強さが目立った。結局4着まで独占である。
ネオリアリズムは直線一旦先頭、ロゴタイプも直線は馬群から抜け出そうかという見せ場を作ったものの、マイル路線でも香港勢の壁は厚かった。
さらに、ここでアクシデント。
持参していたデジカメを落としてしまい、撮影不能となったのだ。なんとか復旧を試みたが、息を吹き返すことはなく、仕方なくスマホでの撮影に切り替えることとした。
そして迎えた8レースの香港カップ。エイシンヒカリ、モーリス、ラブリーデイ、ステファノス、クイーンズリングと、日本から強豪が5頭も参戦し、日本ほどではないものの、現地オッズでもモーリスは圧倒的人気に支持され、その他の4頭も現地でも注目を集めていたと思しき上位人気となっていた。
私は初めからパドックを見ていたわけではなく、見逃したのだが、エイシンヒカリはパドックで放馬していたようだった。その後もテンションが高く、武豊騎手が騎乗後すぐ馬場に出て行こうとしたが、ダメだ、まだ周回しろと係員に制される場面も。
落ち着きのないエイシンヒカリとは対照的に、モーリスは落ち着き払って周回し、馬体もはちきれんばかりの絶好の仕上がりに映った。それでいてムーア騎手が跨ると気合がグッと乗り、戦闘態勢へと移行する。この時点で、レーティング上位2頭の明暗はクッキリと分かれていたのかもしれない。
その他の日本勢も気配がよく、これは日本のワンツースリーもあるかと期待が高まった。
馬券はモーリスの1.2着の3連単を購入。
レースは大方の予想通りエイシンヒカリがハナに立った。逆にモーリスはスタートがよくなく後方からとなる。
最初はゆったり入ったエイシンヒカリであったが、武豊騎手は勝負に出てラップを上げて後続を離していく。勝負所でも後続とは差がある。
モーリスは後方のラチ沿いを追走。正直なところ、この位置から届くのか、捌けるのか、私は厳しいんじゃないかと危惧していた。しかし結果的にそれはムーア騎手がモーリスの力を熟知し、勝てると確信していたが為の位置取りだったのだ。
直線でもまだエイシンヒカリは先頭をキープしていたが、ラブリーデイ、ステファノスが迫る。モーリスはまだその後ろ。
そして次の瞬間、モーリスの前にビクトリーロードが開けたのである。光で示されたかのように、そこに道があった。そこに現れたのは日本、そして世界のチャンピオンホース、モーリスであった。
一気に突き抜け余裕綽々で後続を引き離して完勝での有終の美となった。
2着には地元のシークレットウェポンが意地を見せ、3着にはステファノス、4着にラブリーデイという結果となった。クイーンズリングが9着、エイシンヒカリは自分のレースに徹したものの残り200mで飲み込まれ10着と敗れ、こちらは有終の美を飾ることは出来なかった。
近くにいた外国人が英語で「なんて強い日本馬なんだ」と話している。モーリスは正真正銘ワールドクラスのチャンピオンとして現役を引退する。その瞬間をこの目で見られたことは大きな財産となるだろう。
因みに3連単は現地で135.20倍。思ったよりついていた。とはいえ1点当たり2.5ドルくらいで購入していたので320香港ドルちょっとの払い戻しであったが。
香港国際競走が幕を閉じた。実際そのあとに9レース「ロードカナロアハンデ」、10レース「エイシンプレストンハンデ」なるレースもあったのだが、私はもう燃え尽きていた。
一日を通して感じたことは、香港国際競走は「競馬」であるのだが、香港の一大イベントであり、エンターテイメントであり、ショーであるということだ。盛り上げ方、魅せ方、ビジョンの使い方が非常に上手い。まさに世界イベントであり、国際色豊かで華がある。
日本では色んなイベントが行われるものの、良くも悪くも「競馬」であり、それ以上でもそれ以下でもないという印象がある。(実際ジャパンカップを現地で見たことはないのだが)
日程をいじくりまわしたり、GIを増やすのも結構だが、目先の売り上げだけではなく、もっと視点を変えた大胆な改革をしてみてもいいのではないかとも感じた。このままではいつまでたってもジャパンカップは形骸化したままとなる。
色々苦労したところもあった香港遠征ではあったが、機会があればまた訪れてみたいと思う。諸事情によりもし実現しても恐らく私は30年後だと思うが…。
香港の締めにシンフォニーオブライツを鑑賞し、帰国の途についた。
写真:馬人