[中山記念]ヴィクトワールピサ、ジャスタウェイ、パンサラッサ。中山記念の勝利を海外GⅠ制覇に繋げた馬たち

2026年に区切りの100回目を迎える中山記念。出走メンバーのレベルは毎年のように高く、今回がシーズン初戦となるGⅠ馬や過去にGⅡを制した実績馬、年初に金杯を勝利して勢いに乗る馬などが参戦。年齢も4歳から9歳までバラエティー豊かなメンバーが集結する。

また近年は、大阪杯だけでなくドバイや香港でおこなわれるビッグレースの前哨戦としても重要な役割を果たしており、このレースをステップに海外GⅠを制した馬も少なくない。

今回は、中山記念の勝利が海外GⅠ制覇に繋がった馬たちを振り返っていきたい。

2011年 ヴィクトワールピサ

中山記念がドバイでおこなわれるビッグレースの前哨戦的役割を果たしはじめたのは2010年代になってから。その中で、中山記念とドバイのGⅠを初めて連勝したのがヴィクトワールピサである。

03年の二冠馬ネオユニヴァースの産駒で、半兄に安田記念を制したアサクサデンエンがいる良血のヴィクトワールピサは、栗東・角居勝彦厩舎からデビュー。初戦こそ、後にGⅠ級のレースを2勝するローズキングダムに惜敗を喫したものの、続く未勝利戦から一気の5連勝で皐月賞を制した。

その後、日本ダービーが3着、秋はフランスに遠征して2戦し結果が出なかったものの、ジャパンCで3着と健闘すると、父の主戦も務めたミルコ・デムーロ騎手に乗り替わった有馬記念を優勝。この勝利が決定打となってJRA賞最優秀3歳牡馬のタイトルを獲得し、さらなる飛躍を期す4歳シーズンの初戦に選ばれたのが中山記念だった。

このレースで、単勝オッズ1.4倍と断然の支持を集めたヴィクトワールピサは、五分のスタートから序盤は後方を追走。逃げるキャプテントゥーレが刻むペースは1000m通過1分0秒1と遅かったものの、折り合いを欠くようなシーンはほぼ見られなかった。

レースが動いたのは3、4コーナー中間。序盤よりペースが上がったこの勝負所でもお構いなしとばかりにマクリをかけたヴィクトワールピサは、直線入口で先頭から3馬身差の6番手まで一気に進出。そこでついた勢いそのままに坂下で先頭に立つと徐々に後続を突き放し、最後は粘るキャプテントゥーレに2馬身半という決定的な差をつけ先頭でゴール板を駆け抜けた。

向正面で仕掛けた有馬記念よりタイミングは後になったものの、この日は独走を決めたヴィクトワールピサ。なにより大きかったのは、ほぼノーダメージでシーズン初戦を突破したことだった。

そして、この勝利から1ヶ月後、ドバイワールドカップに出走したヴィクトワールピサは、序盤こそ後方を追走していたものの、向正面で早くも上昇を開始。逃げるトランセンドの直後に取り付くと、直線に向いてからも両馬の一騎討ちは続き、最後は半馬身先んじて1着でゴールイン。見事、日本調教馬として初となるドバイワールドカップ制覇を成し遂げ、日本調教馬によるワンツーフィニッシュという歴史的大偉業もやってのけたのである。

折しも、遠く離れた日本列島は、2週間前に発生した東日本大震災によって未曾有の被害を受けたばかり。それでも、夜遅くに届いたこの勝利は被災地に勇気と希望を与え、レース後の馬上インタビューで涙ながらに応えるミルコ・デムーロ騎手の姿は競馬史に残る名シーンとなった。

2014年 ジャスタウェイ

デビューからしばらくは勝ち切れないレースが続くも、4歳時に出走した有馬記念で無敗の三冠馬ディープインパクトに初めて土をつけ、続くドバイシーマクラシックも圧勝した名馬ハーツクライ。産駒も同様の成長曲線を描くことが少なくなく、2019年の年度代表馬リスグラシューのように、本格化した際には手がつけられないほどの強さを発揮する馬がいる。14年の中山記念に出走したジャスタウェイも、その一頭といえるだろう。

7月新潟の2歳新馬戦で2着に5馬身差をつけ、これ以上ない形で初陣を飾ったジャスタウェイだが、4歳秋の毎日王冠まで15戦2勝。アーリントンC(現チャーチルダウンズC)でタイトルは手にしていたものの、重賞では2着5回ともどかしいレースが続いていた。

ところが、覚醒の時はいきなり訪れた。毎日王冠2着から挑んだ秋の天皇賞で、前年の年度代表馬で牝馬三冠も達成したジェンティルドンナを4馬身突き放す圧勝。衝撃のGⅠ初制覇を成し遂げ、そこからおよそ4ヶ月の休養をはさんで臨んだのが中山記念だった。

主戦の福永祐一騎手(現・調教師)が騎乗停止のため、このレースで初めて横山典弘騎手とコンビを組むことになったジャスタウェイは、主導権を握ると思われたトウケイヘイローが出遅れたのとは対照的に好位3番手を確保。2コーナーで遅れを挽回したトウケイヘイローが先頭に立っても動じることなく、インで脚を溜めていた。

その後、迎えた直線。横山典騎手は相棒をトウケイヘイローの内にできたわずかなスペースへ誘導すると、ジャスタウェイも臆することなく突っ込みそこから末脚一閃。粘るトウケイヘイローや追ってきたロゴタイプらを坂上で一気に突き放すと、最後の最後で2番手に上がったアルキメデスに3馬身半差をつけ先頭でゴールイン。ほんの5ヶ月前まで勝ち切れないレースを続けていたのが嘘のような圧勝劇を再び演じたジャスタウェイは、勇躍ドバイへと旅立っていった。

そして、中山記念から4週間後。ドバイデューティーフリー(現ドバイターフ)に出走したジャスタウェイは、今度は2着になんと6馬身以上もの差をつけ圧勝。勝ち時計も、従来のタイムを2秒以上更新する驚異的なコースレコードで、本格化したら手がつけられないハーツクライ産駒を三度体現してみせた。

さらに、帰国初戦の安田記念も勝利してGⅠ3連勝を飾ると、秋は凱旋門賞8着、ジャパンC2着、有馬記念で4着とし、このレースを最後に引退。種牡馬入りが発表されたが、年が明けた1月20日、ドバイでのレース内容が評価され、日本調教馬として初めてワールドベストホースランキング単独1位の座を獲得したのだった。

2022年 パンサラッサ

芝・ダート問わず大物を送り出し続ける種牡馬ロードカナロア。その中で、異色の存在といえるのがパンサラッサではないだろうか。

栗東の名門、矢作芳人厩舎からデビューしたパンサラッサはデビュー当初、お世辞にも大きな注目を集める存在とはいえなかった。同世代で同厩のコントレイルが無敗三冠馬への道を驀進する中、パンサラッサの初勝利は3戦目で、2勝目はコントレイルがダービーを制した3週間後。続くラジオNIKKEI賞こそ2着と好走したものの、その後のオープン、特に重賞の舞台ではなかなか結果を出すことができなかった。

そんな一介のオープン馬に過ぎなかったパンサラッサの転機となったのが、4歳10月に出走したリステッド競走オクトーバーSだった。このレースで初めてコンビを組む吉田豊騎手とともに大逃げを敢行したパンサラッサは、18頭立ての17番手から追い込んできたプレシャスブルーを最後はアタマ差抑えきって久々の勝利を手にすると、続く福島記念でもハイペースで逃げ4馬身差圧勝。自身初の連勝で重賞初制覇を成し遂げた。

その後、有馬記念は距離とGⅠの壁に跳ね返され13着と大敗を喫したものの、5歳シーズンの初戦に選ばれたのが中山記念だった。

このレースで3戦ぶりに吉田豊騎手とのコンビが復活したパンサラッサは、近3走と同じく逃げの手に出た。2番手につけたトーラスジェミニのプレッシャーを意に介さず、1000m通過が57秒6のハイペースでも、中間点付近からむしろ徐々に後続を引き離しはじめる。

そして、7馬身ものリードを取って迎えた直線は文字どおりの一人旅。最後はさすがにスピードが鈍るも序盤の貯金がものをいい、追ってきたカラテに2馬身半差をつけ堂々2つ目のタイトルを手にしてみせたのである。

その後、ドバイターフの招待を受諾し初の海外遠征へと繰り出したパンサラッサは、もちろんこのレースでも逃げの手に出て、結果は前年の覇者ロードノースとともに1着同着。転機となったオクトーバーSからわずか半年でGⅠ初制覇を成し遂げた。

そして、半年後の天皇賞(秋)では、あのサイレンススズカを彷彿とさせる大逃げでファンを魅了。最後はイクイノックスに捕らえられたものの2着に粘り、スターホースとしての地位を確固たるものとすると、その勢いは6歳になっても衰えることなく、香港C10着から臨んだサウジCでは、2年3ヶ月ぶりのダート戦にもかかわらず逃げて後続を完封。日本調教馬初のサウジC制覇は同時に、海外の芝・ダートGⅠ制覇の快挙となり、同年秋に定年を迎える池田康宏厩務員がゴール後、嬉しさのあまり泣き崩れたシーンは多くの競馬ファンの感動を呼んだ。

写真:Horse Memorys、@pfmpspsm

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