![[弥生賞ディープインパクト記念]サトノクラウン、エイシンチャンプ、カデナ。福永祐一騎手とのコンビで弥生賞ディープインパクト記念を制した馬たち](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/03/2026030501.jpg)
競馬界にとって、3月は出会いと別れの季節。2026年3月3日付けで7名の調教師が引退し、4日付けで7名の調教師が新たに厩舎を開業した。
一方、調教師リーディングに目を向けると、1日終了時点で全国3位につけているのが、開業3年目を迎えた福永祐一調教師である。開業初年度に重賞初制覇を成し遂げるなど、ここまで順調に勝ち星を積み重ねJRA通算56勝。26年は既に10勝をマークし、早くもリーディングを狙える位置につけている。
そんな福永調教師は騎手時代、弥生賞ディープインパクト記念に12回騎乗し3度勝利した。これは、グレード制導入以降に限れば武豊騎手の8勝に次ぐ2位の記録。2着と3着も2度ずつあることから得意なレースだったといえ、この先、調教師として管理馬を出走させることもあるだろう。
今回は、福永祐一騎手とのコンビで弥生賞ディープインパクト記念を制した馬たちを振り返っていきたい。
2015年 サトノクラウン
13年のセレクトセール1歳市場において税込6090万円で落札されたサトノクラウンは、マルジュ産駒の持ち込み馬。全姉に英国の2歳GⅠチェヴァリーパークSを制したライトニングパールがいる良血で、美浦・堀宣行調教師の管理馬となった。

デビューは10月東京・芝1800mの2歳新馬戦。福永騎手を背に直線半ばで早々に抜け出し初陣を飾ると、ライアン・ムーア騎手に乗り替わった東京スポーツ杯2歳Sでは、直線でわずかにあいた狭いスペースをこじ開け、内から抜け出しを図ったアヴニールマルシェを差し切り優勝。抜群の勝負根性で重賞制覇を成し遂げ、福永騎手とのコンビ再結成で臨んだのが弥生賞だった。
この年の弥生賞は、レース史上最高といってもいいような素晴らしいメンバーが集結。デビュー2連勝でホープフルS(当時GⅡ)を制したシャイニングレイを筆頭に、ブライトエンブレムやクラリティスカイなど、11頭立てながら7頭もの重賞ウイナーが出走。さらに、500万特別(現1勝クラス)の葉牡丹賞を勝利したトーセンバジルや、ホープフルS2着のコメートなど、皐月賞さながらの好メンバーが顔を揃えていた。
そんな逸材揃いの中で2番人気の支持を受けたサトノクラウンは序盤、先行集団についていく展開となったものの、最終的には中団6番手に位置。3ヶ月半ぶりの実戦でも、いきたがるような仕草はまったくといっていいほどなかった。
レースが動いたのは3、4コーナー中間で、サトノクラウンは、ブライトエンブレムら後方待機組がスパートするよりもわずかに早く進出開始。4コーナーで先行勢を射程圏に捉えると、直線坂下で早くも先頭に躍り出た。
一方、先行勢に脚は残っておらず、ブライトエンブレムだけが迫ってきたものの、坂上でもうひと伸びしたサトノクラウンはこの追撃を楽々と凌ぎ、最後は1馬身半差をつけ先頭ゴールイン。前走とは対照的なスムーズかつ王道の競馬で、クラシックの主役候補に名乗りをあげたのだった。
その後、予定どおり皐月賞に出走したサトノクラウンは、直線入口での不利が響き6着に敗戦。続くダービーでも寮馬ドゥラメンテの3着となり、秋初戦の天皇賞では17着と大敗してしまう。
それでも、京都記念で復活勝利をあげると、年末の香港ヴァーズでは大本命のハイランドリールを差し切りGⅠ初制覇。さらに、翌年の宝塚記念でも大本命の同期キタサンブラックを撃破して2つ目のビッグタイトルを獲得し、6歳時に出走したジャパンC(9着)を最後に現役引退、種牡馬入りとなった。
種牡馬となってからは、初年度産駒のタスティエーラが弥生賞ディープインパクト記念で父仔制覇を成し遂げ、皐月賞2着から臨んだダービーを優勝。父が叶えられなかったクラシック制覇の夢を実現した。
さらに、5歳時には香港のクイーンエリザベス2世Cを勝利し、父がGⅠ初制覇を成し遂げた地でもビッグタイトルを獲得。引退レースの有馬記念は大外枠もあって6着と敗れたものの、父の後継として優駿スタリオンステーションで種牡馬入りを果たした。
またサトノクラウン産駒は、時にとてつもない大穴をあけることがある。中でも、競馬ファンの度肝を抜いたのが1月31日に小倉でおこなわれた3歳未勝利戦で、18頭立ての18番人気で勝利したカシノリアーナはサトノクラウンの産駒。このレースでは、ワイド、馬連、馬単、3連単と4つの券種で最高配当が更新されたが、2023年5月13日に京都でおこなわれた3歳未勝利戦で、複勝式の最高配当を更新したニホンピロパークスもまたサトノクラウンの産駒だった。
2003年 エイシンチャンプ
デビュー間もない頃の福永騎手に「牝馬と相性が良い」「2歳戦に強い」という印象を抱いていたファンは少なくないだろう。実際、GⅠ初制覇はプリモディーネとのコンビで勝利した1999年の桜花賞で、エイシンプレストンに騎乗して勝利した同年の朝日杯3歳Sが2勝目。さらに、その次のJRAGⅠ制覇は02年の阪神ジュベナイルフィリーズで、翌週には朝日杯フューチュリティSにも優勝している。
2歳GⅠが牡馬、牝馬に分かれた91年以降、同一年に両レースを制したのは福永騎手が初めて。その朝日杯フューチュリティSは、エイシンチャンプとのコンビで掴み取ったタイトルだった。
米国産ながら1歳になる前に輸入されたため、JRAの登録上では外国産馬にならないエイシンチャンプはミシェロの産駒。デビューから3戦はダートの短距離戦に出走して、その3戦目で勝ち上がるも、そこから芝のレースに出走した4戦はいずれも惜敗。あと一歩のところで、2勝目をあげられずにいた。
しかし、使われる毎に力をつけていたエイシンチャンプは、京都2歳S(当時はオープン特別)で待望の2勝目をあげると、早くも9戦目となった朝日杯フューチュリティSをレコードで制し連勝。見事、最優秀2歳牡馬のタイトルを獲得し、3歳シーズンの初戦として出走したのが弥生賞だった。
この弥生賞で、単勝オッズ1.5倍と圧倒的な支持を集めたのはザッツザプレンティだった。前走のラジオたんぱ杯2歳S(現ホープフルS。当時はGⅢ)では、2着に4馬身差をつけ圧勝。そのとき騎乗した河内洋騎手は調教師転身のため既に現役を退いていたものの、かわって鞍上を託されたのは武豊騎手だった。
対するエイシンチャンプは2走前にザッツザプレンティを降しており、かつ2歳王者であるにもかかわらず2番人気の評価。福永騎手には期するものがあったのかもしれない。
レースは、ほぼ揃ったスタートからリーディングエッジがいこうとするところ、外から押してタイガーモーションが先頭。これら2頭が3番手以下を大きく引き離す展開となり、エイシンチャンプは4番手、ザッツザプレンティは後ろから2頭目に控えていた。
その後、タイガーモーションのリードがほとんどなくなって迎えた直線。エイシンチャンプは、テイエムリキサンとともに早々に前を捕らえ、そこからは2頭の一騎打ちになるかと思われた。ところが、道中はハイペースで推移していたせいか、坂の途中からは一転して我慢比べとなり、そこへスズノマーチとコスモインペリアルが襲いかかってきた。
それでも、ゴール前でしぶとく伸びたエイシンチャンプは、4頭横一線の大接戦をハナ差制し先頭ゴールイン。前走に続いて抜群の勝負強さを発揮し、堂々クラシック候補として皐月賞に臨むのだった。
ところでこの年、所属する瀬戸口勉厩舎には、サンデーサイレンス産駒の逸材ネオユニヴァースがいた。主戦は同じく福永騎手で、弥生賞のおよそ1ヶ月前にきさらぎ賞を制覇。戦績は4戦3勝で、コンビでは3戦無敗だった。
とはいえ、福永騎手の体は一つしかない。この春コンビを組むのは、エイシンチャンプかネオユニヴァースか。その選択に注目が集まる中、果たしてコンビ継続となったのはエイシンチャンプだった。2歳GⅠや皐月賞トライアルの勝利実績はもちろん、福永騎手は同じく平井豊光オーナーが所有するエイシンプレストンとのコンビで国内外のGⅠを3勝していた(弥生賞の1ヶ月半後にはクイーンエリザベス2世Cも制しGⅠ4勝)。
しかし、この年の皐月賞とダービーを制し二冠馬に輝いたのは、新たにミルコ・デムーロ騎手を鞍上に迎えたネオユニヴァースだった。一方、エイシンチャンプも皐月賞で3着と好走したものの、ダービーは10着に敗戦。さらに、そこから好走することはあっても勝利は叶わず、6歳時に地方・大井へ移籍することになった。
それでも、デビュー直後に走ったダート戦の経験が活きたか、エイシンチャンプは移籍2戦目の大井記念で前年の黒潮盃と東京記念を制したボンネビルレコードを破り優勝。続く帝王賞こそ8着に敗れるも、サンタアニタトロフィーと東京記念で入着を果たし、JBCクラシックでも6着と健闘してGⅠ馬の意地を見せた。
2017年 カデナ
競走馬としてはもちろん、種牡馬としても超一流の成績を残したディープインパクト。福永騎手はその産駒で、川田将雅騎手、クリストフ・ルメール騎手に次いで3番目に多くの勝利を手にした。ディープインパクト産駒で のJRA通算勝利数は222で、うちGⅠは10勝。史上初めて父仔無敗三冠の偉業を成し遂げたコントレイルをはじめ、ワグネリアン、シャフリヤールとディープインパクト産駒で3回もダービーを制しているが、ディープインパクト産駒とともに初めて弥生賞に臨んだのは2017年、カデナとのコンビだった。

栗東・中竹和也厩舎からデビューしたカデナは、9月阪神の2歳新馬戦で武豊騎手を背に2着と好走。続く2戦目で初勝利をあげると、福永祐一騎手にスイッチした百日草特別でも2着と好走した。
そして、さらにそこから中2週で臨んだラジオNIKKEI杯京都2歳Sでは、1000m通過1分2秒2の遅い流れにもかかわらず、直線でディープインパクト産駒らしい鋭い決め手を発揮し快勝。重賞初制覇を成し遂げ、3歳シーズンの初戦に選ばれたのが弥生賞だった。
このレースで1番人気に支持されたカデナは、前走同様、序盤は中団やや後方に待機。逃げるマイスタイルが作るペースは1000m通過1分3秒2と遅かったため、わずかにいきたがる素振りをみせたものの、折り合いを著しく欠くような場面はなかった。
その後、全12頭が5、6馬身の圏内に固まると、3、4コーナー中間でカデナは前走を再現するように馬群の大外から上昇を開始。先行勢を射程に入れ直線勝負を迎えた。
直線に入ってすぐ2番手に上がり、さらにそこから末脚を伸ばそうとしたカデナだったが、久々が影響したのか、それとも道中遅い流れで推移していたせいか。逃げるマイスタイルをなかなか捕らえられず、もたついていた。
それでも、残り100mを切ったところでようやくエンジン全開になると、前との差は一気に縮まり、最後はマイスタイルを半馬身差し切って先頭ゴールイン。前走に続いて重賞連勝を飾り、堂々クラシックの主役候補に躍り出たのである。
ところが、続く皐月賞で9着に敗れたカデナは、それも含め2年間で10戦したものの、すべて7着以下に敗戦。うち7戦が二桁着順という極度のスランプに陥ってしまった。それでも、5歳春の福島民報杯で3着に好走してきっかけを掴むと、翌年の小倉大賞典で自身およそ3年ぶりとなる重賞制覇。鞍上の鮫島克駿騎手にとっては初の重賞制覇となり、続く大阪杯でも勝ち馬から0秒2差の4着と好走した。
その後は8歳まで現役生活を全うし、22年の天皇賞(秋)を最後に引退。アロースタッドで種牡馬入りし、26年からはブリーダーズ・スタリオン・ステーションへ移動した。
初年度産駒は26年デビュー予定で、血統登録された馬は4頭と少ないものの(2世代目は7頭)、半兄スズカコーズウェイは種牡馬としてGⅡプロキオンSの覇者サンデーファンデーを輩出しており、カデナの産駒から大物が誕生してもなんら不思議ではない。
写真:Horse Memorys、s1nihs
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