必殺技の奥に隠された「秘技」に惑う。インカンテーションのみやこSを振り返る。

ダートを主戦場に活躍する馬は実に息長く活躍し、その場所を選ばない。JRAだけではなく、NARのダートグレードでも走る。日本全国を出走するために飛び回り、稼ぐ。いわば、さすらいの賞金稼ぎ。ちょっとやそっとではできない生き方は羨ましくも感じる。

まるで巡業するプロレスラーだ。ただ、最近のプロレスはネットのライブ配信があり、その在り方は大きく変化した。

かつてはテレビ中継が入るビッグマッチを中心に興行は組み立てられ、照明も少ない地方興行、ダークマッチはそこへの伏線づくりの場だった。ファンは結果のみを東京スポーツで知り、各記者が書く記事とレスラーのコメント、試合結果から想像を膨らませながら、ビッグマッチを待った。そして地方のファンは地元にやってくるプロレスを会場で体感する。試合カードは当日発表も多く、ときにサプライズに興奮した。また、プロレスラーにとって地方巡業は自分の実力をアピールできる場。巡業の積み重ねがビッグマッチでのチャンスをつかむ手段。巡業を疎かにするプロレスラーは大成しない。なぜなら、会場にいないファンは新聞の情報から想像しているからだ。そこにいないファンをもワクワクさせる。それは容易なことではない。巡業の充実はレスラーだけでなく、プロレス団体そのものの強さを示す指標になる。

全国を飛び回るダートを主戦にする馬にとってのビッグマッチはJRAのGⅠと地方交流GⅠ。そこをひとつの集大成とするなら、その前哨戦は本番を占う意味で重要な位置づけになる。チャンピオンズCのステップレース・みやこSもまたしかり。

インカンテーションは2012年2歳7月芝1400m戦でデビュー。2018年8歳暮れのチャンピオンズCまで約6年半も現役を続け、36戦して11勝をあげた。みやこSは3、4、6歳時に3度出走、2、1、8着という成績を残す。

父はエーピーインディ系のシニスターミニスター。凡走と好走を繰り返すタイプが多く、つかみにくい産駒が多いが、ダートで着実に稼げる種牡馬として重宝されている。インカンテーションはそんな典型で、特に若い頃は成績の浮き沈みが激しいばかりか、逃げ、先行で好走したかと思えば、同じパターンであっさり負け、かと思うと、追い込んで上位に来たりもする。

そうした波のなかでも成績を積み、大野拓弥騎手に乗り替わった3歳夏のレパードSを1番人気で勝利。重賞タイトルをつかむ。

1回目のみやこS出走はその秋のこと。不良馬場のラジオ日本賞は時計が速く、得意の先行態勢をとれず、6着に敗れる。みやこSは7番人気。良馬場発表だったが、当日10Rから天候発表は雨に変更、向正面は暗く見えにくいほどだった。またも速い時計が出る予感もあった。8枠からアイファーソングが先手を奪い、最内枠レッドクラウディアが追いかける展開は見るからに速そうで、実際1000m通過59.7はダート1800m戦としては速い。インカンテーションはラジオ日本賞より行き脚がつき、前年覇者で東京大賞典を制したローマンレジェンドの背後、6番手の外目につける。向正面に入ってもアイファーソングとレッドクラウディアのつばぜり合いは決着つかず。後続も徐々に鞍上の手が動き、ペースについていけない馬たちから脱落するサバイバルレースとなった。

さらに残り600mでブライトラインが動き、逃げる2頭を交わし先頭に立つ積極策。ついてきたのはローマンレジェンドとインカンテーションの2頭。ローマンレジェンドとの競り合いに勝ったインカンテーションだったが、ブライトラインの粘りに屈し、2着に敗れた。その時計は勝ち馬と同じ1.49.2。インカンテーションはキャリア36戦でダート1800mに20回出走したが、これが最速タイムだった。

2回目のみやこS挑戦は、4歳秋だった。

この年は春の始動戦マーチSをケガで回避。上半期を休養にあて、夏に戦列に復帰した。10番人気で出走したエルムSで3着。そこから、上半期を休んでいたことを忘れるほどの充実をみせる。BSN賞、ラジオ日本賞と新潟ダート1800mで連勝。それは先行して安定したレースができることと結びつく。気分屋なところがあり成績の乱高下が激しいのは、血統背景のほかに脚質が定まらないことに起因する。

全国各地どこの競馬場でも好成績を収めるダートの猛者には競馬に自分の形がある。プロレスラーでいうところのフィニッシングホールド、必殺技だ。この技を食らったら試合が終わる。だから観客はその態勢に入った瞬間に最高潮に盛りあがり、同時に試合が終わる寂しさを覚えるものだ。

ダート競馬での武器はたいてい先行力。これを身につけた馬はどんな形態の競馬場でも自分の強さを発揮できる。インカンテーションの安定した成績も先行力が源となった。連勝で挑んだ4歳みやこSは前年とは正反対、主役候補の2番人気。先行できることが評価された。

しかし、インカンテーションは先行しなかった。

逃げるサトノプリンシパル、番手からの競馬で重賞1、2、1着と結果を出したクリノスターオー、準オープンを突破したアスカノロマンなど前をとりたい馬が多数。相手を分析した大野騎手は控える作戦を選んだ。序盤は中団にいた先行型グラッツィアが向正面で進出。1000m通過タイムは61.3と前年より遅かったが、先行勢にとって落ち着かない競馬に。ペース以上にタイトな展開だった。

意識が自然と前に集まる。3、4コーナーで後方勢も前へ押し寄せるなか、インカンテーションは動かない。2コーナー7番手が3コーナーでは12番手と勝負所で順位を落とした。それでも大野騎手は焦らない。先行して結果を出してきたにもかかわらず、ここまで待てるとは。それはインカンテーションの必殺技は先行力だけではないという確信だったのではないか。

動く馬がみんな動いたあと、3、4コーナー中間地点からインカンテーションは遅れて動く。それは一流のプロレスラーなら必ず持っている必殺技のその向こうにある秘技のようなものだった。滅多に出さない奥の手こそが、上がり最速36.0、ゴール前400m12.2-12.6で抜いた抜群の瞬発力なのだ。先を行くナムラビクターに一切、抵抗を許さず、一緒に追い込んだランウェイワルツをねじ伏せる。

滅多に見られない秘技はプロレスファンの語り草になるが、インカンテーションの末脚は競馬ファンをうならせた。

3度目の出走になる6歳時は先行して8着。それだけに4歳時の末脚は余計に奥の手に感じる。以後、インカンテーションは重賞4勝をあげたものの、それらはすべての決まり手は逃げ、先行。一方で、8歳フェブラリーS、プロキオンSなど時々、披露した奥手。インカンテーションといえば、差し馬。実際は先行が多いが、そう記憶している人は思いのほかいる。それはプロレスラーの秘技が永遠にファンの間で語られる感覚に近い。

写真:Horse Memorys

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