[全日本学生馬術大会2025]ヴェロックスを追いかけて。三木ホースランドパークで知った学生馬術の魅力

2025年10月30日午前5時

夜明け前、神戸の街は目覚める途中の微睡みのなか。神戸電鉄「新開地駅」から三田行きに乗車し、途中の鈴蘭台で粟生行きに乗り換える。車内は各ロングシートに一人いるかいないかくらい。さすがに早朝から三木方面へ向かう人は少ない。乗車した3000系の車体が音を立てながら、カーブを越え、神戸より標高が高い目的地を目指していく。途中、朝日が車内に差し込んできた。神戸電鉄に揺られながら、迎える神戸の夜明け。こんな体験も取材だからこそ。つい夜が深くなりがちな旅では味わえない。

三木駅に降り立ち、自分の不覚を悟った。駅前のタクシー乗り場に車の姿がない。取材の準備段階で前日に「タクシーの予約を入れること」とメモしたことを忘れた。いくらメモをしても、それ自体を忘れてしまっては意味がない。その場でタクシー会社に連絡すると、まだ営業前で走っているタクシーはないとのこと。そうか、24時間対応じゃないのか。仕方がないとスマホで調べると、路線バスがある。平日は目的地である三木ホースランドパーク近くまで行くバスこそないが、路線バスでちょっと離れたところまでは行けるらしい。だが、二つ三つ先の最寄り停留所で下車し、スマホの道案内を見て卒倒する。そこから徒歩30分とあり、進行方向は歩道がない峠道のようだった。乗っていたバスは下り坂を右にカーブし、瞬く間に消えていった。これもまた取材の醍醐味。取材とは未知なる世界へ飛び込む「探検」のようなものだ。いつだって、予め引かれた道をなぞるわけがない。山を下り、バイパスを潜ると、また山を登る。途中から広い歩道が用意され、ひと安心。街路樹には大きなクモの巣が張られ、その主がじっとこちらを見つめている。おそらく、こんな時間に歩いている人間なんて滅多にいないはずだ。クモも驚いたにちがいない。実際、目的地までの約30分間、人はおろか自転車一台ともすれ違うことはなかった。

そんな早朝の散歩を楽しんでいると、目的地の三木ホースランドパークにたどり着いた。

車で走ってしまえば、撮れなかっただろう。早朝の三木ホースランドパーク。散歩もたまにはいい。とはいえ、決められた時間に間に合わなければ意味がない。少し歩くスピードを速め、目的地を目指していく。

今回の取材は全日本学生馬術大会2025。本大会に出場するヴェロックスの取材だった。この年の夏、私は青山学院大学体育会馬術部を訪れ、ヴェロックスを取材した。2019年三冠2、3、3着と善戦したヴェロックスは競技馬として2025年、青山学院大学に入学?した。その模様は「もうひとつの引退馬伝説2 関係者が語るあの馬たちのその後」(マイクロマガジン社)に収録されている。ヴェロックスと4年生ではじめて公式戦に出場した石原ほのかさんの最後の舞台を追いかけてみたい。そんな興味から兵庫行きを計画した。石原さんは大学入学後に馬術をはじめ、最後のシーズンを迎えるにあたり、そのパートナーを探していた。そこで出会ったのがヴェロックスだった。青山学院大学でのヴェロックスの日常は上記書籍に書いたので、割愛するが、ヴェロックスと石原さんは関東大会で5位に入賞し、全国大会に駒を進めた。そうそう出場できない大会だと聞かされ、「だったら、取材に行きます」と言ったことを実行に移した。と、こういう経緯だ。冗談半分で聞いていた先方の関係者は私が会場にあらわれて驚いていた。私のような社交辞令を真に受ける変わり者も世の中にはいる。

午前7:30

定刻通り、M-D障害馬術競技大会はスタートした。馬術の世界では競走馬時代の名前を変えるリネームの習慣があるが、ヴェロックスのように名前を変えずに競技馬として活躍する馬も少なくない。この日の出場馬のリストには、2019年マーチSを勝ったサトノティターンの名もあった。石橋脩騎手が思い切り左に体重をかけながら差し切った独特な走りを思い出す。今は帯広畜産大学で競技馬として活躍していることを知る。

また、ヴェロックスと一緒に菊花賞を走ったホウオウサーベルも出場していた。菊花賞は11着に終わったが、近年のトレンドである新潟芝2200mの阿賀野川特別を勝ち、菊花賞に駒を進めた夏の上がり馬で、5番人気と支持を集めた。現在は日本獣医生命科学大学に所属している。ヴェロックスとホウオウサーベルがまさか6年後に三木ホースランドパークで再会を果たし、同じ競技で相対するとは。当馬たちは知ったこっちゃないだろうが、私は下調べしていて、感慨にふけった。お互い生きていれば、どこかでまた接点が生まれる。人生にも馬生にもそんな奇跡めいたことは起きる。

ヴェロックスの試合は2反抗失権で幕を閉じた。あっさりとした幕切れになってしまったが、これも馬術の世界。優秀なサラブレッドが必ずしも競技馬として順調に結果を残すとは限らない。昨今、馬術の世界で活躍する元競走馬が増え、その壁が見えなくなりつつあるが、実際はそうではない。そんな現実を知ったのも私にとっては貴重だった。競馬ファンはうっかり壁を見誤りがちだが、競走馬から競技馬になる道は険しく、活躍している馬たちはみんなその道を越えてきた。そういった意味ではヴェロックスはまだ道の途上。それでいて石原さんと全国大会までやってきたわけで、競技馬としての素養は高い。いずれはもっと高い障害を飛べるようになるはずだ。

競技後、石原さんに話を聞くと、こんな答えが返ってきた。

「自分の人生のなかで短い時間でしたが、いちばんがんばった時間でした。ヴェロックスに出会い、全国の舞台に連れていってくれて感謝しかありません。また、ヴェロックスは大きな舞台を目指すので、応援してほしいです」

彼女はこれで学生馬術の選手としてのキャリアを終える。やれることをやり切ったという清々しさは眩しく、羨ましくもあった。夢中になって努力し、打ち込めるものに出会えたのは幸せなことだ。それほど馬術という競技には魅力が詰まっている。ヴェロックスの次なる舞台を見届けよう。そんな想いを浮かべながらタクシーで三木駅まで帰る。ものの10分ぐらいだった。


惜しまれながらターフを去ったあの競走馬たちはどうしているのか?

有名競走馬の引退後の余生を追い、大反響を呼んだ『もうひとつの引退馬伝説~関係者が語るあの馬たちのその後』の第2弾。

今回も現役引退後に種牡馬や繁殖牝馬になった馬の他、乗馬、馬術競技、伝統神事、リードホースなど新たな役割で活躍している馬、功労馬として余生を送っている馬、生を全うした馬など、それぞれの関係者の証言をもとに総勢28頭の第2・第3の馬生に迫ります。

巻頭スペシャル対談
福永祐一(JRA調教師)×山本高之(TCC Japan代表取締役)

第1章:種牡馬や繁殖牝馬としてがんばる馬たち
ドウデュース
コントレイル
レモンポップ
タイトルホルダー
ステラヴェローチェ
ニシノデイジー
オールブラッシュ
アジュディミツオー
ファンディーナ

第2章:新たな働き口を見つけた馬たち
ディープボンド
ダンビュライト
ブラストワンピース
バランスオブゲーム
ヴェロックス
メジロドーベル
ライオンボス
メイショウナルト

スペシャルインタビュー
林伸伍(東京オリンピック馬術競技日本代表)

第3章:功労馬として余生を過ごしている馬たち
ゴールデンシックスティ
スズカフェニックス
オウケンブルースリ
タニノギムレット
トウショウシロッコ
ネコパンチ

第4章:最期を看取られたあの名馬たち
メイショウサムソン
ダイタクヘリオス
ブロードアピール
デルタブルース
タイキフォーチュン

書籍名もうひとつの引退馬伝説2~関係者が語るあの馬たちのその後
発売日2025年10月9日
価格定価:1,980円(本体1,800円+税10%)
ページ数A5判/オールカラー/144ページ
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