土曜日の朝、目覚めると、競馬界が大騒ぎになっていた。
どうやら、禁止薬物が含まれた飼料添加物が出回っていたらしい。様々なメディアが、次々にその事件を報じる。150頭を超える馬が、レース直前に緊急で出走除外になったのだという。令和の競馬が始まってまだ2ヶ月足らずで、大きなニュースが巻き起こってしまったなぁと憂鬱な気分でテレビを見ていた。
雨音がしきりに響く、梅雨らしい、寂しげな朝だった。
調べていくうちに、徐々に情報が舞い込んでくる。
ダート期待の新星・サトノギャロスがユニコーンSを除外。
函館スプリントSは13頭のうち6頭が除外となり、非常に珍しい7頭のレースに。
どの馬も、綿密に決めたであろうレースを、外部からのトラブルで除外になっていた。悔しいな、と思った。被害が出た馬は可哀想だな、と。折角、レースに向けて仕上げたんだから、走りたかった・走らせたかっただろうに……と。
一方で、除外されなかった馬にとってはチャンスだとも思った。
想定メンバーとは異なるメンバーによるレース。普段なかなか勝ちきれない馬が、これを機に勝ちきり、開花する──そんなストーリーも、あるかもしれない。
オレハマッテルゼ産駒のメイクアップは、7歳になった2018年3月に障害デビューすると、5戦して2着1回・3着1回・4着1回・5着2回。安定感はありつつも、なかなか勝ちきれない競馬を続けていた。
メイクアップの競走馬としてのデビューは、2013年の12月。
世代としては、ワンアンドオンリーやイスラボニータと同じく「2011年生まれ」世代だ。
セリの取引価格は535万円と決して高額ではなかったが、その印象的な顔立ちから、デビュー前からのファンも多い馬だった。
そんな彼もまた、クラシックレースの頂点を目指す1頭。顔のインパクトだけではない、競走馬としての大活躍を目指した。
新馬戦は9番人気ながら4着、次走でも11番人気ながら5着と好走。年が明けて3月にはひと月に3戦をこなすハードスケジュールだったものの、3着→2着→1着と徐々に着順をあげて初勝利をあげる。
ダービートライアル・プリンシパルSでは3着と、惜しくもダービーのチケットは逃したものの、容姿だけではない「秘めたる実力」を披露した。
秋のセントライト記念は、さらに力強い走りをみせてくれた。
1着は皐月賞馬イスラボニータ、2着はその年末に有馬記念2着となるトゥザワールド。さらには後に3度G1で2着をとるステファノス、重賞馬タガノグランパ、実力派の良血馬ラングレーと、世代を代表するようなメンバーが掲示板を独占した、2014年セントライト記念。
メイクアップは、そのメンバーに食い下がっての6着という成績を残す。
またしてもクラシック出走は叶わなかったものの、存在感を示すレースとなった。手応えはあった。得意条件であれば、さらに上を目指せるはずだ、と。
──しかし彼にとって、セントライト記念が最期の重賞出走となった。
2015年の11月から2016年の7月まで、メイクアップは10戦連続で掲示板に食い込む好走を見せる。そして8月にはワールドオールスタージョッキーズの第4戦で勝利し、鞍上の永森大智騎手(高知)が3位に食い込むのを後押しした。
見た目は個性派だが、非常に安定感のある「実力派」。それがメイクアップだった。
クラスがあがっても3着や4着と通用するところを見せていたものの、なかなか勝ちきれないでいるうちに大敗を経験。そのまま6連敗で掲示板にも乗れずにいたのち、休養を経て障害デビューとなった──。
2019年6月15日。
禁止薬物問題で揺れる競馬界。
除外馬のリストが出回る。
──その中でメイクアップは、出走にこぎつけた。
雨の降りしきる東京競馬場、第4レース。
2周目の第3コーナーで、彼は競走を中止した。
左第1指関節開放性脱臼。
予後不良と診断された。
8歳のベテランが、雨の競馬場に散った。
レースに出走できなかった事で予定が狂う馬。
レースに出走できてしまった事で命を失う馬。
運命というのは数奇なものだ。
メイクアップが、出走除外となっていれば?
開催そのものがなくなっていれば?
そう思わずにはいられない。
しかしメイクアップはこの世を去ったことは変わらず、私はまた翌日の開催を待つ。
レースの無事な開催と賑わいが、多くの馬を活躍させ救うことになるのだと信じて。
メイクアップ、どうか安らかに。
写真:雪のかけら、ラクト、かぼす