「同一厩舎の多頭数出しは、人気薄から買うべし」
数ある競馬の格言の1つに、こんなものがある。要は、「人気馬にとっての敵は身内に居た」という例えで、2019年の東京優駿ではサートゥルナーリアが人気を集めていたが、勝ったのは同じ角居厩舎所属の12番人気、ロジャーバローズの方だった。
では、同じ厩舎の馬がG1レースで3頭も出走してきたら……?
そんな迷いが生じたのが、1996年の優駿牝馬だった。
栗東の伊藤雄二調教師は「名伯楽」と当時から呼ばれていた実力派。過去にはマックスビューティーやシャダイカグラといった牝馬での大レース制覇を経験していて、柴田政人騎手に悲願の日本ダービーの勝利をもたらしたウイニングチケットも育てていた。
1996年も、伊藤雄二厩舎にはクラシック制覇が期待できるだけの若駒が揃っていた。
牡馬はきさらぎ賞を勝ったロイヤルタッチ。牝馬はエアグルーヴを筆頭に、メイショウヤエガキ、センターライジング、そしてマックスロゼと4頭もの有力馬を抱えていたのである。
エアグルーヴは前年暮れの阪神3歳牝馬ステークス(現ジュヴェナイルフィリーズ)こそビワハイジに逃切りを許したものの、年明けのチューリップ賞ではそのビワハイジにきっちり先着を果たした。これで桜花賞の有力候補に躍り出たものの、直前に熱発してしまい桜花賞は回避という憂き目に。伊藤雄二厩舎からは3頭がエントリーしたものの、前評判の高かったエアグルーヴが不在となった桜花賞を勝ったのは、中尾謙太郎厩舎のファイトガリバーだった。
一方で、マックスロゼは桜花賞の後に東京競馬場で行われたオークストライアル(4歳牝馬特別)に出走し5着。やはり桜花賞から向かった同厩のセンターライジングが勝ったものの、こちらは休養に入ることとなった。
そして迎えたオークス。
今度こそと、エアグルーヴも万全の体調でレースに出走してきた。さらに、伊藤雄二厩舎からは、桜花賞に引き続きメイショウヤエガキと、マックスロゼも出走。エアグルーヴを加えた3頭が出走となった。
そのなかで、私はマックスロゼを買うと決めた。
チューリップ賞の勝利やG1レースでの2着の実績があるエアグルーヴ。
牡馬混合戦の芝2000m戦で2勝という実績があるメイショウヤエガキ。
その2頭に比べると、競走実績という点でマックスロゼはやや格下感は否めなかった。重賞勝ちはあるものの、中山で行われた芝1200mのフェアリーステークスのみ。2000mのオークストライアルも敗れていて、距離の不安があった。
しかし2勝目を挙げたのが東京競馬場で行われた赤松賞だった点、またマックスロゼはこの前年に大活躍したマヤノトップガンと同じ、田所祐オーナーという点も魅力的に思えた。
「馬主の持つ勢い」にも期待しての本命だった。
ゲートが開くと、カネトシシェーバーがハナに立ったが、1コーナーそして2コーナーを過ぎて向こう正面に入るとノースサンデーが先頭に。そのままウエスタンスキャンやキハクといった馬たちが先行集団を形成。1番人気のエアグルーヴはその先行馬たちの直後で虎視眈々と追走して、最後の直線コースへと向かう。
すると、先頭を走っていたノースサンデーが右に左にと「蛇行」をしたことで馬同士の接触が複数回起こる、まさかの展開が待っていたのだ。マックスロゼもノースサンデーに寄られたことで一瞬、ブレーキをかけたようにも見えた。それでも再度、内から伸びたものの脚色は一杯。
1着でゴールしたのは、同厩舎のエアグルーヴ。母娘制覇の偉業達成だった。
マックスロゼは5着。
人気以上の着順には来たものの、掲示板止まりだった。「もしあの不利が無ければ……」ということは、つい考えてしまう。しかし生き物である馬が本番一発勝負で火花を散らしているだけに、こういった事態はやむを得ない部分もある。
「同一厩舎の多頭数出し」で人気薄を狙ったものの、的中馬券としての見返り(リターン)は無かったけれど、春のクラシック路線の2レースに複数の馬を送り出した伊藤雄二調教師のウデの確かさは実感することが出来た。
応援していたマックスロゼは、エアグルーヴという稀代の名馬の影に隠れてしまった感もある。
しかし私は今でも、オークスの時期になると
「大本命馬の身内(エアグルーヴ)を負かしてしまわないか!?」
といったあの当時の期待感を思い出してしまうのだ。