モーニン - 洒脱さとユーモアを兼ね備え、一気に砂の王者への階段を駆け上っていった2016年冬を振り返る。

音楽が由来の馬名が、好きだ。

最近ではperfumeの曲名から次々に馬名を採用している馬主の方もいる。perfumeファンを自認するぼくは、「フューチャーポップ」や「ラブザワールド」などperfumeの曲名を名付けられた馬を応援し、さらには新曲が出るたびに「今度はどんな馬にこの曲名が名付けられるのだろう?」と想像を膨らませてみたりもする。

もちろん音楽が由来する馬名は、J-POPに限ったことではない。ビートルズやローリングストーンズの楽曲をはじめとした世界中の名曲が、馬主の期待と共に名付けられている。その中にはエルコンドルパサーのように、原曲と同様に大きく世界へと羽ばたいた結果を出した例もある。

ROCKやPOPSに名前の源を持つ馬たちのほかにも、より色濃く

大人の香りを漂わせた名前の由来を持つ馬たちがいる。

そう、JAZZだ。今回の主役・モーニンは、その一頭である。

「モーニン」はアート・ブレーキー&ジャズ・メッセンジャーズのアルバム「モーニン」(BLUE NOTE4003)の表題曲で、アルバムの1曲目に収録されている。作曲はボビー・ティモンズ。この曲をはじめとして「ジス・ヒア」や「ソー・タイヤード」等、どこかユーモラスでありながら洒落ていて、しかもパンチのきいた曲を作るピアニストだ。

「モーニン」の良く知られた伝説に「そば屋の出前が、『モーニン』を口笛吹きながら出前に出て行った」というのがあるが、あの全く以てキャッチ―で一度聴いたら忘れられないイントロが、当時の日本においてどんなに受け入れられていたかを表現するのにピッタリの都市伝説と言って良い。

その、洒脱さとユーモアを兼ね備えたジャズの名曲を由来とする競走馬・モーニンは、アメリカ生まれの外国産馬だった。2015年5月16日、京都競馬場ダート1400m3歳未勝利戦でデビュー。馬主は馬場幸夫氏、管理するのは石坂正調教師、鞍上には松山弘平騎手という布陣であった。既走馬に交じってのデビュー戦でありながら一番人気に推された彼は、3番手から難なく押し切って、単勝2.5倍の人気に応えた。

続く2戦目は5月31日の東京競馬場ダート1600m3歳500万下で、鞍上は川田将雅騎手。単勝1.5倍と圧倒的な一番人気だったが、ここも3番手から押し切り勝ち。秋になり迎えた3戦目は、9月21日阪神競馬場のダート1400m新涼特別。鞍上は再び松山弘平騎手となり、1.6倍に支持される。ここでは逃げ馬の直後につけ、そのまま抜け出して勝利をあげた。さらに続く4戦目は10月24日東京競馬場ダート1600m秋嶺ステークスに出走。名手クリストフ・ルメールを鞍上に迎えたここも勝利し4連勝でオープン入りとなった。こちらも単勝オッズは2.1倍と、人気を集めた中での勝利であった。

──ここまで、無傷の 4連勝。

まさに破竹の勢いだった。

しかし、初の重賞挑戦となる東京競馬場ダート1600mの武蔵野ステークス(GⅢ)。再び川田将雅騎手に手が戻ったモーニンであったが、後方からきたノンコノユメの差し脚に屈してしまう。さらには先行するタガノトネールをとらえることができないまま3着に終わり、彼にとって初めての敗戦となった。


4歳となった年明け初戦は、2016年1月31日東京競馬場のダート1400m根岸ステークス(GⅢ)。

関東の雄、戸崎圭太騎手を鞍上に臨んだモーニンは、3年前のフェブラリーステークス(GⅠ)の勝ち馬グレープブランデー、前走でかわすことのできなかったタガノトネール、末脚鋭いアンズチャンなどの有力馬の顔をそろえる中、定位置ともいえる一番人気に推される(単勝オッズは2.2倍)。

そしてゲートオープンすると、戦前の予想通りシゲルカガが先行する。二番人気のタガノトネールは2番手。モーニンはその後ろから果敢に番手を取りに行く。グレープブランデーがその後ろにつける。アンズチャンは定位置の最後方。

馬群はワンターンのコーナーを回って、直線を向いた。早めに先頭に立ったタガノトネールを外からかわして、モーニンが早めに先頭に立つ。GⅠ馬の意地で伸びてくるグレープブランデー。しかしモーニンの洒脱な脚は止まらない。

そのままモーニンは、中団から鋭く伸びてきたタールタンを振り切ってゴールへと飛び込んだ。

モーニンにとって、これが嬉しい重賞初制覇。これにより、獲得賞金だけでは出走が微妙なラインだったフェブラリーステークスへの優先出走権を手に入れた。


そして2月21日、GⅠ初挑戦となるフェブラリーステークス(GⅠ)の日がやってくる。

舞台は東京競馬場ダート1600m。鞍上にはミルコ・デムーロ騎手。フェブラリーステークス三連覇を狙うコパノリッキーをはじめとして、クリストフ・ルメール騎手を擁して一番人気に推されたノンコノユメ、タガノトネール・グレープブランデーといった根岸ステークス再戦組と、タレントが揃った。

結果として、モーニンはデビュー後初めて一番人気を譲った(単勝オッズは5.1倍)。
東京競馬場に響く2016年最初のGⅠファンファーレ、そしてゲートオープン。先行争いが激化する中、コーリンベリーがハナに立つ。タガノトネールが番手をキープ、モーニンは4番手の位置取り。コパノリッキーはその後方につける。ノンコノユメは後方4番手でルメール騎手のゴーサインを待っていた。

大歓声の中、4コーナーをまわって直線へ。

まるで根岸ステークスのリプレイを見ているかのように、先頭二頭を早めにとらえたタガノトネールをかわしていくモーニン。コパノリッキーは伸びない。代わって追いすがろうとしたロワジャルダンを置き去りにして、後方から差してきたノンコノユメにも、伸び脚目立ったアスカノロマンにも差されることなく、モーニンは1分34秒0のレコードタイムで優勝した。ミルコ・デムーロ騎手の手が挙がる。

GI初挑戦で初制覇──まさに軽妙洒脱に、時にユーモラスさを湛えて、彼は砂の王者への階段を駆け上っていった。

ジャズのミュージシャンたちは移ろいやすい。ピークは短く、儚い者が多い。
もちろんルイ・アームストロングやソニー・ロリンズなどのようにミュージシャンとしての栄光を長期間にわたってまっとうする例もあるので、全てがそうだとは言えないが、少なくない天才たちは短い輝きを残して姿を消していく。

モーニンにとっても、この根岸ステークスとフェブラリーステークスの二つのレースがそんな眩いばかりの輝きを放った栄光のシーズンだったのかもしれない。事実、この後の彼の蹄跡は、勝鞍は6歳時のオープン・コーラルステークスと、韓国遠征に臨んだコリアスプリントの2つのみ。

もちろん、JPNⅠかしわ記念での3着や、7歳時の根岸ステークス・フェブラリーステークスで共に4着など、長いシーズンに渡り多くの好走はしている。芝の重賞を使ったり、またダートに戻したりと、試行錯誤を繰り返す姿も、モーニンの魅力のひとつである。ただし3歳時の破竹の4連勝や根岸ステークスでの初重賞制覇、GⅠ初挑戦初制覇となったフェブラリーステークスの時の輝きを取り戻せたかというとそうではなく、あの洒脱さとユーモアはすでにピークを越えていたと言えるだろう。

7歳時の2019年10月26日、京都競馬場の芝1400mスワンステークス(GⅡ)を18頭立ての最下位入線を最後に、モーニンは引退した。北海道・優駿スタリオンステーションで種牡馬となったモーニンだが、あの洒脱かつユーモアにあふれた彼の血を受け継いだ活躍馬は登場するのだろうか──。

写真:あかひろ

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