若きスタッフと共に……。マイネルパイオニアの大冒険。

ダートグレードの最高峰の一つ、JBCクラシック。
毎年この舞台には中央や地方の重賞ウイナー、幾重にも勝ち星を重ねてきた猛者など抜群の実績を重ねてきた者が名を連ねる。
そんなJBCクラシックだが今年、金沢で行われた当レースに出走した12頭の中に1頭、変わった戦績の馬がいた。
その馬はマイネルパイオニア。
この時点の戦績は中央地方通算33戦1勝。その1勝も園田で行われたC2の平場。
1年前、いや、半年前にはこの大舞台に出走するなど夢にも思えない戦績。
しかし、そんな彼の実力を信じた金沢の若きホースマン達と共に挑み続け、その結果彼はここまで駆け上がる事ができたのだ。

厩舎に佇むマイネルパイオニア(筆者撮影)

マイネルパイオニアは父ハービンジャー、母ニシノフィオーリ、母の父は先日亡くなったアグネスデジタルの4歳牡馬。
デビューは2019年7月の福島、芝2000mの2歳新馬。ここは11頭中5番人気の7着。
その後芝の中距離の未勝利戦を5戦戦うも掲示板内は5着が1回だけ。
3歳になってダートに転向すると2着や掲示板内に入るようになるが勝利まで今一歩のレースが続き、9月の未勝利戦8着を最後に園田へ移籍。
園田移籍後3戦目の姫路1800mで念願の初勝利を挙げるも勝ちからは見放され、4歳3月姫路での9着を最後に金沢へと移籍してきた。
金沢と言わず地方競馬ではよくある経歴と言えそうな一頭だった。

「パッと見いい馬だなあ。重賞どうこうと言うより全体的に骨格もいい骨格しているし、走らない要素はなかった。比較的最初から期待できる馬でした」

そんなよくある経歴で移籍してきたマイネルパイオニアに好感触を得たのは松野厩舎の柴田健登調教助手。
成績が伴わないが馬体や雰囲気には走りそうな様子を感じ取っていた。しかし、

「中央時代の走りを見ているとちょっと決め手に欠ける。終いに脚を使えていないのかな?」

中央では2着に5回入り、中央時代の後半から園田時代までは常に上位人気を背負っていた。
力があるのは誰もが認める所だが、それでいて勝てないのは何かしらか決め手に欠けているのだろう。
そんなマイネルパイオニアは中央と園田での実績からA級に格付けされ、5月5日の五月晴特別(1700m)で3度目のデビューを迎えた。
ここには3歳時にサラブレッド大賞典を制し、ダービーグランプリ2着の実績があるタンクティーエー、百万石賞等重賞3勝のティモシーブルーなどの強豪の姿があった。
その中で園田のC2を勝っただけの彼は単勝76.6倍で7頭中の7番人気。それも6番人気が9.2倍で飛び抜けた最低人気だった。
ところがそんな金沢のファンの低評価を嘲笑うかのような走りを見せる。
マイネルパイオニアは最後方からレースを進めると松戸騎手の鞭に応えてメンバー最速の上り3ハロン37.5の末脚を繰り出してティモシーブルーをアタマ差抑え、タンクティーエーに半馬身迫っての3着に入った。

「終いにいい脚が使えていたので今後に期待は持てるかなって思いました」

使えていなかった終いの脚が使えれば地元の重賞馬の相手にもなる。
この走りに重賞クラスでも好走はできると判断し、重賞ローテへの冒険に出た。
次走の重賞利家盃(2000m)は単勝103.7倍、最低の9番人気で6着。その次が春の大一番百万石賞(2100m)。単勝143倍の12頭中10番人気で8着。
下位人気だが重賞の舞台で人気を上回る着順を残した。
これなら当地初勝利も近い、とばかりに次走柴山潟特別に出走。ところが四コーナーで先頭に立つも4着。
やっぱり決め手に欠いてイマイチだな、と見てしまいそうな結果だが。

「乗ってる雰囲気や身のこなし、どんなコースでもコンスタントに走れて苦手がない。遠征も苦にしないだろうし、色々経験させて成長を促そう」

と、意気消沈どころかさらなるレベルアップを目指して狙った次走が盛岡芝2400mの地方全国交流重賞せきれい賞。
重賞は馬券圏内どころか掲示板すらなし。無謀な挑戦とか言う声もあったが柴田調教助手は、

「勝算はそこそこあった」

マイネルパイオニアの能力と自分を信じて意に介さずに挑戦。金沢競馬場でコロナ陽性者が出て開催中止になる中で盛岡へと旅立った。
相手は中央の重賞馬、大井のロードクエスト、同じ金沢の中央OPのヤマカツライデン等全国の強力なメンバー。ここでもやはりと言うか単勝85.1倍の最低の12番人気。
しかし、盛岡で手綱を取った大坪騎手がこの強力メンバー相手に強気の騎乗。二番手で競馬を進め、勝ったロードクエストに食らいつき、最後放されはしたが金沢からの遠征馬最先着の5着。現地でバックアップした橘厩舎への恩返しの走りとなった。
この激走により大井や盛岡が相手でもそこそこ相手になれると今後様々な舞台に立つ可能性が広がった。
だがその後、金沢で2戦走るも6着→4着で勝ちきれない。
それでもこの全国交流重賞5着と言う実績によりJBCクラシックの出走馬補欠2位と言う高位に選出。
通算1勝のマイネルパイオニアのJBCクラシック出走へと繋がって行った。

JBCクラシックへの出走が決まると、柴田調教助手はこの大舞台であることを思っていた。

「若い力を(全国に)アピールしたかった」

レースと同時にそんな思いを抱いて迎えたJBCクラシック当日。
8枠12番、渾身の調整で抜群の出来となったマイネルパイオニア。そんな彼と共にパドックを行く男女2人の厩務員は。
女性の牟礼(むれ)厩務員は22歳、そして男性の泉厩務員16歳。いずれも今年厩務員になったルーキーだ。

牟礼厩務員、マイネルパイオニア、泉厩務員 JBCクラシックのパドック 撮影:haruka

「若い二人に引いて(JpnIの)空気を感じてもらって大きくなってもらえたらなあ。JpnIの舞台で若い子が活躍できるのは本当にいい経験になるしね」

2人は地元重賞のパドックでの経験はあってもJpnIどころがダートグレードのパドックも当然ながら未経験。JBC史上、いや、ダートグレード史上最年少でのパドック登場ではなかろうか。
そんな大舞台のパドックはさぞかし緊張もしただろうと思ったが、

牟礼厩務員「緊張もしたけどパドック入るとそうでもなかった。むしろ人が多い事に感動した」
泉厩務員「緊張と言うよりも馬自体がチャレンジャーの立場だったので人間も同じような感じ。緊張感というよりも出られてよかった。その安堵よりも楽しくって感じだった」

ガチガチに緊張という事はしなかった模様。全国の皆さん、これが金沢の若い力だ。
そんな若い力と4歳馬がタッグを組んで挑む金沢2100mの大冒険。
ゲートが開くとせきれい賞のような前ではなく最後方からの競馬を選択。

「すごくいい仕上げを見せられたので後方から一発狙った」

全国注目のこの舞台で無難な守りの競馬で1頭2頭抜かすよりもガッツリ爪痕残すような競馬を。単勝595倍の12頭中の11番人気で恐れる物はない。
主戦の松戸騎手も厩舎も同じ思いで思い切った作戦に出た。
しかし、

「思っていた以上にペースが落ち着いてしまって」

前は止まらず、スタートからずっと最後方のまま見せ場もなく、11着から3馬身離れてのシンガリでゴール。残念ながら爪痕を残すまではいかなかった。
しかし、レース後のマイネルパイオニアの松戸騎手も厩舎スタッフも関係者も誰もが笑顔だった。

「着順以上にいい物を得られたんじゃないかな。いろんな人が一つのレースで結果云々ではなく楽しい時間を共有できてよかった」

柴田調教助手はそう振り返る。

「(JpnIに)挑戦できたのは馬にも厩舎スタッフにもいい経験だった」

例え下位人気のシンガリ負けでも人馬共にかけがえのない経験を得たJBC。
どんなに人気がなくともその力を信じて挑み続けたマイネルパイオニアと柴田調教助手や厩舎スタッフ。
こうしてマイネルパイオニアの大冒険は幕を閉じた……と、思いきや冒険はまだ続く。

JBCの次走はA2カリン賞(1500m)。

「力を出し切れるような展開ではなかったが」

松戸騎手の手綱で中団から堂々の差し切りで優勝、通算2勝目を飾った。ちなみに4番人気。

「正攻法の競馬ができるが決め手に欠けるので(乗り方が)難しい馬。高いレベルでも相手なりに走れる。焦ってはいたけど勝てるだろうと思っていた」

そんな柴田調教助手や厩舎スタッフの期待についに応えて結果を出した。
この一勝で自信をつけ、JBCでの経験も持って次に挑むは重賞の中日杯。
今年1年の総決算的なこのレース。メンバーは現役金沢最強馬ハクサンアマゾネス以下超強力。前走勝ったとはいえ単勝89.7倍の最低11番人気となった。
だがこれまでの重賞でもわかるように彼に人気など関係ない。今まで人気以上に走ってきたのだし、これまでの冒険で得た経験は大舞台でこそ生きる。
レースは中団で単勝1.2倍の一番人気ハクサンアマゾネスを内に見ながらの競馬。
強豪相手に食い下がるも4コーナーで突き放されていく。それでも踏ん張ってずるずると後退はしない。
後方から追い込むティモシーブルーに2馬身半差を守っての5着入線。JBCを除けば重賞で2戦連続最低人気で掲示板を飾った。

この一戦でマイネルパイオニアの激動と波乱に満ちた2021年の大冒険は幕を閉じた。
彼と今年を駆け抜けた柴田調教助手は、

「結局馬にスポットライトが当たるけど人の力がないと強い馬はできないし競馬にも使えない。人の力は重要だなと思った1年」

と振り返る。
中央ではただの未勝利馬、地方へ行っても1勝馬。
そんな彼の能力を信じるホースマン、強豪に挑む事をよしとした関係者。様々な人の思いや手が重なり合っての重賞好走でありJBC出走。
人と一緒強くなる。まさにそんな馬がマイネルパイオニア。

「来年の重賞戦線ではいい競馬をしてくれる馬になってくれる」

冬休みを経て5歳になるマイネルパイオニアは2021年の経験とともにさらに強くなる。
最低人気やそれに近い人気から脱却して重賞に挑む事が増えるかもしれない。
ライバルは強力だが来年の彼の走りに大いに注目をしたい。

「来年はファンの皆さんにも馬だけではなく、ちょっとだけでも人にも注目して競馬を楽しんでもらえたら。色んな考えを持って仕事している人間がいるのでそこにスポットライトを当てて楽しんでくれたら」

そして、マイネルパイオニアと同じく大きな経験を得た若い金沢のホースマン達もどんな馬を作り出していくのか、注目しよう。

よく頑張った1年でした(筆者撮影)

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