[天皇賞秋]今も駆ける スター"ウマ娘"の血を引く者たち〜日曜重賞編〜

巷で話題になっているゲームアプリ「ウマ娘 プリティーダービー」。

実際の競走馬をモデルにしたこのゲーム。登場するウマ娘たちの中に現役で走っている馬をモチーフとしたキャラクターはいませんが、子供、孫あるいは親戚にあたる馬が現役で駆けている例はたくさんあります。

そういった競走馬を「ウマ娘 プリティーダービー」から競馬を持った方々にも応援してもらいたい。そんな思いからこの「今も駆ける スターの血を引く者」では、ウマ娘にも登場するキャラクターのモデルとなった競走馬と血縁関係に当たる馬を、その週のビッグレースからピックアップして紹介していきたいと思います。

今日は3強が激突することで話題の天皇賞から紹介したいと思います。

また、今回の内容の一部は京都大賞典の時に書いた内容と重複する部分があります。ご了承ください。

ムイトオブリガード

55歳の大ベテラン、柴田善臣騎手を背に天皇賞に挑戦する、ムイトオブリガード。父ルーラーシップはエアグルーヴの子供です。

エアグルーヴは97年の秋の天皇賞勝ち馬。この年の天皇賞は大きなエポックメーキングの年、競馬の歴史が変わった瞬間でした。

この時期まで、競馬界は「牝馬は古馬の中・長距離G1では通用しない」という認識が一般的でした。エアグルーヴの前10年のオークス馬を見ても、86年牝馬三冠を達成したメジロラモーヌがその年の有馬記念で2番人気9着、翌年桜花賞とオークスの二冠を達成したマックスビューティもその年の有馬記念は4番人気10着と敗れています。

この2頭を含め前10年のオークス馬で古馬の芝2000m重賞を勝った馬は当時まだ芝2000mの重賞だった中京記念を勝った94年のオークス馬チョウカイキャロルとグレード制導入以後はその年一度きり芝2200mで開催された京阪杯を勝った95年のオークス馬ダンスパートナーの2頭だけ。また、いずれもG1とは結び付きの薄い重賞であり、少なくとも「勝てばG1の王道路線で通用する」と言う重賞ではありませんでした。

そんな時に現れたのが96年のオークスで母娘2代の同レース制覇を達成したエアグルーヴです。エアグルーヴは前年の秋華賞で10着に敗れた後骨折休養に入り、6月のマーメイドSで復帰。シングライクトークとの一騎打ちを制し復帰初戦を飾ると、陣営は次走に皐月賞馬・ジェニュインが出走する予定だった札幌記念を選択します。

「ジェニュイン相手の競馬内容によっては、天皇賞に挑戦する」

秋の進路を決める試金石に位置付けられた札幌記念を、エアグルーヴは2着エリモシックに2馬身半差をつけると言う満点解答で優勝し、一躍天皇賞の有力馬の一頭となります。

天皇賞でエアグルーヴの最大のライバルとして立ちふさがるのが前年の覇者・バブルガムフェロー。3歳馬として初めて秋の天皇賞を制した”天才”は前哨戦の毎日王冠もしっかりと勝って単勝オッズ1.5倍と言う堂々の1番人気でエアグルーヴを迎え撃たんとしていました。

レースは翌年”異次元の逃亡者”として中距離路線で大活躍することとなる4歳(現年齢表記で3歳)馬サイレンススズカがその片鱗を見せるような大逃げで天皇賞をかき回します。

残り400mくらいまで「あわや」と思わせるような逃げを見せたサイレンススズカ。しかし、古馬のG1はそう甘いものではなく残り200mで馬場の真ん中を抜け出してきた1番人気バブルガムフェローに捕らえられます。そのさらに外、

「エアグルーヴが来た! エアグルーヴが来たぁぁぁぁぁぁ!!」

抜群の手応えで上がってくるエアグルーヴの姿がそこにはありました。サイレンススズカを2頭が交わしてからは、完全にその2頭の一騎打ち。しかし、エアグルーヴがクビ程前に出てからは、バブルガムフェローが懸命に追えどもその差が詰まることはなく、エアグルーヴが優勝。この優勝は秋の天皇賞が2000mになって初めての牝馬の勝利でした。

例えばこの勝利が、突然の大逃げのような奇襲、最後方から直線一気の差しきりだったら、「ハマった」「展開利」と言う声も聞こえたでしょう。しかし、エアグルーヴはその年の1番人気馬と真っ向勝負をし、叩き合いを制してねじ伏せるという”力”で上回らないと出来ない勝ち方。この勝ち方にフジテレビ三宅正治アナウンサーはエアグルーヴを「恐ろしい馬」と形容します。まさしく女帝に相応しい勝ち方と言えるでしょう。

これを境に、「牝馬は古馬中距離では通用しない」と言うジンクスめいた定説は徐々に崩れていくことになります。中長距離のビッグレースに牝馬が参戦することも珍しくなくなります。秋の天皇賞で言うと、04年のレースで2着にダンスインザムード、3着にエアグルーヴの娘アドマイヤグルーヴと2頭の牝馬が馬券に絡むと、翌05年にはヘヴンリーロマンスがエアグルーヴ以来の牝馬での勝利をつかみ取ります。08年にはウマ娘のPVのモデルレースとなったウオッカとダイワスカーレット、牝馬2頭による壮絶なたたき合いが演じられると、その後もブエナビスタ、アーモンドアイなどの強豪牝馬が勝ち馬に名を連ねています。

また、天皇賞以外でもスイープトウショウ、ジェンティルドンナ、リスグラシュー、クロノジェネシスなど他の大レースで活躍する馬が続々と登場し、いまや「牝馬は古馬中・長距離では通用しない」なんて言ったら「何言ってるの」と鼻で笑われかねない時代になっています。そして、その時代の先駆けとなったのがエアグルーヴであることは疑いようがないと言えるでしょう。

エフフォーリア

3強の一角を形成する3歳馬エフフォーリアは曽祖父に1999年の天皇賞秋勝ち馬スペシャルウィークがいます。

「本当の敵は、諦めだ」

これは2011年の天皇賞秋直前に放送されたJRAのCMで使われたコピー。このCMに登場するのがスペシャルウィークです。

この年の天皇賞秋の直前、スペシャルウィークは競走馬生活が始まって初めての”苦境”が訪れていました。

宝塚記念でグラスワンダーの2着に敗れた後、休養に入ったスペシャルウィークは10月の京都大賞典で復帰。しかしその京都大賞典、スペシャルウィークは生涯で初めて馬券圏内を外す7着に敗れてしまいます。しかもその負け方は、4コーナーで逃げ馬を射程圏に捕らえる古馬になってからの勝ちパターンに入ったにもかかわらず、直線全く伸びないという、展開や馬場と言う言い訳が出来ない「完敗」と言えるものでした。

一説には夏負けが尾を引いたとも言われるこのスペシャルウィークのスランプは、思いのほか長引き、京都大賞典の3週間後に行われる天皇賞秋直前の追い切りでも、今でいう1勝クラスの馬に後れを取るなど精彩を欠いていました。

「スペシャルウィークは終わった」

そういう声も囁かれだした中、管理する白井調教師と、レースで騎乗する武豊騎手はそれぞれひとつの決断を下します。

白井調教師は「体重が日本ダービーを勝った時と同じくらいまで戻れば復活するのではないか」と考え、ダイエットを敢行。古馬になって480キロを超えるほどにまで増量した馬体重を、天皇賞秋当日には日本ダービーを勝った468キロと2キロしか違わない470キロまで絞ってきました。

武豊騎手は現代競馬では「王道」とされる好位追走から早めに先頭を射程圏に入れるレーススタイルを捨て、後方待機で直線の末脚に賭けるスタイルを選択しました。

ここまでのスペシャルウィークを築き上げてきた二人の男の決断がレースでは功を奏します。快速の逃げ馬アンブラスモアが引っ張る速い流れは、後方待機策をとっていたスペシャルウィークにはおあつらえ向きの流れでした。

1番人気のライバルセイウンスカイ、デビュー1か月足らずでG1を勝った”天才少女”スティンガー、安田記念でグラスワンダーを破ったエアジハード、G1で3着以内に入ること5回の実力馬ステイゴールド、並み居る強豪をゴール前で一飲みにしたスペシャルウィークには5馬身でダービーをぶっちぎった頃の”輝き”が戻っていました。

レース後武豊騎手は1年前の同レースで命を落としたサイレンススズカの名を上げ「彼が背中を押してくれたのかな」と語ったとされています。武豊騎手にしてみれば1年前の抗えない現実でぽっかりと空いた隙間を少しは埋められたのではないでしょうか。

その後、スペシャルウィークはジャパンカップで当時の世界最強と言われていた凱旋門賞馬モンジューを破り優勝。有馬記念ではグラスワンダーと世紀の名勝負を繰り広げ惜しくも2着と「らしさ」を存分に発揮して引退しています。しかし、もし天皇賞で結果が出ていなかったら、オーナーサイドの意向には「引退」も視野に入っていたという話もあり、それが事実なら残り2戦はなかったのかもしれません。そう考えるとこの天皇賞はスペシャルウィークにとって大きな意味のある1勝だったと言えるのではないでしょうか。

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