[ニュースコラム]国枝栄調教師の引退に寄せて。名牝たちの記憶を振り返る

競馬場のパドックには、独特の緊張感が漂う。馬体を見つめるファンの視線、関係者の足音、ざわめきの奥に潜む期待と不安。その中心で、いつも変わらぬ笑顔を浮かべていた人がいる。

国枝栄調教師──その柔らかな笑みは、名伯楽としての威厳よりも、馬と人を包み込むような温かさを感じさせた。

止まれの合図がかかったパドック。リズムを取って周回していた出走馬が立ち止まり、ソワソワし始めるシーンの中、国枝調教師はゆっくりと管理馬の下に近づいていく。

「心配ない、大丈夫だよ」

いつもそう言っているような、あのパドックの笑顔。鼻を撫でられた馬は落ち着いて騎手を跨がせる。パドックで展開する国枝厩舎の馬と国枝調教師のやり取りを見るのが、私は大好きだった。

パドックでの笑顔は、決して余裕の表れではなかったはずだ。

勝負の世界に身を置き、数え切れないほどのプレッシャーと向き合いながら、それでも周囲に安心を与える笑顔を絶やさない。その姿勢は、ファンにとっても、関係者にとっても、そして馬たちにとっても支えだった。そう思わせる空気が、「チーム国枝」にはいつも流れていた。出走馬がパドック周回中は、オシャレな帽子を被り腕組みしながら、騎手や出走馬主さんたちと談笑している。それは、どこか「春の陽だまり」のようで、馬も周りの人たちも自然と肩の力が抜けていく。パドックの観覧エリアでそのシーンを見ていると、競馬新聞の出走表に丸印を付けたくなってしまう。

「このレースは国枝厩舎の馬勝負しよう…」

レースが終わって検量室に管理馬が引き上げてくると、いつも笑顔で騎手と無事に走り終えた馬を迎える。勝っても負けても、馬を責めることなく、関係者を鼓舞し、ファンに安心を与える。あの人柄こそが、名牝たちが心を開き、力を発揮した理由のひとつだったのではないかと思う。

国枝厩舎の栄光の歴史を語るとき、どうしても名牝たちの名が先に浮かぶ。

だが、その“物語の扉”を開いたのは、1999年のスプリンターズステークスだった。

優勝したのがブラックホーク。

当時は外国産馬がまだ珍しく、短距離界の勢力図も混沌としていた時代。そんな中で、国枝調教師はこの馬の持つスピードと気性を丁寧に見極め、無理をさせず、休養を挟みながらスプリンターに育て上げた。

大本命アグネスワールド、春の高松宮記念を勝ったマサラッキ…。スプリンターたちが暮れの中山に集結し、東の総大将としてブラックホークが立ち向かった。スタンドから大きな歓声が上がり、直線で武豊騎乗のアグネスワールドが満を持して抜け出す。勝ったと思われたその外からブラックホークが強襲。更に大外からキングヘイローが迫ってくる中で、ブラックホークはアグネスワールドを交わし、キングヘイローを封じ込めてGⅠ初制覇を飾った。

国枝調教師にとって初めてのGⅠ制覇。

ウイナーズサークル前のスタンドで見ていた表彰式。勝利後の国枝調教師は、今も変わらない、あの笑顔のまま。しかしどこか少年のように嬉しそうだった。あの瞬間の輝きは、昨日のことのように、私の記憶に残っている。

あの頃、国枝調教師と横山典弘騎手、そして私も…。誰もが若く、未来が見えていた。

■極寒の夜に咲いた、アーモンドアイの微笑み

私にとって、国枝調教師を語るにあたり、忘れられない光景がある。

2020年の有馬記念デー。有馬記念の喧騒が去った後、吐く息が白く凍るような極寒の中で行われたアーモンドアイの引退式だ。

2020年はコロナ禍の真っ只中。当時は入場制限で誰もが現地で観戦できる状態ではない。奇跡的にプラチナチケットを手にできた私は、有馬記念後にパドックで行われた引退式を見ることができた。有馬記念を現地観戦できたほとんどの観客が、残ってパドックに押し掛けたような満員の観客席には、寒さに震えながらも彼女を見届けようと残ったファンたちで溢れた。

ライトに照らされ、馬服を纏ったアーモンドアイは、レース前のパドック周回とは勝手が違い戸惑っていた。何度も立ち止まりパドックに押し寄せたファンたちを見回す。その表情は、「今までありがとう」と微笑んでいるようだった。

その姿を見ながら、国枝調教師はいつもの笑顔を浮かべていた。

寒さをものともせず、愛おしそうに彼女を見つめるその姿は、名伯楽というより「ひとりの馬を愛した人」だった。セレモニーの終盤で、さりげなくアーモンドアイの鼻面をやさしく撫でた国枝調教師。その表情は、ほっとした顔と、どことなく寂しそうな笑顔が交差している。あの夜のパドックでの厳寒の空気には、人と馬を超えた温かさがあった。

アーモンドアイが見せた輝きは、国枝調教師の手のひらの上で育まれた奇跡だったのだと、パドックにいた誰もが感じながら、去り行くアーモンドアイの姿を目に焼き付けた。

■血は受け継がれ、物語は続く。最終走者バードウオッチャーの走り

そしてもうひとつ、国枝厩舎の物語を象徴する出来事がある。

2026年3月1日、中山9レース富里特別。国枝厩舎最後の出走馬となったのは、名牝アパパネの仔・バードウオッチャーだった。前日には、同じ国枝厩舎に所属する弟アマキヒが阪神の松籟ステークスで優勝した。弟からバトンを受けた兄は、国枝厩舎のアンカーとして、中山競馬場のパドックに登場する。

アパパネといえば、牝馬三冠を達成した国枝厩舎の象徴。

その血を受け継ぐバードウオッチャーが、国枝調教師の“ラストランナー”となったことは、偶然ではなく、競馬の神様が用意した粋な演出のように思えた。最後のパドックで見せた国枝調教師の笑顔は、どこか誇らしげで、どこか寂しげだった。

アパパネの面影を宿した息子が、最後に自分の引退レースに花を添えてくれる──そんな静かな気持ちで見送っていたのかもしれない。

結果は6着であったが、その走りは「国枝厩舎の物語が次の世代へと受け継がれていく」ことを示す象徴だった。

   

■引退に寄せて。ありがとう、国枝栄先生!

アーモンドアイ、アパパネ、アカイトリノムスメ、そして数々の名馬たち。

彼ら、彼女たちの輝きは、才能だけでは生まれない。

馬の個性を尊重し、無理をさせず、しかし勝負の場で戦えるようしっかりと育て上げる──国枝調教師の哲学があったからこそ、あの走りがあった。

パドックでの笑顔の奥には、馬を信じる強さと、人を包み込む優しさがあった。

その姿勢は、ファンにとっても、関係者にとっても、そして馬たちにとっても支えだった。

長い年月、名牝たちとともに歩み、競馬界に大きな足跡を残した国枝栄調教師。

その功績はもちろんだが、何よりも記憶に残るのは、あの穏やかな笑顔と、馬を慈しむ姿勢だ。若き日のブラックホークの歓喜も、極寒の夜に見せたアーモンドアイの微笑みも、アパパネの血を受け継ぐバードウオッチャーの走りも…すべてが国枝厩舎の温かい物語の一部だった。

どうか、これからの時間が穏やかで、豊かでありますように。

そして、長い間、本当にお疲れさまでした。

Photo by I.Natsume

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