白山大賞典は、金沢競馬場で唯一行なわれるダートグレード競走。ただ、今年は開催の意味合いが、例年とは少し異なる。というのも、JBCが8年ぶりに金沢競馬場で開催されるからだ。
出走枠が限られるため確実なことは言えないが、白山大賞典の好走馬が、そのままJBCに出走してもなんら不思議ではない。また、出走できなかったとしても、その後には、チャンピオンズカップや東京大賞典などの大レースが続々と控えている。
JBCそのものに目を向けると、持ち回り開催のこの一大イベントは、地方都市に所在する競馬場にとっては、数年に一度の「顔を売る」ことができる絶好の機会。お祭りであると同時に、大げさにいえば、町おこしの場でもある。
コロナ渦で、2021年も通常の入場は難しいかもしれないが、例年は、地元のみならず大都市からも多くのファンが競馬場に集結。多くの出店が軒を連ね、大いに盛り上がるイベントだ。
ということで、今回は白山大賞典をきっかけに、JBCをはじめ頂点へと飛躍していった名馬達を振り返っていきたい。
2004年 タイムパラドックス
JBC最大の見所といえば、同じ日に同じ競馬場で、GI級のレースが複数開催される点。ところが、中央競馬でこういった開催方式がとられたのは、過去2回しかない。
直近では、京都競馬場で開催された2018年のJBC。そして、その前は2004年の東京競馬場。
ジャパンカップダートとジャパンカップ同日に行なわれた、ゴールデンジュビリーデーである。
その2004年の白山大賞典で、素晴らしい走りを見せたのがタイムパラドックスだった。
出走馬は12頭で、中でも、単勝オッズ1.2倍の圧倒的な1番人気となったのが、6歳馬のタイムパラドックス。5歳2月にオープンへ昇級すると、その後も堅実に走り続け、この年初戦の平安ステークスで重賞初制覇。さらに、4月のアンタレスステークスで重賞2勝目を挙げると、2走前の、当時まだ牡・牝混合のGⅡだったブリーダーズゴールドカップも勝利。勢いでは、抜けた存在だった。
2番人気は、笠松所属の7歳馬ミツアキサイレンス。2年以上、勝ち星から遠ざかっているものの、ダートグレード4勝という実績の持ち主。3走前には、JRAの芝のレース、テレビ福島オープンに出走。60kgを背負い、単勝154倍の低評価を覆して2着に入るなど、老いてなお盛んなところを見せていた。
3番人気に続いたのは、JRAの古豪ハギノハイグレイド。過去に東海ステークスを連覇し、アンタレスステークスも優勝。重賞3勝の実績はタイムパラドックスと同じで、ここでは、実力上位の存在と目されていた。
ゲートが開くと、真ん中からレマーズガールが飛び出し、タイムパラドックス、佐賀のカシノオウサマ、そして地元金沢のホシオーが追う展開に。一方、ミツアキサイレンスとハギノハイグレイドは中団を追走。
迎えた、1周目のスタンド前。ホシオーが先頭に変わり、地元のファンから歓声が沸き起こるも、向正面で、早くもタイムパラドックスが先頭へ。出入りの激しい展開に終止符を打つため、そのまま後続を引き離しにかかったのだ。
ただ、ホシオーも手応え一杯というわけでなく、レマーズガールや、同じ金沢のエイシンクリバーンとともに前を追う。逆に、5番手以下は大きく離されてしまい、勝負圏内はこの4頭となった。
続く4コーナーで、タイムパラドックスのリードは3馬身。2番手争いから抜け出したのはエイシンクリバーンで、今度は前に迫らんとする勢いで、レースは最後の直線へと入った。
しかし、タイムパラドックスが本当の強さを見せたのはそこから。ようやくといった感じで横山典弘騎手が追い始め、直線入口で左鞭を2発入れると、あっという間にリードは5馬身。一気に大勢は決したものの、残り100mで、さらにダメ押しの左鞭が3発入る。
結局、2着エイシンクリバーンに7馬身差をつける圧勝。難なく、4つ目の重賞タイトルを手にしたのだ。
ただ、地元金沢勢の大健闘も見逃すことはできない。エイシンクリバーンからさらに8馬身離されたものの、ホシオーも3着に好走。JRA勢や、ミツアキサイレンスといった実力馬に先着し、見事2、3着を占めたのである。
一方のタイムパラドックスは、次走のJBCクラシックで、同厩の後輩アドマイヤドンに敗れ3着。同レース3連覇を許したものの、前述のゴールデンジュビリーデーに行なわれたジャパンカップダートでは内を突いて抜け出し、アドマイヤドンに見事リベンジ。大一番でGI初制覇を成し遂げ、松田博資厩舎のワンツー決着を実現させたのだ。
さらに、7歳となった翌シーズンも勢いは増すばかりで、川崎記念、帝王賞、JBCクラシックとGI級を3勝。その翌年は、さすがに衰えたかと思われたものの、結果的に最後のレースとなったJBCクラシックで連覇を達成し、GI級を5勝。その後、骨折が判明して引退し、種牡馬入りとなった。
クラシックでの活躍が目立ったブライアンズタイム産駒にはあまりいない晩成タイプ。全16勝中の重賞9勝、そしてGI級5勝は、すべて6歳以降に挙げたもの。
種牡馬としても、大井の名馬ソルテや、兵庫県競馬のトウケイタイガーがダートグレード競走を勝利。インサイドザパークも13年の東京ダービーを制し、今やすっかり貴重になったブライアンズタイムの血を、懸命に繋いでいる。
2012年 ニホンピロアワーズ
金沢競馬といえば、ナムラダイキチとジャングルスマイルのライバル関係をイメージする人も多いはず。
その2頭が、一度だけ揃って白山大賞典に出走したのが、2012年のレースだった。
人気は、JRAのニホンピロアワーズが単勝1.5倍と圧倒的な人気。デビューから13戦連続3着内の堅実派で、この年は3月の名古屋大賞典で重賞2勝目。前走、東海ステークス2着から、4ヶ月の休み明けでここに出走してきた。
2番人気は、地元金沢のナムラダイキチ。JRAから移籍後、20戦16勝2着4回と凄まじい成績。ライバルとなったジャングルスマイルには3度敗れているものの、2走前のイヌワシ賞では逆転し圧勝。目下の充実ぶりは明らかで、地元ファンの大きな期待を集めていた。
以下、人気順では、エーシンモアオバー、ピイラニハイウェイなど、JRAの実力馬が続いた。
レースは、大外のニホンピロアワーズが抜群のスタートを切るも2番手に下げ、変わってエーシンモアオバーが前へ。その後に、ライバル同士のジャングルスマイルとナムラダイキチが仲良く並び、ダイシンオレンジ、クリールパッションが続いて、1周目のスタンド前へと入った。
2周目に入ると、ナムラダイキチがスパートを開始して前2頭に並びかけ、前は3頭が横一線。ペースは一気に上がり、ジャングルスマイルとダイシンオレンジもそれを追う。さらには、クリールパッションも続いて、ここまでが圏内。
その後、前に目を向けると、ニホンピロアワーズが楽な手応えで単独先頭。悠々と4コーナーを回る一方で、ナムラダイキチは3番手に後退し、地元ファンからため息が漏れそうになったが……。直線に入ると、ナムラダイキチが底力を発揮して再び盛り返し、残り200mを切ったところで単独2番手へ。さらに、そこから前のニホンピロアワーズを懸命に追いすがる。
しかし、さすがのニホンピロアワーズもここからが強かった。また一段ギアを上げると、一気にリードを広げて振り切り、最後は4馬身差をつけてゴールイン。ナムラダイキチも、素晴らしい走りを見せて2着。3着にはエーシンモアオバーが入った。
ニホンピロアワーズは、次走のみやこステークスでローマンレジェンドの2着に敗れるも、6番人気で臨んだジャパンカップダートで完璧な走りを披露し、3馬身半差の圧勝。一時は、年間勝利数が一桁に落ち込むなど、苦しい時を過ごしたデビュー15年目の酒井学騎手ともども、嬉しいGI初制覇を飾ったのだ。
一方のナムラダイキチは、この後、度々故障に見舞われたものの、白山大賞典以降も13戦10勝。百万石賞や北国王冠といった地元の重賞はもちろんのこと、笠松のオグリキャップ記念を制するなど、ジャングルスマイルとともに、金沢競馬を大いに盛り上げる存在となった。
2008年 スマートファルコン
交流重賞の創成期に勝ちまくった名馬といえば、真っ先に挙がるのは、ライブリマウントやホクトベガだろうか。それからおよそ10年。勝ち鞍では、そのはるか上をいく馬が現われた。スマートファルコンである。
スマートファルコンは、父がゴールドアリュール、半兄には、東京大賞典を勝ったワールドクリークがいる良血。ただ、デビュー4戦目からは芝に路線を求め、その初戦ジュニアカップを勝利すると、そこから3戦連続で芝の重賞に出走したのだ。
しかし、皐月賞で18着に敗れると、再びダート路線に逆戻り。ジャパンダートダービーで2着に好走すると、続くオープンのKBC杯を勝利し、その後に出走したのが、2008年の白山大賞典である。
唯一の3歳馬ながら、スマートファルコンには単勝1.5倍の圧倒的な支持。同じく小倉のオープン、阿蘇ステークスを快勝したダイナミックグロウがそれに続き、ヴァーミリアンの半兄で、重賞4勝のサカラートが3番人気となった。
レースは、全馬揃ったスタートから、とりわけスマートファルコンが好スタート。そのまま逃げる展開となった。ダイナミックグロウが、手綱を押して続こうとするも、笠松のマルヨフェニックスが、外から交わして2番手へ。
さらに、トミノダンディ、サカラート、ホーマンブラヴォー、ヤマトマリオンが1馬身差で続き、レースは1周目のスタンド前から2周目へと入った。
残り800mからペースは上がり、前3頭の隊列は変わらないものの、4番手にサカラート、その後ろにヤマトマリオンが進出して、ここまでが圏内。後ろ7頭は、そこから徐々に離されてしまった。
迎えた4コーナー。加速を増し、一気にスマートファルコンの直後まで迫ってきたのが、紅一点のヤマトマリオン。5月の東海ステークスを、単勝102倍の大穴で制した5歳馬だったが、その猛追にも、岩田康誠騎手とスマートファルコンは決して動じない。
直線に向き、残り200mで敢然とスパートすると、その差を再び広げ、最後は2馬身半差の完勝。見事、重賞初制覇を飾ったのだ。
そしてこれが、名実ともに歴史的な砂の王者へと上り詰める、スマートファルコンの門出の勝利となった。
次走のJBCスプリントでバンブーエールの2着と好走すると、そこからおよそ半年で、交流重賞を6連勝。その後、マーキュリーカップで連勝が途切れてからは、勝ったり負けたりを繰り返したものの、本当の快進撃の始まりは、武豊騎手とのコンビ2戦目で出走した5歳秋のJBCクラシック。ここを、後続に7馬身差をつけて逃げ切ってからが凄まじかった。
なんと1年3ヶ月の間に、すべて逃げ切りでダートグレード競走を9連勝。うちGI級を6勝という、かつて見たことがないような快進撃で、連勝街道を驀進したのだ。
中でも、3連勝目となった東京大賞典は、大井のダート2000mで2分0秒4という芝並みの好タイム。コースレコードを1秒7、さらには、ワンダースピードの日本レコードも0秒6更新し、10年以上経った現在でも破られていない。
こうして、最終的に積み上げた勝利数は23。そのうち、ダートグレード競走を19勝。もちろんこれは、2021年現在でも最多記録(地方重賞では、カツゲキキトキトの20勝)だが、その偉業の始まりは、紛れもなく白山大賞典だった。
2003年 イングランディーレ
前述したニホンピロアワーズと同じく、ホワイトマズルを父に持つのがイングランディーレである。
その父は、現役時に凱旋門賞で2着。さらには、長距離の鬼・リアルシャダイを母の父に持つこの馬のデビュー戦は、ダートの1200m。そして、初勝利を挙げたのもこの距離だった。
その後、3歳11月に3勝目を挙げ、続く2戦は敗れるも、03年のダイヤモンドステークスで、格上挑戦ながら初重賞制覇。続く日経賞も連勝し、天皇賞春では上位人気に推されるほどの存在となった。しかし、GI初挑戦の晴れ舞台は9着と、苦い結果に終わってしまう。
その後、3ヶ月の休養を挟み、当時GⅡのブリーダーズゴールドカップに出走。3走ぶりのダート戦となるここを勝利してダートグレード初制覇を達成すると、続いて出走したのが白山大賞典だった。
人気は、イングランディーレが1.4倍と断然の人気。以下、ハギノハイグレイド、スマートボーイ、スナークレイアースら、7歳以上の古豪がその後に続いた。
レースは、若きイングランディーレの独壇場。序盤こそ、当時大井所属の内田博幸騎手とカイジンクンが逃げたものの、途中からイングランディーレが先手を奪って、あとは独走。2着ハギノハイグレイドに6馬身差をつける圧勝で、ダートグレード競走2連勝を飾ったのだ。
その後、JBCクラシックで6着と敗れたイングランディーレは、ステイヤーズステークス4着、名古屋グランプリ5着と3連敗。年明け初戦のダイオライト記念も、笠松のミツアキタービンに5馬身差をつけられて2着と完敗し、そこから異例のローテーションで、春の天皇賞に向かった。
ここで人気を集めたのは、4歳馬4頭。菊花賞と有馬記念で2着のリンカーンが1番人気で、前年の二冠馬ネオユニヴァースが2番人気。菊花賞馬のザッツザプレンティ、ダービー2着のゼンノロブロイがそれに続き、4強の様相を呈していた。
ゲートが開くと、横山典弘騎手と初めてコンビを組むイングランディーレが積極果敢にハナを切り、そのまま大逃げを打つ。ダートグレード2着からの参戦はほぼ例がなく、この日は単勝71倍の10番人気と、ほぼノーマークの存在。しかし、この無欲の大逃げが、レースの行方を大きく左右したのだ。
98年の菊花賞で、同じ横山騎手騎乗のセイウンスカイが魅せた、幻惑するような大逃げがハマり、さらに後続では4歳4強が牽制し合って、周りも動くに動けない。馬場を1周する間に後続との差はどんどん広がり、2周目の坂の下りで25馬身ほどあった差が、一度は、直線入口で10馬身ほどに詰まる。
しかし、ここで父ホワイトマズル×母の父リアルシャダイという、長距離血統がイングランディーレを後押し。その体には、まだまだ十分なスタミナと末脚が蓄積されていた。
直線半ばで、ようやくゼンノロブロイとシルクフェイマスが追ってきたものの、時既に遅し。そこから、再度後続を突き離すと、以後ゴールまでその差は変わらず。
結局、2着ゼンノロブロイに7馬身という歴史的大差をつけたイングランディーレが逃げ切り、GI初制覇。芝とダートの二刀流が、旧八大競走に数えられる、古馬最高のレースの一つを制すという快挙を成し遂げたのだ。
ダートグレード競走を制した馬が、JRAの芝2400m以上のGIも勝利するという快挙は、もしかすると、今後も実現しないほどの歴史的な偉業かもしれない。そんな快挙を達成した馬も、白山大賞典の勝ち馬から出現しているから面白い。
2021年9月22日。金沢の地ではどんな激闘が繰り広げられるだろうか。白山大賞典のレース自体はもちろんのこと、勝ち馬が今後どんなローテーションを経て、どこまで出世するのかも大きな注目点。勝利のさらにその先に広がるであろう明るい未来まで、目が離せない一戦となりそうだ。
写真:Horse Memorys、s.taka