2つの卵のうちのひとつを潰したと報告があってから、音沙汰のない日々が続きました。便りの無いのは良い知らせとは言いますが、さすがに気になって、自分から慈さんに電話をしてしまいました。慈さんは電話に出るなり、これまで溜まっていた報告を矢継ぎ早にしてくれましたが、肝心のスパツィアーレの卵2つ問題については触れてくれません。僕は話の合間を縫って、恐る恐る「スパツィアーレの卵はどうですかね?」と尋ねてみました。すると慈さんは「あー、大丈夫そうですよ。今のところ順調に1つの卵が育っています」と教えてくれました。ということは、ようやく1年ぶりにスパツィアーレが受胎したということです!
ダートムーアに次ぐ、スパツィアーレの受胎の知らせに、僕は心の底から喜びを感じつつも、「近親交配を避けた配合のおかげだ」という確信に近い想いが頭の片隅に浮かびました。たまたま受胎したのと、根拠があって受胎したのでは、全く意味合いが違います。できるだけインクロスの生じない種牡馬を選ぶことで、受胎率が高まるという方程式が通用するのであれば、今後、僕が生産を続けていくにあたっての大きな力になるからです。生産は繁殖牝馬が受胎しなければ始まりません。受胎して、五体満足で健康な仔が無事に産まれてくること以上に、生産において大切なことはないのです。近親交配の影響を受けてしまったかもしれない福ちゃんやスパツィアーレには謝らなければいけませんが、正解に近い答えを僕が手に入れられたのだとすれば、この3年間の紆余曲折は無駄ではなかったのです。
せっかくなので、これまでのスパツィアーレの配合(種付け事情)を血統表と共に振り返ってみたいと思います。
昨年(2023年)の1回目と2回目は、新種牡馬チュウワウィザードでした。
5代血統表の中に、サンデーサイレンスの4×4とRaise a Nativeの5×5のインクロスが生じています。チュウワウィザードは種牡馬として初年度にもかかわらずBookfullになる人気を博していましたが、予約をしていたこともあって2度も入ることができました。しかし結局のところ受胎せず、相性が悪いのかと思い、あきらめざるを得ませんでした。
3回目は、カレンブラックヒルです。
こちらはサンデーサイレンスの3×4とHail to Reasonの5×5のインクロスです。相性の問題かと思って種牡馬を変えてみたものの、こちらも受胎せず。
4回目と5回目はイスラボニータです。
カレンブラックヒルと同様に、こちらもサンデーサイレンスの3×4とHail to Reasonの5×5のインクロスが生じています。スタリオンとの相性かもしれないと、優駿スタリオンステーションから社台スタリオンステーションに移動しましたが、こちらも2度種付けしても受胎しませんでした。
この間、何もしなかったわけではなく、膣内洗浄をしたりと受胎しやすい環境づくりには心がけましたが、2023年度はここで白いタオルを投入してギブアップ。
それからおよそ1年間、空胎にして休んでもらい、アスタアミノというサプリを与え、翌年度に備えました。万全を喫して、2024年度初の種付けに臨み、相手はリアルスティールです。
この頃はインクロスと受胎率の低下が結びつくとは真剣に考えておらず、走る産駒が出そうな配合としてリアルスティールを選びました。結果として、サンデーサイレンスの3×4とHail to Reasonの5×5、さらにはRaise a Nativeの5×5というインクロスの強い組み合わせになりました。
種付けした後に、スパツィアーレが極度の便秘に苦しみ、七転八倒して生死の境をさまよったアクシデントがあったから受胎しなかったと考えることもできますが、母胎を休め、サプリまで投入したにもかかわらず、まさかの不受胎に終わります。
スパツィアーレの回復を待っている2か月ほどの間に、僕は福ちゃんの誕生をきっかけに近親交配の弊害に気づきました。次に種付けに行くときには、インクロスの限りなく少ない配合にしようと心に決めて、ホットロッドチャーリーにしました。
5代血統表の中にインクロスがひとつもない配合です。さらに遡るとRaise a Nativeの7×5が数本ありますが、ほぼアウトクロスと言ってもよいのではないでしょうか。ホットロッドチャーリーはデピュティミニスターやノーザンダンサーが濃い配合ですが、対するスパツィアーレはノーザンダンサーを有していないため、全体のバランスも優れている気がします。
この配合でようやく受胎してくれました。昨年(2023)と今年(2024)を合わせて、計7回種付けに行って、インクロスの強い配合をした6回は不受胎、アウトクロスに変えたら1回目で受胎したのです。ホットロッドチャーリーに種付けに行く前に、慈さんが気を遣って卵管PGを試してみてくれて、もしかするとその効果があったのかもしれませんが、僕の中では手応えを感じました。結局のところ、複数の要因が絡み合う以上、何が良くて受胎したのかなんて分からないのですが、僕は自分自身で試行錯誤してやってみた現実の手触りによって、近親交配(インクロス)と受胎率の関係は深いと確信したのです。
実はこのことに気づく前に、ダートムーアも今年、イチハツ(出産後、1回目の発情)を飛ばして万全の状態で備えたにもかかわらず、間違った配合によって不受胎になってしまいました。
デピュティミニスターの4×4だけではなく、遡るとノーザンダンサーが網目のようにインクロスしてしまっている配合です。今から思えば、不受胎になっても仕方ない相手を選んでしまっていますね。受胎したとしたらそれはラッキーですが、その後も流産や奇形などを心配しなければならない配合です。
ホットロッドチャーリーを種付けして、結果が出る前にインクロスの弊害に気づいてしまったので、不受胎の報告を受けても驚きはありませんでした。むしろ次の第一候補のダノンレジェンドを決めていたので、気持ちをすぐに切り替えることができました。
ノーザンダンサーの5×5はありますが、実は遡ってみてもノーザンダンサーのインクロスはこの1本だけです。5代血統中はアウトクロスに見えても、奥まで行くと実はインクロスが多い配合よりも、ダノンレジェンド×ダートムーアの組み合わせはアウトクロスに近い配合と考えられます。ダノンレジェンドは父系がヒムヤー系という珍しい血統ですし、ノーザンダンサーの血も薄く、サンデーサイレンスの血も入っていませんので、どの繁殖牝馬と配合してもアウトクロスになりやすい種牡馬ですね。
胎児が途中で消えてしまってハラハラしましたが、ダートムーアもインクロスの薄い配合にした一発目で受胎してくれました。むしろダートムーアはこれまで不受胎を経験したことがなかったので、スパツィアーレとは逆のタイプの受胎しやすい繁殖牝馬として考えていました。それでもやはりインクロスのきつい種牡馬を配合すると、受胎しないのだと教えてくれたのです。
分かりやすくないでしょうか?インクロスの生じている配合は全て不受胎、アウトクロスに近い配合にした途端、1回目で受胎しているのです。これが僕の目の前で起こった現実であり、僕の物語なのです。賛否両論あるのも分かっていますし、様々な結論を示す理論や論文があるのも知っています。もちろんこれから先、また違った現実を目の当たりにして、僕の考えも大きく変わることがあるかもしれませんが、今の僕の結論として、近親交配(インクロス)の濃い配合には不受胎になりやすい弊害があるということです。
(次回へ続く→)