[ウマ娘]ビワハヤヒデ - 勝つ難しさを知る「勝利の探求者」

1.「勝ちたい」と言わないビワハヤヒデ

Cygamesのクロスメディアコンテンツ『ウマ娘 プリティーダービー』は、ゲームだけでなくアニメでも高い評価を得ている。そのseason2において、主役に抜擢されたのは、トウカイテイオーとメジロマックイーンであった。物語の後半はトウカイテイオーの怪我からの復活が主題となり、そのクライマックスとして最終話では有馬記念での勝利が描かれる。この有馬記念でファン投票1位の1番人気で出走し、2着に敗れたウマ娘がビワハヤヒデである。簡単に言えば、物語における「ラスボス」の立ち位置。しかし、興味深い点が一つある。レース中の心理描写を巧みに行うことに定評のあるアニメであるにも拘わらず、有馬記念においてはビワハヤヒデの心理描写が全く行われていないのである。

レース中盤、ライスシャワーやウイニングチケットなど他の出走メンバーが「勝ちたい」という思いを表現する中、ビワハヤヒデだけは無言を貫いている。ビワハヤヒデ役の近藤唯氏はBlu-ray付属のブックレット掲載のインタビューにおいて、この演出を「強者感を際立たせるため」であると解釈していあ。トウカイテイオー復活への「壁」となる存在として、あえて心理描写を除くという判断は十分に考えられる。

──しかし、本当にそれだけだろうか。

私がこのような疑問を持った根拠は、競走馬・ビワハヤヒデが最終話のモデルとなった1993年の有馬記念に挑むまでの過程にある。ファン投票1位・1番人気で出走したビワハヤヒデであったが、そこまでの道のりは平坦ではなかった。その点を考慮した時、ハヤヒデに勝利への気持ちを表現させなかったことに、作劇における演出以上の積極的な意図を感じるのである。

2.連対率100%、4度の敗北

アニメでも描写されている通り、有馬記念に出走した当初、ビワハヤヒデの連対率は100%であった。つまり、一度も3着以下になったことが無いという凄まじい成績である。

しかし、その内訳を見てみると、10戦中6勝で2着が4回と、4度の敗北を経験していることが分かる。この点を踏まえて、有馬記念に至る道筋を辿ってみたい。

父シャルード、母パシフィカスから生まれた芦毛の牡馬は、「速さに秀でる」という意味を込めて「ビワハヤヒデ」と名付けられた。若手の岸滋彦騎手を鞍上にデビューしたハヤヒデは新馬戦で大差圧勝を飾ると、続くもみじステークスとデイリー杯3歳ステークスをレコードで勝利。

その勢いで当時の3歳(現2歳)王者決定戦・朝日杯3歳ステークスに1番人気で出走。しかし、外国産馬エルウェーウィンにハナ差敗れると、続く4歳初戦の共同通信杯も取りこぼしてしまう。

どちらも単勝1.3倍の圧倒的人気を裏切る敗戦であり、陣営はここで鞍上の交代を決めた。関西馬でありながら、新たに迎えられたのが関東のトップジョッキー・岡部幸雄騎手であったことからも、陣営のクラシックへの本気度が窺える。コンビ結成初戦となった若葉ステークスを2馬身差で圧勝したことで有力候補として春のクラシック戦線に臨むこととなったビワハヤヒデだが、強力なライバルが立ちふさがる。

それが、ナリタタイシンとウイニングチケットである。

クラシック初戦の皐月賞。弥生賞を制したウイニングチケットに次ぐ2番人気に推されたビワハヤヒデは、直線コースで抜け出して押し切りを図ったところを猛烈な末脚で追い込んできたナリタタイシンに交わされ、クビ差の2着に惜敗する。さらに日本ダービーでは直線抜け出したウイニングチケットを外から差そうとするものの、半馬身差及ばず再び2着。「BNW」と並び称される2頭に遅れをとることとなった。

朝日杯からクラシックを目指すという王道路線を戦い続けて連対率100%を維持しているのだから、間違いなく強い馬である。しかしGⅠ馬として記録されるのは1着馬だけ。ビワハヤヒデはこの時点では「GⅠ未勝利馬」なのである。

この結果を受けて、管理する浜田光正調教師はダービー後も在厩して調教を続けることを選択し、厳しい調教で最後の一冠・菊花賞の奪取を狙った。

秋初戦に選ばれたのは神戸新聞杯。それまで着けていたメンコを外し、素顔で出走したビワハヤヒデは逃げるネーハイシーザーをマークするように2番手につけると、直線でこれを交わして勝利。1馬身半差をつける完勝でトライアルを制した。

本番の菊花賞でも勢いは止まらず、2着のステージチャンプに5馬身差を付け、前年にライスシャワーが記録した日本レコードを塗り替える圧勝劇を見せた。春の鬱憤を晴らすかのような勝ちっぷりである。

こうして3歳最強の呼び声が高くなったビワハヤヒデが年内最終戦に選んだのが、年末のグランプリ・有馬記念であった。

3.「勝利の探求者」

菊花賞の強さが評価されてファン投票1位に選ばれたビワハヤヒデは、有馬記念当日も歴戦の古馬を相手に1番人気に支持される。新世代の旗手として期待されていた証であろう。ここを勝てば3歳最強というだけでなく、現役最強馬として見なされることになる、という一戦であった。

──さて、ここで冒頭の問いに戻りたい。

この有馬記念をアニメ『ウマ娘』のストーリーとして描くに当たって、「勝ちたい」とビワハヤヒデに言わせなかったのは何故か。それはハヤヒデが勝つことの難しさを誰よりも知っていたからではないだろうか。

前節で述べたように、ビワハヤヒデの「連対率100%」には4度の敗北が含まれている。そして、そのどれもが勝負の難しさを感じさせるものであった。圧倒的な人気を裏切ってしまった朝日杯・共同通信杯、勝利寸前に差し切られた皐月賞、勝ち馬を差し切れなかった日本ダービー。大敗ではなく2着だったからこそ、あと一つ着順を上げることの難しさが如実にあらわれる。ウマ娘・ビワハヤヒデにはこれらの敗北が強く意識されていたに違いない。それは菊花賞を圧勝してシニア級(古馬)とはじめて当たる有馬記念を迎えても変わらなかったのではないだろうか。むしろ、勝ちを経験したことで改めてその困難さを自覚したとも考えられる。

ましてやこの年の有馬記念には、ライスシャワー・メジロパーマー・ナイスネイチャ、そしてトウカイテイオーなど、錚々たるメンバーが出走している。

1番人気を背負うといえども勝つことは容易ではないと考えるのが自然だ。実際、11話ではハヤヒデがトウカイテイオーへの警戒をあらわにするシーンが描かれている。

  勝ちたいという気持ちは勿論強く持っている。しかし、勝つことは難しい。そう思うからこそ、ビワハヤヒデは安易に「勝ちたい」とは言わず、無言で自分のレースに徹することを決めたのではないか。ビワハヤヒデだけに心理描写を行わなかった理由を、そのように推測するのである。

アニメseason2の放送中にリリースされたゲーム『ウマ娘』には、それぞれのウマ娘に固有の二つ名が与えられている。ビワハヤヒデの二つ名は、「勝利の探求者」。「勝利の探求者」に「勝ちたい」と言わせないというある種逆説的な描写に、演出の妙を感じる。

開発:Cygames
ジャンル:育成シミュレーション
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