![[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]オータムセール当日(シーズン1-44)](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2025/04/2025042905.jpg)
オータムセール当日、セリ会場に到着すると、福ちゃんのお姉さん(ダートムーアの23)は馬房にいませんでした。すでに比較展示のために外に出ていたのです。慌てて追いかけると、245番と記されたピンクのシールを貼られたお姉さんが、購買者の方々の視線にさらされています。
セレクションセールに続き、これで2度目のセリになりますので、少しは場慣れしているかと思いきや、むしろ前回よりもテンションが高く、カッカしているのが伝わってきます。同行してくれた理恵さんは、「ダートムーアもそうだし、福ちゃんもそうだけど、普段は大人しいのに、スイッチが入ってしまうと人間の声が聴こえなくなってしまうんだよね」と言います。
それがレースに行っての闘争心として出れば良いのですが、そうではなく、余計なところで体力を消耗してしまうと問題です。久しぶりにいつもとは違う環境に連れて来られ、スイッチが入ってしまったようで、福ちゃんのお姉さんはまともに立てない、歩けないぐらい、我を忘れて入れ込んでしまっています。
セレクションセールは鎮静の注射を打っていたので大人しかっただけで、今回の姿が本来のものなのでしょう。馬体こそひと回り大きくなっていますが、精神的には敏感すぎるところがあり(NO,9ホーストレーニングメソドの木村さんは感受性が強いと表現してくれていますが)、競走馬としては、どのような環境でもどっしりと構えられるようにもっと図太くなる必要があります。せっかく購買者から声をかけてもらって歩いても、小走りになってしまい、きちんと歩きを見せられていません。手綱を引いてくれているハンドラーも、持っているのがやっとという感じです。
「お姉さん、落ち着いて」と心の中で唱えたその瞬間、ダートムーアの23の前肢が浮いて、後ろ肢2本で立ち上がり、バランスを崩してそのまま後ろに倒れてしまいました。倒れたというよりも、尻もちをつくように転がりました。巻き添えになる形でハンドラーも転倒し、その勢いで手綱を離してしまったのです!
これは放馬してしまうと慌てたにもかかわらず、僕は瞬時に動けずにいたところ、すぐ近くにいた男性がスッとダートムーアの23の手綱を取り、何とか事なきを得ました。その人は購買者として比較展示を見ていたようですが、あの動きは普段から馬を扱っている関係者なのではと思わせるものでした。僕は名も知らぬ彼に後ろから「ありがとうございました」とお礼を言い、ダートムーアの23とハンドラーの無事を確認しに近寄りました。(昨晩の雨で下がぬかるんでいたため)泥だらけになってしまいましたが、幸いにも両者とも無事なようです。ハンドラーも「ごめんなさい」と謝ってくれましたが、怪我がなくて良かったですし、何よりも放馬しなくてひと安心。まさか自分の馬がセリで放馬してしまうなんて、想像すらしていませんでした。
人馬の無事が分かると、僕はすぐにこの貴重なシーンを撮影していなかったことを後悔しました。誤解を招くかもしれませんが、どうせ何も手助けできなかったのであれば、せめて記録に残しておければというジャーナリスト精神が発動してしまったのです。福ちゃんのお姉さんが後ろに転倒し、あやうく放馬しかかったシーンは、僕の目には鮮明に刻まれたのですが、もっと多くの人たちに見て知ってもらいたかった。それはアクセス目的やインプレッション稼ぎということではなく、不安に駆られてパニックになった馬がどのような行動をし、400kg以上ある生き物が暴れたり、転倒したりする現場が、どれだけアクロバティックで危険かということを知ってもらいたいということです。
福ちゃんのYouTubeチャンネルのために、いつも動画を撮っているにもかかわらず、セレクションセールと同じ画になりそうなので、今回は比較展示の雰囲気を味わおうと考え、その時だけは撮影していなかったことに落ち込みつつ、馬房に戻りました。物書きたるもの、いつ何時も気を抜いてはいけません(笑)。

ひと仕事終えた福ちゃんのお姉さんは、興奮冷めやらぬようで、相変わらず立ち上がる素振りを見せています。「大丈夫だよ。心配いらないよ」となだめつつ、「もしもらい手(買い手)がいなかったら、僕が面倒を見るから」と余計なことを言ってしまいました。まだそうなると決まっていないのに、言霊になってしまうじゃないかとひとり反省しました。福ちゃんのお姉さんには、優しい言葉をかけて、つい甘やかしてしまいます。出産目前に流産してこの世に誕生しなかった全兄の分の想いも背負っていますし、何と言っても僕にとって最初の生産馬だからです。
セリの開始時刻である11:30までまだ時間がありそうなので、レポジトリの閲覧回数をチェックしに行きました。「245番の閲覧回数を教えてください」と言うと、「26回です」と返ってきました。前回のセレクションセール時(38回)よりも少なく、スパツィアーレの23のサマーセールの時(27回)とほぼ同じ。微妙なラインです。今回は種子骨の骨片除去手術に成功して、レポジトリ的には万全の状態で臨んだつもりでしたから、どうぞレポジトリを見てくださいという堂々とした気持ちでした。

手術前

手術後
セリ開始までの緊張の時間をつぶすために、何度か馬房に足を運びました。どれぐらいの人たちが直接、馬房まで見に来ているのかこの目で見ておきたかったからです。僕が行くたびに、隣の馬房の219番の馬ばかりが馬見せをして、歩いている姿が目につきます。福ちゃんのお姉さんを差し置いて、なぜそんなに人気なのかとカタログを見てみると、モーニン産駒の牡馬でした。馬体も立派で490kgあるとのこと。福ちゃんのお姉さんは446kgですから、牝馬であることを差し引いても、華奢に映ってしまうことは否めません。何よりも、今年の(サマー、セプテンバー、オータム)セールはモーニン一色。モーニン産駒の牡馬であれば脚が3本しかなくても売れるのではと思わせる勢いでした。
あとから聞いた話ですが、このモーニン産駒はサマーセールの直前に夏風邪を引いてしまい、体調不良の中で出場するよりも、馬体を回復・成長させてオータムで目立たせた方が良いというNO,9ホーストレーニングメソドの木村さんの助言でオータムセールに回ってきたそうです。それにしても、モーニンの牡馬にはひっきりなしに見学者が来る一方、福ちゃんのお姉さんを見に来る人はほとんどいませんでした。
外は秋晴れです。暑くも寒くもないセリ日和。今回はセリの順番も初日のスタートから35番目という最高のそれです。おそらくセリ開始後、1時間以内に出番が回ってくるはず。セリ会場にも多くの人がいて、活気があります。この中のひとりかふたりでも福ちゃんのお姉さんをほしいと思ってくれて、競り合ってくれたら良いのに。そんな淡い期待を抱いていると、245番までの集合アナウンスが会場に響きました。
だいぶ落ち着いたお姉さんが、力強い踏み込みで馬房から出て行き、僕は遅れないように慌ててついて行きました。

(次回へ続く→)