![[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]異系の種牡馬パールシークレット(シーズン1-51)](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2025/06/2025061501.jpg)
種牡馬の予約シーズンが今年もやってきました。この時期のために、1年間をかけて考え続けてきましたが、それでもまだ迷っているというのが正直なところです。正解がない問いを延々と考え続ける喜びと苦しみ。難問の一因ともなっているのが、種付け料の問題です。種付け料の問題には2つあって、ひとつは今年の種付け料がいくらになるのか分からない問題、もうひとつは種付け料の高騰問題です。
種牡馬の予約がスタートする時期は毎年11月に入ってからですが、来年度の種付け料が発表されるのは11月20日頃になります。昨年は11月22日のいい夫婦の日に社台スタリオンステーションが発表したのを皮切りに、他のスタリオンも続々と値付けを始めました。おそらく今年も同じ流れになるでしょうから、生産者が予約するタイミングと種付け料の発表のそれは、3週間ほどズレているのです。つまり生産者は種付け料が分からないままに、ある程度の予想をして予約をすることになります。
ただ、予想と実際の値付けは大きく異なることもあり、予約したけれど実際の種付け料が高くて付けられないということが起こりますし、逆に高くなると思って予約しなかったら意外と安めに落ち着いたなんてこともあるでしょう。そうなると、予約するのはタダですから、とりあえず手あたり次第に予約しておこうと考える生産者もいるはずです。手広く予約しておいて、蓋が開いてから詰めて考えれば良いということです。
僕の場合は、インクロスが極力少ない配合を心掛けているため、ダートムーアとスパツィアーレの2頭に架空血統表を使って種牡馬を当てはめ、インクロスが見つかると候補から外れていきますので、種付けリストはかなり絞り込まれてしまいます。その数少ないリストの中から、懐具合と相談しつつ現実的な種牡馬を選ばなければならないため、手当たり次第に予約するわけにはいきません。1年間温めてきた種牡馬の種付け料が上がってしまい、他の種牡馬に切り替えなければならないなんてことはザラに起こるのです。インクロスにこだわらず、予算が無限にあったら、どれだけ自由に思い切って配合できるだとうと想像してしまいます。僕が学生時代に夢中になったダービースタリオンは、やはりゲームの中の世界なのですね。
もうひとつの種付け料の高騰問題は、ここ数年で顕在化しています。ダート種牡馬の評価が一気に高まり、それに伴い種付け料も上がりました。どれぐらい上がったかというと、今からわずか7、8年前までは、人気のダート種牡馬であっても80万円以下が相場でした。たとえば、シニスターミニスターやカジノドライブは80万円、エスポワールシチーやフリーオーソなどは50万円でした(ゴールドアリュールだけは300万円と例外的)。今年度の種付け料を見てみると、シニスターミニスターはなんと700万円まで跳ね上がり、ヘニーヒューズは500万円、パイロは400万円、ホッコータルマエが300万円と続きます。爆上がりと言っても過言ではありません。生産者にとっては隔世の感があるのではないでしょうか。
ダート種牡馬の人気を後押ししているのは、単純に言うと、ネット投票やナイター競馬のおかげで地方競馬の売り上げが急激に増え、賞金や手当が厚くなったことで、ダート馬がセリで高く売れるようになったことがきっかけです。高く売れるなら生産者もダート種牡馬を積極的に配合したいと思いますし、需要があるならば種付け料も値上がっていく流れになります。さらに今年からは3歳ダート三冠競走が始まったことで、ダート種牡馬の中でも中距離に特化した種牡馬は、特に人気を博すことになるでしょう。
蓋を開けてみると、僕が予約したダノンレジェンドは100万円→250万円、マジェスティックウォーリアは180万円→300万円へと値上がりしました。ある程度は分かっていたとはいえ、実際に大幅な値上げを目の当たりにすると、愕然としてしまいます。慈さんは「種付け料が高騰していますので、この先、需要と供給のバランスが合わなくなってくると、今度は繁殖の質で勝負しないと利益を出すのがますます大変になってくるような気がします」と話していました。まさにそのとおりで、サラブレッドの生産頭数(供給)が増えてきている中、需要とのバランスが崩れ始めつつあり、今までのように肢が4本あれば売れた時代は終焉を迎えつつあります。つまり、今までのような売却率も売却額も期待できなくなる。にもかかわらず、種付け料は値上がりの傾向にあり、1頭の馬を生産するのに今まで以上に経費がかかるということになります。高い種付け料を払っても、育てた馬が売れるかどうか、また高く売れるかどうかも怪しくなるという時代に突入しそうなのです。
それでも、種付け料が高くても人気のある種牡馬を配合して、高く売り抜ける方向を目指し続けるという生産者もいるでしょう。一度、回り始めた車輪を逆回転させるのは難しいからです。行き着くところまでいかざるを得ません。僕はそちらの方向ですでに昨年、上手く行かなかったし、突き進むだけの資金力もありませんから、あっさりと引き返すことにします。高額な種付け料を払って誕生した生産馬をより高く売るのではなく、リーゾナブルな種付け料で配合してリーゾナブルな価格で買ってもらう、もしくは自分で走らせる方向を目指すことにしました。売れなかったり、安く買い叩かれるようであれば、自分で走らせるということです。
そうなると、配合する種牡馬が変わってきます。どの種牡馬の仔が高く売れそうかではなく、どの種牡馬の仔であれば走りそうかという観点へのシフトチェンジが必要です。本来はどちらの観点も一致すれば良いのですが、少し違いがあるのです。たとえ誰も知らないような地味な種牡馬であっても、実際に走れば良いのです。福ちゃんの父タイセイレジェンドはまさにそういう想いで配合した種牡馬でした。あのときの僕は売れる売れないをあまり考えることなく、ダートムーアにとってベストな配合であり、自分でも走らせようと思えるかと考えて決めました。
「タイセイレジェンドにします」と伝えたときの慈さんの驚いた反応は今でも覚えています。そもそもどこのスタリオンにそんな種牡馬いましたっけ?、ダートムーアのような良血繁殖に種付け料30万円の種牡馬を配合するなんて頭わいているんじゃないですか?と(実際にそう口にはしませんでしたが)慈さんは心の中では思っていたはずです(笑)。その結果、福ちゃんが生まれてきてくれたのですから、僕の選択は間違っていなかったのかもしれませんね。
この頃には、自分で生産した馬を自分(もしくは自分たち)で走らせるという方向性に傾き始めていました。いわゆるオーナーブリーダーというやつです。そうすれば、馬を高く売るために時流に合わせた配合にしたり、1歳の早い時点からコンサイニングをして無理に馬をつくる必要もなくなります。種付けから誕生、そして上場に至るまで2年以上の歳月をかけて大切に育ててきた馬たちを、安く買い叩かれる心配もなくなります。もちろん、育成費用や厩舎の預託費が毎月かかり続けることは大きな負担ですが、生産馬が走れば全く問題ないのです。走る馬はなかなかいないのは百も承知です。それでも走る馬を生産しようとするのが真の生産者ではないでしょうか。走ると信じる馬を生産して、どうしてもセリ等で売れなければ、最後は自分で走らせればよいのです。

種付け料を鑑みた種牡馬選びに頭を悩ませつつも、実はこの種牡馬と心に決めている1頭がいました。時を巻き戻すことエーデルワイス賞の当日、大狩部牧場の下村社長から門別競馬場に向かう車中にて、「Pearl Secretという種牡馬を海外から導入しようと考えているのですよね」と打ち明けられました。知ったかぶりをしないようにしている僕は素直に「何それ?パール…?」と聞き返すと、「パールシークレットです」とシモジュウは自信満々にもう一度発音してくれました。
名前が聞き慣れなすぎて、種牡馬を導入するという珍事まで頭が行きませんでしたが、良く考えるとずいぶんなことを試みようとしていることに気づきました。どういうことか詳しく経緯を説明してもらおうとする前に、シモジュウはパールシークレットについて熱く語り始めました。
「治郎丸さんもご存じだと思いますが、サラブレッドの始祖はバイアリ―タークとゴドルフィンアラビアン、ダーレーアラビアンの3頭に行き着きます。私たちの目の前にいる競走馬はほとんどダーレーアラビアンの子孫であり、逆にバイアリ―タークの血を引く馬たちは絶滅の危機に瀕しているのが現状です。そのバイアリ―タークの血を継ぐ種牡馬が海外にいて、それがパールシークレットです。本馬はGⅠこそ勝てませんでしたが3着の実績があり、テンプルSという芝1000mのGⅡは勝利しているように、残されたバイアリ―ターク系の中では優秀な成績を残した種牡馬です。産駒からはこれといった活躍馬は出ていませんが、環境が変わればチャンスも生まれるかもしれません。三大始祖の1頭の血が消えてしまうのは良くないので、何とか血を残していきたいと思います」
かつても車中でシモジュウと、異系の種牡馬をつくりたいという話をしたなあと思い出しつつ、海外から導入するという奇策とその行動力には驚かされます。僕は血統にそれほど詳しいわけではなく、父系マニアでもありませんので、バイアリ―ターク系が死滅しそうになっていることに対する危機感はそれほど感じていなかったのですが、シモジュウの話を聞くとたしかに三大始祖の3頭のうちの1頭からの血脈が途絶えて良いとは思えません。トキとかシマフクロウのような絶滅危惧種と呼ばれている生き物が絶滅しても良いのかと聞かれたら、しない方が良いのではと答えるぐらいの認識しか僕にはありません。正直に言うと、時代による潮流の変化によって、繁栄する種もあれば絶滅してしまう種もあるのが自然なのかもしれないとも思います。
パールシークレットの話を聞いたとき僕にとってピンと来たのは、父系の存続というよりも、サラブレッドの近親交配(インクロス)を避ける効果があるのではということです。福ちゃんが小眼球症を患って生まれてきたことをきっかけに、できる限り近親交配(インクロス)の少ない配合をしようと心に決めていますが、どうしてもほとんどの種牡馬はNorthern Dancerの血を内包しており、ダートムーアに配合するとNorthern Dancerがインクロスしてしまうのです。日本ではバンブーエールがNorthern Dancerフリー(Northern Dancerの血を持たない)種牡馬ですが、もしかするとパールシークレットもそうなのではないかと閃いたのです。
シモジュウの話を聞きながら、スマートフォンでパールシークレットを検索して血統表を見てみました。パールシークレットの父系はヘロドからバイアリ―タークにさかのぼる異系だけあって、当然、Northern Dancerなどの現代の主流の血は入ってなさそうです。母系を探していくと、4代目にMiswaki、5代目にその父Mr.Prospectorがいますので、ここがインクロスしてしまう繁殖牝馬は多いはずです。もしかすると、パールシークレットもNorthern Dancerフリーかもとドキドキしてさらに見てゆくと、残念ながら5代目にNorthern Dancerの血が一本入っていました。完全にNorthern Dancerの血が入っていないというわけには行きませんでしたが、わずか1本ですし、それ以外の血は珍しいものですから、全体的な配合には多様性が生まれるはずです。
もう1頭の繁殖牝馬スパツィアーレにはどうだろうと考え、もう一度、パールシークレットの血統表を眺めてみると、Mr.Prospectorの父Raise A Nativeが唯一インクロスするだけで、Hail To Reasonの血が一滴も入っておらず、極めて完全アウトクロスに近い配合になりそうです。つまり、現代日本競馬における主流な血をほとんど持っていないため、およそどの繁殖牝馬に配合しても近親交配(インクロス)が少ないもしくは完全アウトクロスになりやすい種牡馬ということです。
シモジュウはバイアリ―ターク系の血を途絶えさせない、僕は近親交配(インクロス)を避ける配合を心掛けたい、と少し違った観点から種牡馬としてのパールシークレットを評価していたのですが、その根底は実はつながっています。血を途絶えさせないことは近親交配(インクロス)を出来る限り避けること、サラブレッドの遺伝子プールを拡げること、多様性を維持しようとすることにつながっていくのです。
「僕もどちらかの繁殖に種付けさせてもらいます」
僕はそう答えました。
(次回へ続く→)
掲載内容についてのお詫び
平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
6月10日に掲載致しました前回公開の記事につきまして、ターファイトクラブ様に関する記載にて重大な事実誤認を招く正しくない内容が含まれておりました。
多大なるご迷惑をおかけしましたこと、深くお詫び申し上げます。
記事の該当箇所を削除するとともに、SNSでの投稿を削除致しました。
このたびの事態は、ライターの記載内容に関する弊社のコンプライアンス認識の甘さが招いた結果と、深く反省しております。
今後、このような事態を起こさないよう、社内ルールを再徹底のうえ今一度注意喚起を図り、関係者の皆様にご迷惑のかかる記事が再び掲載されることのないよう、徹底していく所存です。
ターファイトクラブ様ならびに関係者のみなさまに、重ねて深くお詫び申し上げます。