私にとってオグリキャップは、特別な思い入れがある馬ではありません。多くの読者の皆様と同じく、地方競馬出身の歴代最強馬の1頭で平成初期の競馬ブームに貢献した名馬だとは思います。ですが、血統的には世界の主流血統ファラリス系であり、率直に申し上げて私としてこの血統に特別な思い入れはないのです。
現存する唯一の直系子孫(種牡馬)クレイドルサイアーもかなり高齢(2001年生まれ)ですし、血統登録した産駒は今年の2歳馬2頭だけ。「正直なところ厳しいだろうな」と他人事として思っていたのは事実です。
しかし今回、フォルキャップ号の出現で、私は自らの不明を恥じました。サイアーライン存続云々はともかく、ここまで懸命に血を繋いできた皆様に平身低頭でお詫びしたい心境です。
ふだん中央競馬を応援しているファンの方々にはピンと来ないかも知れませんが、ノーザンFや一部大手を除けば、門別の認定競走(アタックチャレンジ等)で勝ち負け出来るレベルの馬を生産するのは本当に難しいことです。
認定競走を勝てば中央移籍が可能になり、移籍したら1勝クラスに格付けされます。加算される本賞金の額等は違いますので全くイコールではないですが、基本的には中央の未勝利勝ち上がりと同等のステータスに立つことが出来るのです。
門別の場合2歳の10月までという時期的限定はありますが、認定競走を勝てば、中央、南関東どこにでも移籍出来ますし、馬主目線で見れば高値でのトレードも可能になります。ちなみに、2018年ステイヤーズステークスを制し2022年5月末時点で現役のリッジマン号は門別デビューで、初戦の認定(フレッシュチャレンジ)競走を勝ちあがり中央移籍しています。
上記のように、中央デビュー馬が「まず1勝」を目指すのと同様、地方(とくに門別)デビュー馬は「まず認定勝利」が最初にして最難関のハードルになります。
そして、ここからは失礼を承知で書きたいと思いますが、種牡馬クレイドルサイアーから、認定競走で勝ち負け出来るレベルの馬が誕生した、というのは、良い意味でこれまでの競馬の常識をひっくり返すような出来事だと思うのです。
クレイドルサイアーは門別2戦0勝で引退。2戦とも10着という戦績で、クワイトファインの2歳時とほとんど変わりません。しかもオグリキャップ直仔ではなく孫です。オグリキャップの大ファンの皆様には大変申し訳ないのですが、この馬に種牡馬としての価値を見出すのは難しいと思いました。しかしクレイドルサイアーは、そんな私の浅はかな感想をあっさりと結果で覆しました。
フォルキャップの母コスモフリップは中央未勝利でしたが南関2勝。その母マンデームスメは北九州短距離Sなど6勝をあげていますから、水準以上の牝馬と言えるでしょう。父クレイドルサイアーとの配合はマルゼンスキー4×5のクロスがあり、良い配合だとは思いますが、クロスひとつで産駒が必ず走るなら生産者は苦労しません。
──では、オグリキャップの血が奇跡を起こしたのか?
ロマン溢れる話ですが、個人的には、それも違うと思います。
ひとつ言えるのは、コスモフリップは4代母からマルゼンスキー、ブライアンズタイム、サンデーサイレンスと代々最高クラスの種牡馬が配合されているということ。そしてアイルハヴアナザーも決して悪い種牡馬ではありません。しっかりした血統背景がある牝馬だと思います。
ガレットデロワのオーナーが意図をもってクワイトファインを選んでいただいたように、コスモフリップのオーナーも恐らくはオグリのサイヤーラインをなんとか繋ぎたいという確固たる意思の元、水準以上の牝馬に「敢えて」クレイドルサイアーを配合し、初仔から認定競走で勝ち負けできるレベルの産駒を送り出したのでしょう。
つまりは、繁殖牝馬の価値を高めるにはトップレベルの種牡馬を配合する必要がありますが、そうやって底力を身にまとった牝馬が逆に種牡馬の価値を高めることもできる、ということではないかと思います。特に現在のように特定の血統が飽和状態にある世界のサラブレッド生産界において、例えば欧州のようにひたすらサドラーズウェルズの血を追い求めていくのか、それ以外の複数の選択肢を守り育てようとしていくのか──そんなことが改めて問われているのではないでしょうか。
最後に、もう一度繰り返します。
私はオグリキャップの血統に特別な思い入れは全くありません。全く。
でも、フォルキャップには大活躍してもらいたい。そして、昨今の競馬界の固定観念をすべて吹き飛ばす「生き証人」になってほしいと思います。
写真:水軍