「牛に引かれて善光寺参り」という言葉がある。

心の貧しい老婆が、庭に干していた布を引っかけていった牛を追いかけているうちに善光寺にたどり着き、そこで信心にめざめた、というようなお話だ。
私の場合は「牛」ではなく、とある記事だった。
緒方きしんさんによる、川崎競馬場の訪問記。

まず、モツ煮の写真にヤラれた。
そしてスマートフォンの電源が切れるというハプニングが引き起こした「競馬をあるがままに観る」という、稀有な体験。

──これだ。

馬券や人気を抜きにして、サラブレッドが走るのを見たい、と思った。
根が貧乏性で頑張り族の私は、以前は「競馬場に行くなら開門から」が鉄則だった。
前日に競馬新聞で全レースの出走馬の馬柱を見て印を打ち、馬券の買い方を検討する。

当日は、パドックとスタンドと馬券の窓口を右往左往。
ずっとマークシートと馬柱とにらめっこ。
他開催の面白そうなレースにも首を突っ込む。

それはそれで、夢中になれて楽しかった。

けれど年を重ねるごとに、気づけば競馬場から私の足は遠のいていた。
全く当たらない馬券に嫌気がさしたのか、私が長らく抱えていた自分の心の傷から好きなものを遠ざけようとしていたのか、それは分からない。

時が経ち、自分の心の傷が癒えてくるごとに、私はまた少しずつ競馬場に足を運ぶようになっていた。

馬券は相変わらず当たらないが、緩く競馬を楽しむのもいい。
そんな私が緒方きしんさんの記事を読んで「そうだ、中京へ行こう」と思い立った。
関東では「モツ煮」だが、ここ尾張のソウルフード「どて煮」を食べに行こう。

そして、ただサラブレッドが走るのを観に行こう。


7月の中京開催最終日。

自宅で昼飯を食べてから午後1時半ごろに息子と出発、という緩さ。
折しも猛暑を通り越して酷暑の名古屋は39度。
車のハンドルは握れないほどに熱く、カーナビは「温度異常です」という見たことのない表示をしている。

それでもいいんだ。
私はサラブレッドが走るのを見たいんだ。

そんなことを思いながら、中京競馬場の駐車場に着く。

太陽が照り付けるメインスタンドを見て、中京に来たことを実感する。

この日はフリーパスの日で、中京競馬場は多くの人でにぎわっていた。

まずはメインスタンド前の、サイレンススズカの記念碑に手を合わせる。

私の青春を彩った、伝説の1998年・金鯱賞。

合掌。

そして、ありがとう。

そのあとは息子の要望に応じて、場内に展示されている名物の名鉄パノラマカーで涼を取ることに。
運転席に入れてご満悦の息子と、ターフを一望してご満悦の父。

なぜ、競馬場のコースを見るとこんなに心が躍るのだろうと、改めて感じる。

……それでもやはり、39度というのは、とんでもなく暑い。

メインスタンドに一時避難した私は、すぐにどて煮とビールを頼んだ。

車なのでノンアルコールというのが悔やまれるが、この全くフォトジェニックでないソウルフードをかきこむ。

うまい。
今日ここに来て、本当によかった。

冬はこれか味噌おでんと、熱燗か焼酎お湯割りがバカみたいに合うんだよな……

この「クソ暑い」最中、そんな真冬の快楽を想像している自分は相当アホだな、と思う。
隣で唐揚げを美味そうにつまむ息子は、あとどれくらいしたら「どて煮とビールの快楽」を知るのだろうか。
そんなことを思っていると、私の耳は場内に響いていた他場のレース実況の中から、ある馬名を拾った。

レイエンダ。

そうか、今日函館で走るんだったな。
楽勝を伝える実況を聞きながら、陣営の秋のレース選択はどうなるのか、しばらく想像していた。

やがて、場内でも特別戦のファンファーレが鳴った。

重賞やGⅠもいいのだが、私はこの中京と小倉の特別戦のファンファーレが、好きだ。
力強く野武士のようで、それでいてローカルの香りのするファンファーレ。

そのレースは、ダートの短距離戦のようだった。
急いで4コーナー付近で観戦することにする。

向こう正面で一団だった馬群は、あっという間に3コーナーを周り、私と息子の目の前に迫った。

どの馬が人気で、どの騎手がだれかも分からない。

蹄鉄の織りなす脚音たちは、私の心臓のビートの音だった。

不思議と、それ以外の物音がしない。
不意に、乾いた雷のような音がいくつも響く。

少し遅れて気がつく──それが、鞭の音なのだと。

連綿とこれまで紡がれてきた「血の結晶」たちの脚音。
そして今この一瞬に賭ける、ジョッキーたちの息遣い。

それを眺めている私の人生と、それらが交錯する瞬間。
時間が、止まる。

気づけば、私の前には彼らが巻き上げた砂塵が舞っていた。

サラブレッドが走るのは美しい。
私はレースが終わった余韻に浸りながら、アイスを頬張る息子の隣に座り、新聞もスマートフォンも開かずにぼーっとしていた。

競馬場にいながら馬券の検討も、馬柱を眺めることもしていない。
それでも、私は競馬を心から楽しんでいた。

やがて、メインレースの中京記念のスタート時刻が近づいた。
空には、集中線のような不思議な雲が出ていた。

スタートして向こう正面を進む、カラフルな帽子たち。

あっという間に、馬群は4コーナーを回って坂を駆けあがってくる。

直線、外目から力強く伸びてきた、ピンクの帽子。

場内の実況から、その優駿の名前を知った。

グレーターロンドンだった。
遅れてきたダービー候補と呼ばれた頃を懐かしく思う。
度重なる怪我や蹄の病気に悩まされ続けてきた大器。

その彼がようやく咲かせた大輪の華に、私はなんだか嬉しくなった。

怪我も挫折も蹉跌も、振り返れば成功の一部分でしかない。

おめでとう、グレーターロンドン。

おめでとう、田辺騎手。


灼熱の中京で、改めて競馬が好きでよかったと思う日であった。

写真:大嵜 直人

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