[連載・クワイトファインプロジェクト]第5回 28年を経た今でも「記憶に残る馬」に相応しい「晩節」とは?

2021年は、没後8年経つトウカイテイオーにとって、ウマ娘Season2での主役抜擢、そして最後の産駒が7歳にして現役デビューし、NHKテレビや文藝春秋社「Nunber誌」で取り挙げられるなど、話題に事欠かない年になりました。

そして、毎年12月になると「有馬記念と言えばトウカイテイオー」というのがお馴染みの光景となっていますが、現役時代から今に至るまでトウカイテイオーを熱心に応援してきていた方々にとって、私どものプロジェクトも含め、こうして没後8年もたって再び脚光を浴びることについて、どのように受け止められているのでしょうか。

なぜトウカイテイオーは、今もなおこうして語られているかどうか、ということ。同世代で、競走馬としての評価が同等ないしそれ以上かも知れない馬でも、2021年現在その馬が制した有馬記念が語られることはほとんどない……ということも少なくないでしょう。特に、産駒に活躍馬を残せなかった馬は、その傾向が顕著かもしれません。これはある意味仕方のないことで、競馬が毎年行われ、名勝負の記憶も塗り替えられていく以上、早世などにより子孫に活躍馬を残すことが出来なかった馬の記憶は、段々と"歴史の1ページ"となっていくのです。

トウカイテイオーにしても、本当はそうなる筈の馬なのかもしれません。しかし、現実は違います。ここ10年以内の有馬記念でも、オルフェーヴルやキタサンブラックのラストラン、ゴールドアクターと吉田隼人ジョッキーの初GⅠ等々話題となった馬やレースは多いのですが……それでも毎年12月になると「記憶に残る馬」トウカイテイオーの話題が途切れることはありません。

──とは言え、かつては後継種牡馬も不在でしたし、その血を宿す繁殖牝馬も(もともと88頭しかいませんでしたが)引退や用途変更などで年々減少しています。血が残せなければ、彼もまた他の同世代の名馬たちと同様に"歴史の1ページ"側になってもおかしくありません。

私は、いろいろな媒体で公言しておりますが、現役時代にトウカイテイオーの熱烈なファンだったわけではありません。普通に「強い馬」だと思っていましたし、JCくらいまではどちらかと言えば私にとってヒール的存在に近かったのです。しかし、ほんの少し血統をかじるようになって、シンボリルドルフからトウカイテイオーに受け継がれたバイアリータークのサイヤーラインが、当時ですら絶滅の危機に瀕していたことを知ったときは驚きました。それ以来、トウカイテイオーやメジロマックイーンの父系がどんな形で受け継がれていくのか、ファンの方々とは違った目線で毎年気にかけてきたのです。

 トウカイテイオーが結果としてラストランになった有馬記念を制したのが1993年、メジロマックイーンの最後のG1勝ちとなったのもこの年の宝塚記念です。それから28年経って、メジロマックイーンもトウカイテイオーも、本当に細い細い糸が辛うじて次代に紡がれる可能性を残してはいますが、いまや日本でも海外でも、バイアリーターク系は「ほぼ絶滅した」と言っても過言ではない状況です。

ナリタブライアンのようにわずか2シーズンしか種牡馬生活を送れなかった馬や、ライスシャワーのように競走中の故障でこの世を去り血を残すことができなかった馬もいます。トウカイテイオーも「無理に」後継種牡馬などを残さず、「輝かしい記憶のまま」時間の経過とともに"歴史の1ページ"として刻んでいくのも自然な流れだ、という関係者・ファンの方々も数多くいるのだろうと推察します。

そういう少なからぬプレッシャーの中で、直系サイヤーラインを残すために経済力学に抗って行動を起こすべきか、あるいは時間の経過に委ねて自らの手でその可能性(の1つ)を絶つべきか……。トウカイテイオーにとって、どちらの「晩節」が相応しかったのか、プロジェクトを実行するにあたって私も悩みましたし、今もずっと悩んでいます。

前回コラムにも書いたように、本来残すべき血統は他にもあったと思います。そのことに後ろ髪を引かれつつも、私が出した答えは「他の血統ならいざ知らず、世界的に絶滅の危機に瀕しているバイアリータークの血統、そんな中で日本競馬が誇るべき2頭の『無敗のダービー馬』を輩出した血統を、このまま時間の経過に委ねて葬り去っていいものか」というものでした。そして、競馬ファンの方々に信を問い、支持が得られなけれれば潔く諦めよう……その結果、クワイトファインは種牡馬入りが叶い、今も多くの皆様に支えていただきながら3年目のシーズンを迎えることができそうです。

今後のことは誰にもわかりません。クワイトファインやギンザグリングラスがいつまで種牡馬を続けられるのか、キセキノテイオーがそれに続くのか、大手馬主や生産者に賛同してくれる方が現れるのか……。しかし、一つだけかなり高い確率で言えるのは、10年~20年後には全世界で(産駒が平地競走で走る前提の)バイアリーターク系種牡馬はいなくなるであろうということ。パールシークレットなど欧州にわずかながらバイアリーターク系種牡馬もいるとのことですが、ドライな欧州の生産界がバイアリーターク系種牡馬の血統を守り育てるということは正直考えにくいです。

いずれにしても、私たちはそう遠くない将来に300年以上続いた血統が途絶える瞬間を目の当たりにすることになります。そこで、愚行と嘲笑われてもその流れをせき止めようとするのか、それとも座してその時を待つのかという選択に向き合ったのです。

 そして、もしかしたら、障害専用種牡馬を別とすれば、バイアリーターク系種牡馬として最後に登録されるのは、日本産馬なのかも知れません。とは言え日本においてもメジロマックイーンの子孫とトウカイテイオーの子孫しかいないのですから、それだけでも、この2頭が存在する歴史的な意義は大きいと思います。

結末は虚しいものとなるかもしれません……。ですが、どうかファンの皆様にも、これからの行く末をしっかりと見届けていただければと思います。

写真:かず

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