2014年、中山大障害。
表彰台に上がる事のなかった1人の障害騎手が、ウィナーズサークルで、優勝馬レッドキングダムに寄り添っていた。自身の騎乗馬が敗れたにも関わらず、引き手を持ち、満面の笑みで鼻面を撫で、まるで自分の事のようにその勝利を喜んで。
レッドキングダムを障害馬として育てあげた、西谷誠騎手である。その確かな信頼関係に、障害馬を育てあげる事の何たるかを垣間見、目頭を熱くしたファンは少なくないだろう。
また言うまでもなく前提として、障害ファンに長年信頼されている名手・北沢騎手の好騎乗がキングダムに勝利をもたらした、素晴らしい中山大障害であったと、ここに明言したい。
その光景を目の当たりにしたファンの一部からは、1つの夢が語られるようになった。
「松永厩舎に鞍上西谷騎手……チーム・レッドキングダムでのJ-G1制覇が見たい」
2015年4月18日、レッドキングダムが西谷騎手を鞍上に迎えた中山グランドジャンプ。
キングダムは最終障害飛越後に大きくバランスを崩し、7着に敗れた。「レッドキングダムが頸を使って、落馬しないよう支えてくれた」とは西谷騎手の弁。自身を障害馬として育ててきた恩師の想いに応えたのであろうか。
しかしその代償は大きいものだった。その後のエコー検査で判明したのは、左前脚の屈腱炎。彼は志半ばで、無念の引退となった。
そしてキングダムは馬術競技馬として、新たなスタートを切る事となる。馬生の第二幕も華やかなもので、大きな馬術大会での活躍も見込まれているようだ。
そんな彼にとって嬉しいサプライズがあった。西谷騎手がキングダムに会いに来て、その背に跨がり障害飛越もこなしたという。名コンビ復活の1日であった。人馬の絆を伺わせるエピソードである。時は遡り2015年、春。「チーム・レッドキングダム」のノウハウが、松永厩舎に所属する1頭の競走馬へ受け継がれる事となった。
その競走馬は、平地の1000万下で頭打ちとなっていた。悩んだ陣営が選んだ道は、障害転向。キングダムでの成功がその選択を後押しし、彼の障害練習もまた、西谷騎手に任せられた。
「飛越は初めから、抜群に上手」……チーム・レッドキングダムの夢が、第二章を迎えようとしていた。
キングダム無念の引退から1週間後、2015年4月25日。
福島の未勝利戦で、その競走馬は障害デビューを迎えた。西谷騎手を鞍上に迎え、スピードに乗ったまま軽快に障害を飛越する1頭の競走馬。彼は悠然とレースを進め、コースレコードを叩き出しての勝利を収めた。
「障害馬サナシオン」、衝撃のデビュー戦である。
こうしてチーム・レッドキングダムの夢は、チーム・サナシオンへ託された。
一躍、障害界のスターに躍り出たサナシオン。彼は天性のスピードと飛越センスを武器に連戦連勝。2015東京HJ・2016阪神SJと、2つのJ-G2タイトルを手にした。
しかし彼にはまだ成し遂げていない使命がある。それは託された夢……J-G1タイトルの獲得だ。天賦の才を持った彼だからこそ、J-G2タイトル獲得、そしてJ-G1好走で満足できるものではない。
レッドキングダムへ託された夢は、いつしかファンがサナシオンへ託す夢となった。
「うちの厩舎は、キングダムでも障害レースで結果を……」松永厩舎のインタビューにてサナシオンを語る際、今なお開拓者・レッドキングダムの名が挙げられる事がある。
そんな事を知ってか知らずか、サナシオンは今日も軽快に障害を飛越する。その先にある、J-G1タイトルへ向かって。
託す者、託される者。レッドキングダムとサナシオンはこれからも夢を紡ぎ、それぞれの舞台で大輪の華を咲かせる事だろう。
そしていつか、馬術競技会で活躍するレッドキングダムの元へ、「サナシオンがJ-G1馬になった」と吉報が入る……そんな日が来る事を願ってやまない。
写真:がんぐろちゃん、伏見まり