[重賞回顧]初物づくしの、千直夏祭り~2022年・アイビスサマーダッシュ~

夏の新潟の開幕を告げるアイビスサマーダッシュ。直線コースを舞台にしたJRA唯一の重賞で、国内最速の馬を決めるレースといっても過言ではない。

また、外枠に入った馬や牝馬が強いことは広く周知されており、創設から20年以上が経過した現在でも人気も根強く、注目度は高い。まさに、夏の風物詩ともいえる名物レースだ。

他にも、リピーターが多い点や、1番人気馬が9年連続連対中と強いことでも知られるアイビスサマーダッシュ。ところが、2022年のレースは、歴代の優勝馬2頭が鬼門ともいえる内枠からのスタート。例年以上の混戦ムードに拍車をかけ、4頭が単勝10倍を切ったが、その中で1番人気に推されたのはヴェントヴォーチェだった。

これまで直線競馬は1戦1勝と、今回のメンバーでは決して目立つ成績ではないが、掲示板を外したのは前走のみと、安定感が魅力。特に、あのロードカナロアがマークしたコースレコードと0秒1差の好タイムで完勝した、2走前の春雷Sは圧巻の内容。念願の重賞タイトル獲得なるか、注目されていた。

これに続いたのがシンシティ。2走前までは、一貫してダート戦に出走。オープン昇級初戦のながつきSでも3着に好走したが、そこから2戦連続15着と大敗。前走の韋駄天Sで、初めて芝のレースに挑戦した。すると、これが功を奏し、いきなり3着に好走。枠にも恵まれた今回、再びの好走が期待されていた。

これに続いたのが、同じく5歳牝馬のトキメキ。3歳時には3連勝を達成し、素質の片鱗を見せたが、その後3勝クラスで足踏み状態となってしまう。しかし、2021年の当レースで、格上挑戦にもかかわらず4着に好走すると、前走、同じ舞台で行われた駿風Sを勝利。2連勝で、初の重賞制覇なるか注目されていた。

そして、4番人気に推されたのがアヌラーダプラ。前走、オープンのUHB賞を勝利したものの、骨折でおよそ1年間休養していたため、まだこれが10戦目と消耗が少ない本馬。自身初の直線競馬とはいえ、コンビを組む香港のホー騎手は、前日の最終レースで直線競馬を経験し、そのレースで来日初勝利。人馬とも、JRAの重賞初勝利が懸かっていた。

レース概況

ゲートが開くと、横一線のきれいなスタート。その中から、僅かに好スタートを切ったスティクスが先頭に立ち、一気に内ラチ沿いへ進路を取ると、早くも歓声が上がった。

これに続いたのがマウンテンムスメとクリスティ、シンシティの3頭で、その後ろをトキメキが追走。その後、残り600m地点で、今度はシンシティが先頭に立った。

上位人気馬では、ヴェントヴォーチェが中団のやや後ろ。一方、アヌラーダプラは中団前につけ、あっという間にレースは中間点を通過。ここでカメラが切り替わると、内4頭、外14頭と、馬群が大きく二つに分かれていたことがはっきりとし、再び歓声が上がった。

残り400m。ここでスティクスがスパートをかけ、先頭を奪い返してリードは2馬身。これを、過去の優勝馬オールアットワンスとライオンボスが、同じく内ラチ沿いから追うも、そこからは、外に進路を取った馬の末脚が優勢に。

残り150mでシンシティが先頭を奪い返して逃げ込みを図るも、レジェーロを挟んで、ビリーバーとロードベイリーフが勢いよく追い込んでくる。そして、最後の最後。もう一段加速したビリーバーが1馬身抜け出すと、杉原騎手のガッツポーズとともに見事1着でゴールイン。粘ったシンシティが2着を守り、半馬身差の3着にロードベイリーフが続いた。

良馬場の勝ちタイムは54秒4。当レース3度目の挑戦で勝利したビリーバーが、デビュー12年目の杉原騎手、開業29年目の石毛調教師とともに重賞初制覇。モンテロッソ産駒もJRAの重賞初制覇で、直線競馬でお馴染みのミルファームも、初めて所有馬が重賞を制した。

各馬短評

1着 ビリーバー

レース中間点でも、中団より後ろの位置。それでも外にこだわったため、前がなかなか開かなかったが、開いてからは一気の伸び脚。実質、脚を使ったのは最後の250mで、それでも最後は突き抜け、悲願ともいえるタイトルを獲得した。

当レースには過去2回出走し、2020年は勝ち馬と同タイムの3着で大いに見せ場を作ったものの、2021年は11着と大敗した。そして迎えた今回。7歳という年齢も懸念されたか、絶好枠でも7番人気に留まったが、見事3度目の正直で勝利してみせた。

血統面では、シーキングザゴールドを持つ馬が5年連続連対。当レースと、抜群の相性をみせている点は見逃せない。

また、3着内に牝馬が2頭。牡馬が1頭入ったのは、これで7年連続。もちろん、来年もそうなるとは言い切れないが、牝馬優勢のレースであることは間違いなさそう。

2着 シンシティ

個人的には「枠に恵まれたとはいえ、さすがに人気しすぎでは……」という印象を持っていたが、何のことはなく2着に好走。それも、スタートからゴールまで終始見せ場を作り、スティクスとともに最も強い競馬をした。

父サウスヴィグラスは、日本のダート史に残る名種牡馬で、特にNARでは史上最高レベルの大種牡馬。そのとおり、産駒はほぼダート専門で、JRAの芝の重賞は、のべ22頭目にしてこれが初の馬券圏内だった。

3着 ロードベイリーフ

自身より内枠に入った4頭は、すべてスタート後、内ラチ沿いへ。対照的に、ものすごい勢いで外へと進路を取った本馬は、最後方からの競馬に。それでも、ビリーバーを上回るメンバー最速の上がりを繰り出し、十分に見せ場を作った。

2走前の韋駄天Sで2着と好走しているが、前走のCBC賞は6着。そのCBC賞は、今村騎手の好騎乗こそあったものの、明らかに前有利のレース。今回、ロードベイリーフが好走したことにより、CBC賞で差し届かなかったタイセイビジョン、スマートリアン、メイショウチタンの今後にも注目が必要になった。

もちろん、ロードベイリーフ自身も、次走以降、直線コースで外枠を引いた際は、注目したい。

レース総評

全体的には平均ペースながら、真ん中の3ハロンはすべて10秒台。どちらかといえば、差し馬が上位に台頭した。

そのため、先行したシンシティや、内ラチ沿いから粘ったスティクスには一定の評価が与えられるべきで、内枠からスタートして3着に追い込んだロードベイリーフも、当コースで外枠を引いた際は大いに注目したい。

上述したとおり、人馬を含め、初物づくしの勝利を飾ったビリーバーは、生産、馬主とも、直線競馬ではお馴染みのミルファーム。新潟の直線1000mが創設されて以来、同場生産馬の出走数は第3位(1位は社台F、2位はノーザンF)だが、牧場の規模を考えれば、遜色ない数といえる。

また、ミルファーム所有馬の当コース出走頭数は断トツの1位で、勝利数の18勝も、もちろん1位。同場の所有馬が、直線競馬の2歳未勝利戦に多数出走することは、夏の新潟の「恒例」で、白、赤格子、赤袖の勝負服が横一列に並ぶ光景は、壮観の一言。一部では「ミルファーム祭り」とも呼ばれている。

しかしながら、そのコースの頂点ともいうべきアイビスサマーダッシュを、同場生産馬および所有馬が勝利するのは、今回が初めてだった。

また、同じくこのレースで初めて重賞を制したのが、ミルファームの主戦ジョッキーでもある杉原誠人騎手と、管理する石毛調教師。

直線競馬に強い杉原騎手は、とりわけ外枠に入った際の好走率が高いが、今回のビリーバーは、2分の1の抽選をくぐり抜けての出走で、なおかつ好枠をゲット。勝つときは、何もかもが上手くいくといわれるが、もし、抽選が逆の結果になっていれば、この初物づくしの勝利は実現していなかった。

かつて、西田雄一郞元騎手(現・調教師)が「アイビスサマーダッシュは、僕の中でのダービーだと思っている」と語ったように、「直千」競馬は、多くの人馬にとって特別な舞台。

前日の土曜日。デビュー21年目にして初の重賞制覇を飾り、お立ち台へと上がった黒岩騎手と、アイビスサマーダッシュを制した杉原騎手。喜びを噛みしめるように、それでいてしっかりと言葉を紡ぎ出した二人の姿は、心からの「おめでとう」を言わずにはいられないほど美しく、本当に素晴らしいものだった。

写真:かずーみ

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