[重賞回顧]重賞制覇は一陣の風 春雷はインを切り裂く夏風に〜2022年・キーンランドC〜

6月の函館スプリントSから幕を開けたサマースプリントシリーズも、気づけば後2戦を残すのみ。秋の大一番、スプリンターズSに向けて重要な一戦となるこのキーンランドCは、G3に昇格してから16回目の開催となる。直近10年の勝ち馬を並べてみても、カレンチャン(2011)、パドトロワ(2012)、ナックビーナス(2018)、ダノンスマッシュ(2019)と、本番のスプリンターズSで優勝ないし好走を果たした馬達の名前が並ぶ。

一方で、最低人気ながらビービーガルダンやキンシャサノキセキを撫で切ったタニノマティーニ(2008)、休養明けから地道に力をつけて重賞2勝目を穴人気で遂げたウキヨノカゼ(2015)、9歳にして13頭立て12番人気で初重賞制覇を果たしたエポワス(2017)など、荒れたレースとなることもしばしば。ハンデ戦らしくごった返した叩き合いもよく見受けられるため、予想に頭を悩ませる競馬ファンも数多いだろう。

本年の1番人気はトウシンマカオ。NHKマイルカップ8着からの参戦となるが、古馬初対決にもかかわらず抜けた1番人気に推されていた。前年の朝日杯、NHKマイル共に1マイルはやや長いような印象もあり、400m短縮されたここならという見方が強かったか。鞍上もWAJSで上位につけていた川田騎手に乗り替わり、磐石の体制。

2番人気はこれも3歳の若駒ウインマーベル。3連勝で葵Sを制し、その突き抜け方が強かったことが評価された。引き続き、松山騎手が手綱を取る。

上位1.2人気こそ若駒2頭に譲ったが、歴戦の古馬勢も黙ってはいない。前走、函館スプリントSが初の重賞挑戦ながら鋭い末脚でナムラクレアの2着に突っ込んだジュビリーヘッド、北海道の短距離で無類の安定感を誇るヴァトレニ、一昨年覇者でここが復帰初戦となるエイティーンガールまでが1桁オッズの支持を受け、人気こそ落としたもののサマースプリントシリーズを戦い抜いてきたヴェントヴォーチェ、ビリーバーなどのシリーズ上位を狙う馬達も参戦。さらに函館スプリントSで復調の兆しを見せた前年覇者レイハリアなども参戦し、各馬オッズこそ離れていたものの倍率にそれほど大きな離れはない。混戦模様で、今年のキーンランドCは幕を開けた。

レース概況

バラけたスタートではなかったが、エイティーンガールがやや置いていかれる。それ以外の各馬はほぼ横並びで進んでいった。前年覇者レイハリアが函館スプリントS同様前へと出していき、それに江田照男騎手跨るオパールシャルムが競りかける。ここが初のスプリント戦となるジェネラーレウーノもしきりに手綱をしごかれるが、やや行きっぷりが悪い。内のヴァトレニと並んで3番手となった。

その後ろはやや固まり、1番人気のトウシンマカオは馬群の外、2番人気のウインマーベルは最内と対照的な位置へ。彼らの間にマイネルジェロディとシゲルピンクルビーが位置し、先行集団での戦いが多かったマウンテンムスメもこの日は後ろから。各馬が外へと進路を取る中、ヴェントヴォーチェとルメール騎手はピッタリとイン沿いに進路をとっていた。

600m通過は34.5と、通常のスプリント戦よりもかなり遅い流れ。各馬ほぼ一団で勝負どころの4コーナーを迎える。

先団からジェネーレウーノが後退した以外はほぼ隊列変わらず最終コーナー。ここで最内をピッタリ回ってきたヴァトレニ以外の馬群は大きく横にひらけ、まるで新潟の最終直線かのように各馬が外目外目へと回していく。

コーナーワークも味方につけヴァトレニが2馬身程のリードを保って突き放す。そのままでは終わらせないとばかりに、真ん中辺りをスムーズに突いたウインマーベルがじわじわ伸び、さらにその外からオパールシャルム、馬場の外目に持ち出した1番人気のトウシンマカオも伸び始める。スタートが遅れたエイティーンガールもここでようやく大外からその姿を見せ始めた。

だが、外目を回した各馬の1番内、伸び始めたウインマーベルと最内で粘るヴァトレニの間に、大きく開いた道筋があった。

名手は、その進路を見逃さない。

左鞭が飛ぶと、赤い勝負服を纏った鹿毛の馬体がみるみるうちに伸び始める。二枚腰で粘るヴァトレニ、外から追い詰めるウインマーベル、その間にヴェントヴォーチェ。残り50mで、ヴァトレニとの差は無くなった。

残り30m、ウインマーベルすら上回る末脚で、前の2頭をまとめて交わし去ると、そのままゴール板を駆け抜けた。

5歳牡馬、12戦目にしての初重賞制覇は、なんとも鮮烈な差し切り勝ちを決めてみせたのだった。

上位入線馬と注目馬短評

1着 ヴェントヴォーチェ

前々走・函館スプリントSでの7着、前走・アイビスサマーダッシュでの9着から、見事な巻き返しを果たした。上位人気に推されていた前走からやや評価を落としていたが、直線開けた馬群の中、空いた内をしっかり突いて伸ばさせた末脚も勿論のこと、冷静にそのコース取りを選択したルメール騎手の手腕も改めて光る走りだった。

春雷Sを一気に差し切り勝ちした時の脚は、ひと夏超えた事で更に磨きがかかったか。優先出走権を獲得したスプリンターズSでも注意したい存在。

2着 ウインマーベル

ここが古馬との初対決となった同馬だが堂々の2着。これで1200m戦における馬券圏内も「8連続」となった。

父アイルハヴアナザーの産駒といえばダートの印象も強いが、同馬は完全に芝タイプなのだろう。それでいて、ダートでの代表産駒となっているアナザートゥルースやオメガレインボーに見受けられるしぶとい伸び脚は、しっかりと同馬にも受け継がれていて、ペースも関係なく発揮されそう。同じ3歳で現時点でサマースプリントシリーズの1位に輝いているナムラクレア同様、秋の短距離戦線で輝く可能性を秘めているのではないだろうか。

3着 ヴァトレニ

母チアフルスマイルがこのレースの重賞昇格後の初代勝ち馬となってから16年、その息子は3着に健闘した。

これで北海道シリーズは【4,0,1,0】。無類の安定感は、ここでもやはり健在だった。

各馬が横に大きく開く中、荒れているとはいえインの経済コースをピッタリと回ってきた事も味方した。荒れた馬場をこなせる強みを見せたことが、今後の彼のレース展開にどう向いてくるか。

4着 トウシンマカオ

1番人気の同馬は4着敗戦。

スローペースだった事も影響して、位置の差、そして4コーナーで開いた馬群の影響はかなり大きかったことだろう。

馬券圏外とはなったものの、やはりベストはこの距離という印象を受ける。NHKマイルCや朝日杯では最後止まっていた印象も強かったが、この日はしっかり最後まで脚を伸ばせていたことから、適距離は1200m、長くて1400mまでだろうか。

父ビッグアーサーも、適距離はスプリント。中団から後方に位置し、外を回した馬ではこの馬が最先着な事からも、今後のスプリント路線で輝ける可能性は十分だろう。

6着 エイティーンガール

一昨年の覇者は6着。武騎手も語っていたように、ペースが落ち着いた事が前をとらえきれなかった要因か。最後、後方からしっかり伸びてきているのは実力の証明。今後も小回りが利く短距離レースでは注意したい。

総評

開催終盤ともあってかなり内馬場が荒れていた。その為多くの馬が外を回さざるを得なくなったが、結果的に内内でコース取りを進められた3頭がそのまま上位入線に終わった。この3頭は荒れた馬場でも難なくこなせるという強さを見せつけた。

勝利したヴェントヴォーチェはこれが重賞初勝利。父タートルボウルは、ここのところシリーズで惜敗が続いていたタイセイビジョンの父でもある。思えば春、春雷Sでタートルボウル産駒ワンツーを決めた孝行息子2頭。お互い末脚が身上の持ち味でこのシリーズの好走、そして重賞制覇を叶えてみせた。この後はスプリンターズSで両頭が顔を揃えるかもしれない。

戦乱模様となっている短距離戦線。4月に同じ舞台で輝いた彼らが、再び最高峰の舞台で末脚を炸裂させることができるかどうか──。

北の大地から関東の千葉へ、その想いは引き継がれてゆく。

写真:hozhoz

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