あの長い直線に挑んだ勇者たち。マイネルレコルトの新潟2歳S

馬の気持ちがくみとれるわけではないが、勝手に想像してみたりすることはある。ようは妄想に近い。パドックに出てイレ込むのは大勢の人間に囲まれてしまい、緊張して舞い上がっているのではないか。レースが始まる直前、ゲート裏で尿をたすのは、プレッシャーからの一種の逃避だったり、出すものは出して、すっきりした気分で本番に向かおうという意図だったりするのではないか。役者が開場直前に劇場のトイレに駆け込む心理と似たものを感じる。

では、はじめて新潟競馬場の外回り第4コーナーを回ったとき、馬はどんな感想を抱くだろうか。

「遠い」

私は2001年夏、改修された直後に新潟競馬場を訪れたとき、最初に抱いた感想だ。ゴール前から直線1000mのスタート地点に目をやると、陽炎の向こうに置かれたゲートは揺れていた。返し馬でスタート地点へ走っていく馬はみるみる小さくなっていく。1キロ先とはこうも遠いのか。確かに日常生活で1キロに及ぶ直線道路に出会うことはそうはない。1キロ先から少し手前に視線を移すと、残り600mを示すハロン棒と外回り4コーナー出口に行き着く。直線1000mほどじゃないが、これがまた遠い。真夏の晴れた昼下がり、「6」のハロン棒もまた、陽炎に揺れていた。幻影でも見ているのかと錯覚しそうな記憶は、私の真夏の象徴であり、新潟競馬場の印象的カットでもある。

であれば、4コーナー出口から直線に向いた馬はゴール板が見えるのか。坂がない新潟なら、見えないことはないだろう。だが、馬の視力は人間でいうところの0.6~0.8程度と言われている。658m先にあるゴールポストははっきり見えていないかもしれない。いや、そもそもゴールがわかっていないのではないか。だとすると、直線に向いて広がる長い長い直線走路に不安や嫌気を感じてしまうかもしれない。北海道や福島を経験してきた馬の目に新潟の直線が飛び込んできたら、あまりのスケール感の違いに絶望感を抱いてしまうやもしれない。もちろん、馬は私ほど軟弱者ではないだろうから、そこまで恐れおののくことはない可能性もある。でも、きっと、

「遠い」

とは感じるのではないか。実際、新潟外回りが誕生した2001年以降、経験値の浅い2歳同士で競う新潟2歳Sでは、直前のレースが北海道や福島だった馬は勝ったことがない。同じ新潟コースを走った組がもっとも強く、ついで急坂に似たような絶望感を感じる中京や阪神、直線が長い東京と続く。なぜ、私が新潟外回り直線走路に馬が絶望感すら感じるのではという想像に至ったのには、理由がないこともない。遠い遠いゴールを目指して、直線を全速力で走り抜ける新潟2歳Sは、勝ち馬がその後、不振に陥るという現象がみられる。もちろん、すべてではないが、抜群の瞬発力を披露できる能力の高い馬がその後、勝てないのは不思議な気もする。そう、長い直線で抜群の瞬発力を試されるがゆえに、反動が出てしまうのではないか。それは肉体面もあり、精神面もあるだろう。あの直線を全速力で走るのは精神的にもキツイ。絶望感というワードはそんな想像から浮かんできた。4コーナーから見えるゴール板が遠いのは間違いない。

今の新潟コースになってから、新潟2歳Sを勝ち、2歳王者に輝いたが2頭いる。マイネルレコルトとセイウンワンダーだ。

新潟2歳チャンピオンとしてはじめて朝日杯FSを勝ったマイネルレコルトは6月福島開幕週の芝1200mでデビュー。主戦を務めることになる後藤浩輝騎手を背に、先手をとったミラクルポイントの番手につけ、あっさり抜け出し、当時の2歳コースレコードで快勝した。父チーフベアハートは現役時代、北米の芝中距離戦線で活躍し、ブリーダーズCターフなどGⅠ3勝、エルコンドルパサーが勝った1998年ジャパンCにも出走し、4着だった。産駒は幅広い距離で活躍したが、マイネルレコルトは短距離もこなすスピードとセンスを持ちながら、明らかに距離の融通を感じさせた。

次走は新潟内回り芝1400mのダリア賞。新潟内回りの直線は外回りよりちょうど300m短い358.7mで、感覚的には福島Aコース292.0mに近い。このレースには小倉芝1200mの新馬戦を2歳コースレコードで勝ったツルマルオトメが出走していた。快速ツルマルオトメが軽快に飛ばすなか、マイネルレコルトは序盤、周囲におくれをとる形になり、中団に控えるも、4コーナー手前で一気に動き、ツルマルオトメに並んでいく。後藤騎手が相手の脚色を入念に観察し、直線に入ってから仕掛け、残り200mでツルマルオトメをとらえ、先頭へ躍り出る。またもスピードとセンスあふれる走りを披露し、デビューから連勝を飾った。

そして、3戦目。新潟2歳Sを迎える。さらに200m距離を延ばし、いよいよマイル戦に挑戦する。同じ新潟でも、今度は外回りだ。直線はダリア賞より300mも長い。さて、どう組み立てるのか。そして長い直線をどう攻略するのか。相手は当時、新馬を勝ったばかりのインティライミやショウナンパントル。のちに前者はディープインパクトのダービーで奇襲を仕掛け2着に敗れ、後者は阪神JFを勝ち、2歳女王の座に就く。そんな好素材もまだデビュー2戦目であり、ここではマイネルレコルトとは経験値の差が出てしまう。なにせ舞台は新潟外回りマイル戦。ショウナンパントルはデビュー戦で走ってはいるものの、重賞は流れとプレッシャーが違う。インティライミは小倉芝1800mしか経験していない。さぞ、走れども走れどもゴールが来ないという未知なる心持ちだったにちがいない。最終的には差を詰め切れず、6着に敗れた。

マイネルレコルトは周囲の動きを気にすることなく、マイペースを決める。先行することもなく、後ろに下がることもなく、これぞまさに泰然自若というもの。リズムを整える後藤騎手もさすがだが、無駄なことを一切しないマイネルレコルトも大したもの。2歳とは思えぬナチュラルな走りで流れに乗る。前半800m48.8とゆったりした入りでレースは進む。最後に待ち構える長い直線を意識するこのコースはスローペースが定番だ。こうなれば、最後の直線は究極の末脚比べになる。裏を返せば、後ろにいては瞬発力の限界を越えなければならない。だからこそ、マイネルレコルトの好位の後ろという位置は絶妙だった。

馬群を引っ張るアイルラヴァゲインに好位からショウナンパントルが並んでいく。マイネルレコルトは未体験の外回り直線に動じた様子はなく、まるでその攻略法が頭に入っているかのように、直線に入ってからギアを一段ずつ上げるように自然な加速で、前を行くショウナンパントルとの間合いを詰めていく。内回りとの合流地点を通過した残り300mすぎにトップギアに入る。これも絶妙なタイミングだ。先にトップスピードに入ったショウナンパントルの脚色が若干鈍りはじめたところに、外から交わしに行く。ショウナンパントルに抵抗させるスキを与えない完璧な立ち回りだった。あの長い直線は、仕掛けどころひとつで馬の気持ちも変わる。遅ければ、「もう届かないよ」と諦められてしまうし、早ければ、「ゴールはまだか、もう我慢できない」と気持ちを切らしてしまう。丁寧にひとつずつギアチェンジをし、半分を過ぎたあたりでトップスピードに乗せつつ、先を行く馬たちに並びかける。これがひとつの理想形であり、マイネルレコルトの立ち回りはまさにその通りだった。後藤騎手のなかで、マイネルレコルトならば、そんな理想的な競馬を実行できるという確信があったんだろう。そんな感性と実行力が後藤騎手最大の魅力だ。

完璧な競馬で未体験の新潟外回りを攻略したマイネルレコルトは、その後、京王杯2歳S5着から朝日杯FSを勝ちとった。長い直線の競馬場で連続して走り、トリッキーで直線が短く、あっという間にゴールがやってくる中山で2歳レコードを叩き出した。こうして書けば、マイネルレコルトのセンスがいかに高かったか伝わるのではないか。馬だって直線の長い短いぐらいは感じるはずだ。乗り手が示す攻略法に対し、従順に従い、異なるコースであっても力を出すのは、賢さゆえとしか言いようがない。

新潟2歳Sを勝ちながら、2歳王者になるという偉業を支えたものはここにある。

Photo by I.Natsume

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