春のクラシック、桜花賞、皐月賞、オークス、日本ダービーのうち、トライアルレースから本番に臨み勝利した最も直近の馬は、はたしてどの馬かご存知だろうか。
牝馬は、2021年のフローラS3着からオークスを制したユーバーレーベン。一方、牡馬は2018年のスプリングS2着から皐月賞を勝利したエポカドーロまで遡る。
これに対し、近年、一般的になっているのが、前哨戦を使わずGIからGIへと出走する「直行ローテ」。そのパイオニアともいうべき存在になったのが、エポカドーロと同じ年に牝馬三冠レースを駆け抜けたアーモンドアイである。
1月のシンザン記念を完勝したアーモンドアイは、そこから中89日の間隔を開けて出走した桜花賞で衝撃の末脚を発揮。一冠目を奪取すると、続くオークスも難なく勝利した。
さらに、それ以来5ヶ月ぶりの実戦となった秋華賞も制し、史上5頭目の牝馬三冠を達成すると、以後も引退レースとなった2020年のジャパンCまで、前哨戦を挟まず全てGIに出走。史上初めて国内外の芝GIを9勝し、歴代最強クラスの名馬となった。
一方、アーモンドアイが三冠を達成した1週間後。ラジオNIKKEI賞2着以来、3ヶ月半の休養を経て菊花賞を制したのがフィエールマンである。
長休明けの菊花賞馬といえば、皐月賞1着以来、中202日の間隔で勝利し二冠を達成したサクラスターオーを思い浮かべるが、同馬の場合は、ダービー直前に繋靱帯炎を発症したことが原因。それがなければ、ここまでの長休明けとはならなかっただろう。
そして、フィエールマンもまた菊花賞だけでなく、古馬になってからも3ヶ月以上の休み明けをむしろプラスの材料にし、天皇賞・春を連覇するなど活躍。名ステイヤーとなった。
こうしてみると、直行ローテが一般的になったのは2018年からで、翌19年にはグランアレグリアがアーモンドアイのそれを大幅に更新する中111日で桜花賞を勝利。さらにその2年後には、ソダシがこれを7日更新して同レースを制するなど、前年の2歳GIから直行することさえ、もはや当たり前となった。また牡馬でも、サートゥルナーリアやコントレイルが、ホープフルSからの直行で皐月賞を勝利している。
では、トライアルレースの存在価値がなくなってしまったかというと、もちろんそんなことはない。クラシックに出走したい3歳馬の大半は賞金不足で、そういった馬たちがトライアルで優先出走権を獲得し大舞台に立つからこそ、クラシックはいっそう盛り上がるのである。
また、馬によって成長曲線が様々であることはいうまでもなく、過去のスプリングS出走馬を例にとっても、7着に敗れ皐月賞の出走権を獲得できなかったロジャーバローズが2ヶ月後に大逆転。サートゥルナーリアら皐月賞上位馬を撃破してダービー馬の座に就き、2014年の4着モーリスは、古馬になってから大ブレイク。最終的に国内外のGIを6勝し、年度代表馬に輝いた。
そして、2023年の牡馬クラシック戦線は、2歳GI勝ち馬がいずれも皐月賞に出走しないことを明言。近年まれに見る大混戦となり、皐月賞トライアル最後のレース、スプリングSにはフルゲートの16頭が出走。そのうち単勝オッズ10倍を切ったのは4頭で、最終的にセブンマジシャンが1番人気に推された。
デビューから2戦連続で上がり最速をマークし、連勝した本馬。続くホープフルSは前残りの展開に泣き、連勝はストップしたものの、勝ち馬から0秒4差の6着という惜敗だった。ところが、賞金加算を目論み中1週で臨んだ前走の京成杯も、2度の不利が響き3着に敗戦。賞金を加算できなかっただけに、ここはなんとしても出走権を手にしたい一戦だった。
わずかの差でこれに続いたのがデビューから2戦2勝のベラジオオペラで、今回が初の重賞挑戦となる。前走は、出世レースのセントポーリア賞を快勝しており、血統面でも三冠レースに縁のある一族の出身。また、横山武史騎手が継続騎乗することも、大きな注目を集める要因だった。
3番人気となったのがホウオウビスケッツ。新種牡馬マインドユアビスケッツの産駒で、こちらもデビューから2連勝中。その2戦は、中山芝1600mと東京芝2000mという全く異なる条件を逃げ切ってのものでセンスは高い。また、今回舞台となるのは持ち味の先行力が活かせそうな小回りコースで、注目を集める存在だった。
そして、4番人気に推されたのが、出走16頭中唯一の重賞勝ち馬オールパルフェ。こちらも新種牡馬の産駒で、父は15年の当レース2着馬リアルスティール。今回のメンバーでGⅡのデイリー杯2歳Sを制した実績は抜けており、前走の朝日杯フューチュリティSも6着に敗れたとはいえ、速いペースで逃げ粘ったもの。結果次第で、皐月賞かマイルCのどちらに向かうかが決まるとのことで、巻き返しと2つ目のタイトル獲得が期待されていた。
レース概況
ゲートが開くと、シーウィザードが出遅れ。ウィステリアリヴァも後方からのレースとなった。
一方、前は最内枠のグラニットが好スタート。1コーナーのカーブで2馬身半のリードを取り、戦前に激化すると予想された先行争いは、あっさりと決着した。
これに続いたのがシルトホルンとホウオウビスケッツで、ここまでの4戦すべてで逃げていたオールパルフェは、3馬身差の4番手に。そこから2馬身差でハウゼとドンデンガエシが併走し、さらに2馬身半差の中団にベラジオオペラとメタルスピードが位置。そして、1番人気のセブンマジシャンは後ろから4頭目を進んでいたものの、早くもやや押っつけながらの追走となっていた。
前半800m通過は47秒3。1000m通過も59秒4と、馬場を考えれば速い流れ。全体はかなり縦長の隊列で、先頭から最後方のシーウィザードまでは20馬身ほどの差となっていた。
そんな速い流れでも、逃げるグラニットに騎乗する嶋田騎手は、後続とのリードをさらに広げようと、勝負所の3、4コーナー中間から手綱を押し始める。これにより、2番手シルトホルンとの差は3馬身半に広がったが、一方、最後方に下がったトーセンアウローラ以外の14頭は10馬身ほどの一団となり、レースはそのまま最後の直線勝負を迎えた。
直線に入ってもグラニットの逃げ脚は衰えず、リードは2馬身半。シルトホルンに替わってホウオウビスケッツが2番手に上がり、馬場の真ん中からメタルスピードとオールパルフェ、外からベラジオオペラとパクスオトマニカが前2頭を懸命に追う。
その後、ホウオウビスケッツが坂上で先頭に立つも、残り30mで前2頭をまとめて差し切ったベラジオオペラが1着でゴールイン。粘ったホウオウビスケッツが1馬身1/4差2着に続き、ゴール寸前でグラニットを捕らえたメタルスピードが3/4馬身差で3着となった。
重馬場の勝ちタイムは1分48秒9。デビュー3連勝を飾ったベラジオオペラが、一族2頭目の皐月賞馬へ一歩前進。管理する上村洋行調教師は、開業5年目で嬉しい重賞初制覇となった。
各馬短評
1着 ベラジオオペラ
過去2戦は2番手追走から抜け出す競馬だったが、いきたいメンバーが多数いた今回は中団からのレース。実際、そのとおりの速い流れとなったが、こういうレース展開になっても後方一気が決まることは少なく、この馬が位置していた中団がウイニングポジションに。結果的に、併走していたメタルスピードも3着に食い込んでいる。
過去2戦、直線の長いコースで33秒台の上がりを使っているものの、今回とは真逆の遅い流れ。瞬発力タイプではなく、長く良い脚を使える持久力タイプで、ダービーより中山でおこなわれる皐月賞でこそ、強みを活かせるのではないだろうか。
また、かなり先の話になってしまうが、秋のセントライト記念や、同じく直線が短く持久力勝負になりやすい宝塚記念に出走することがあれば注目したい。
2着 ホウオウビスケッツ
道中のペースを考えると、逃げたグラニットと3番手を追走したこの馬が最も強い競馬をした。
母ホウオウサブリナはルーラーシップ産駒で、その父がキングカメハメハ。一方、母の母マンファスはキングカメハメハの母。つまり、マンファスの3×2という強烈なクロスを持っている。
対して、父のマインドユアビスケッツは、現役時ダートで25戦8勝の成績を残しGI3勝。産駒デビューする前はダート向きの種牡馬と思われていたが、予想以上に、芝のレースでも実績を残している。
これで思い出すのが、2022年の皐月賞を制したジオグリフの父ドレフォン。同馬もまたダート向き種牡馬と思われていたが、初年度産駒からクラシックの勝ち馬を輩出した。そのため、今年の皐月賞も馬場が渋り昨年と同じような持久力勝負になれば、再びの好走があってもなんら不思議ではない。
3着 メタルスピード
道中はベラジオオペラと併走し中団8番手に位置。その勝ち馬は勝負所で外を回し、こちらはロスを抑えて馬場の真ん中を通ったが、この日はやや外伸びの馬場。その分の差と、スタートでわずかに出遅れたことが結果的に響いた。
中山コースはこれで5戦2勝3着2回と相性が良く、前走から中1週と間隔を詰めてもパフォーマンスは落ちなかった。また、デビューから30kg成長しているが、中山芝2000mに限って、シルバーステート産駒の成績が良くない点は気になる要素。
同産駒は芝2000mを得意とし、前日の若葉Sでもワンツーを決めているが、中山芝2000mは、なぜか[2-2-1-23/28]と良くない(2023年3月19日まで)。データはあくまでデータだが、中山得意の同馬がこれを覆せるか注目したい。
レース総評
前半800m通過が47秒3で、12秒1をはさみ同後半が49秒5=1分48秒9と、かなりの前傾ラップ。データが残っている1986年以降のスプリングSで、前半800m通過がこれより速かったのは90、02、11年の計3回。また、1000m通過が今回(59秒4)より速かったのも、90年と02年の2回だけだった。
ただ、これらの2レースないし3レースはすべて良馬場でおこなわれており、なおかつ2011年は、東日本大震災の影響により阪神競馬場での開催。その点を考慮すれば、重馬場でおこなわれた2023年スプリングSの前半は、レース史上最速レベルのペースで流れていたといえる。
そのためレース上がりは37秒2を要したが、掲示板に載った5頭中、メタルスピード以外の4頭は、4コーナーを5番手以内で回っていた馬たち。戦前は逃げ争いが激化すると予想され、実際そうはならなかったものの、結局はグラニットがハイペースで逃げ、前哨戦にも関わらずかなりタフなレースとなった。
勝ったベラジオオペラは、3代母がオークス2着のエアデジャヴーで、その弟は二冠馬エアシャカール。さらに、エアデジャヴーの2番仔が秋華賞馬のエアメサイアということで、三冠レースの活躍馬が複数いる名牝系の出身。
一方、父はロードカナロアで、その父はキングカメハメハ。キングカメハメハ系種牡馬といえば、母系の良さを引き出すのが特徴だが、ベラジオオペラの母父はハービンジャーである。
ハービンジャー産駒で思い出すのが、2017年の秋。この年の10月開催は、週末に限って大雨や台風に見舞われ、中でも京都競馬場の芝は、史上最悪レベルといっても過言ではないほど悪化してしまった。
ところが、それを味方にして躍進したのがハービンジャーの産駒。まず、重馬場でおこなわれた秋華賞をディアドラが勝利し、産駒初のGI制覇を成し遂げると、1ヶ月後のエリザベス女王杯は良馬場でおこなわれたものの、前月の雨の影響で時計がかかり、またしてもハービンジャー産駒のモズカッチャンが勝利。さらに、稍重でおこなわれた翌週のマイルCSもペルシアンナイトが勝利するなど、わずか1ヶ月の間に、産駒がGI3勝という離れ業をやってのけた。
この活躍を見てか、翌18年に種付け。19年に誕生したのが現4歳世代で、産駒のナミュールとプレサージリフトが牝馬三冠レースで活躍。また、18年にはブラストワンピースが有馬記念を勝利したが、翌19年に種付け。20年に誕生したのが現3歳世代で、共同通信杯を勝利したファントムシーフや、弥生賞ディープインパクト記念3着のワンダイレクトが皐月賞に出走を予定しており、母父ハービンジャーのベラジオオペラにとって、これら2頭のハービンジャー産駒は強力なライバルとなるだろう。
さらに、スプリングSの前日、不良馬場でおこなわれたフラワーCを勝利したのも、やはりハービンジャー産駒のエミューだった。
そして、ベラジオオペラと同じく母の父にハービンジャーを持つ馬の稼ぎ頭が、週末の高松宮記念に出走を予定しているメイケイエール。ここに来てハービンジャーの血を持つ馬の活躍が目立っており、皐月賞も昨年のように馬場が渋って馬力が必要になれば、ハービンジャーの血を持つ馬が躍進する可能性は十分にある。
さて、皐月賞に向けたトライアル3レースは、このスプリングSをもってすべて終了。週末には毎日杯がおこなわれ、有力馬としてキングズレインやノッキングポイントが出走を予定しているが、皐月賞に出走可能な馬はほぼ出揃ったといえる。
前述したとおり、昨年は馬場状態や枠順が結果を大きく左右し、今年もそうなる可能性はあるが、現在の筆頭候補は、メンバーが揃った共同通信杯を勝利したファントムシーフ。そして、京成杯を完勝したソールオリエンスあたりだろうか。
これに続くのが、弥生賞ディープインパクト記念の勝ち馬タスティエーラと2着トップナイフ。朝日杯フューチュリティS2着から直行するダノンタッチダウン。さらにスプリングSを勝ったベラジオオペラと、きさらぎ賞の勝ち馬フリームファクシあたりが横一線。
ただ、冒頭でも書いたとおり、2歳GIの覇者がともに出走しないため抜けた存在はおらず、史上まれに見る大混戦。それだけに、トライアル出走組にもかなりチャンスはあり、前哨戦の重要性をこれまで以上に高めてくれることを期待している。
写真:あぼかど、水面