[重賞回顧]遅咲きのマル地馬ファストフォース。根性の二枚腰で待望のGI初制覇!~2023年・高松宮記念~

過去5年で2度100万馬券が出ているように、JRA重賞の中でも屈指の荒れるレース、高松宮記念。短距離戦、かつ基本的には能力が最も拮抗しているGIレースのため、枠順が結果に占める割合は少なくなく、「菜種梅雨」といわれる3月特有の天候もまた、結果を大きく左右している。

また、高松宮記念と対になるレースといえば、半年後におこなわれるスプリンターズSだが、両レースを連勝するか、同じGIを連覇した馬は、2018年のファインニードル以来、現われていない。

過去には、サクラバクシンオーやロードカナロアといった名スプリンターがこの路線で一時代を築いたが、2頭に共通しているのは、特に1200mで圧倒的な成績を残したことと、引退レースで最も強い勝ち方をしたこと。もちろん、このレベルを求めるのは酷だが、絶対的な強さを誇示するスターホースが近年の短距離界に出現していないことも、波乱を呼ぶ要素の一つではないだろうか。

そんな春のスプリント王決定戦に、前年の1~5着馬がすべて顔を揃えたものの、例年どおり大混戦。さらに、前日からの雨で、馬場はGI昇格後2度目となる不良にまで悪化し、混戦ムードにいっそう拍車をかけた。

出走18頭中、最終的に単勝10倍を切ったのは5頭。その中で、1番人気に推されたのはメイケイエールだった。

真面目すぎる気性と向き合いながらも、ここまで重賞を6勝。2022年も3勝をあげたが、GIの舞台では外枠が響いたか上位争いに加われず、前走の香港スプリントも5着に敗れてしまった。それでも実績上位は明らかで、この舞台でも重賞を2勝。今度こそのビッグタイトル獲得が期待されていた。

これに続いたのがナムラクレア。メイケイエールと同じミッキーアイル産駒の牝馬で、小倉2歳SとシルクロードSを勝利している点も同じ。他、函館スプリントSも合わせて重賞を3勝しており、こちらも実績上位の1頭。2走前のスプリンターズSは、外枠に入った馬で唯一掲示板を確保し、前走のシルクロードSも力強い末脚で快勝。そこから中7週と適度な間隔で臨む今回、待望のGI制覇が懸かっていた。

3番人気に推されたのがアグリ。カラヴァッジオ産駒の持ち込み馬で、セレクトセール2020の1歳市場において、税込1億1550万円で落札された高馬。デビュー当初は勝ちきれないレースが続くも、6戦目で1勝クラスを卒業すると、そこから一気の4連勝で重賞の阪急杯を制した。2代父スキャットダディは19年の勝ち馬ミスターメロディの父で、血統面の後押しが見込まれ、連勝の勢いと相まってGI制覇なるか期待されていた。

以下、前年の2着馬で重賞2勝のロータスランド。16年の当レース勝ち馬ビッグアーサーを父に持つトウシンマカオの順で、人気は続いた。

レース概況

ゲートが開くと、ナランフレグが少し出遅れた以外は、ほぼ揃ったスタート。その中からキルロードが先手を取り、ウォーターナビレラ、ダディーズビビッド、オパールシャルムの3頭が併走。メイケイエールとアグリがこれに続き、その後ろは7頭ほどが一団となって、ナムラクレアとロータスランドもこの集団の中にいた。

前半600m通過は35秒6で、馬場を考えればミドルペース。先頭から最後方のグレナディアガーズまでは、13馬身ほどの隊列だった。

続く4コーナーでアグリが2番手集団に並びかけ、大外からウインマーベルもその直後へと進出。全体が10馬身ほどの差となり、レースは直線勝負を迎えた。

直線に向くとすぐ、逃げるキルロードにアグリが並びかけ、坂の途中で単独先頭。しかし、内からファストフォースがこれをかわし、同枠のナムラクレアもアグリをかわして2番手へ。さらに、内ラチ沿いからトゥラヴェスーラが末脚を伸ばし、上位争いはこれら3頭に絞られた。

その後、残り100mでナムラクレアが先頭に並びかけようとすると、ファストフォースが二枚腰を発揮してもう一伸び。再び1馬身のリードを取ると、そこから差が詰まることはなく、最後は団野大成騎手のガッツポーズも飛び出し1着でゴールイン。あと一歩届かなかったナムラクレアが惜しくも2着となり、1/2馬身差3着にトゥラヴェスーラが続いた。

不良馬場の勝ちタイムは1分11秒5。根性の走りを見せた7歳馬ファストフォースが、デビュー5年目の団野大成騎手、開業10年目の西村真幸調教師とともに、GI初制覇を達成した。

各馬短評

1着 ファストフォース

前半はやや押っつけての追走となったものの、先行集団の直後に位置。直線では馬場の中央、伸びるか伸びないかギリギリのところに進路をとり、一旦はナムラクレアに並びかけられたものの、驚異の二枚腰を発揮。再び突き放して、ビッグタイトルを手にした。

21年のCBC賞で初重賞制覇を成し遂げた際は、当時の日本レコードで勝利していたため、馬場悪化が懸念されたが、実は、芝の良馬場以外でも7戦2勝2着2回。特に、苦手としているわけではなかった。

7歳のベテランで、CBC賞以来1年8ヶ月ぶりの勝利となったが、直近5走でも、重賞で2着2回と元気いっぱい。4月末に香港でおこなわれるチェアマンズスプリントプライズも視野に入れているそうだが、芝の短距離戦は世界屈指のレベルにある香港でどういった走りを見せるか、注目が集まる。

2着 ナムラクレア

ほぼ完璧なレース運びでビッグタイトルに手をかけたが、最後の最後で勝ち馬の意地と根性に屈し、わずかに及ばなかった。

とはいえ、GI未勝利の4歳牝馬が当レースで連対したのは、GI昇格初年度の勝ち馬フラワーパーク以来27年ぶりの快挙。右、左回り。小回り、大箱など関係なく、どんな条件でも常に上位争いを演じ、今回を含めた全12戦でいまだ掲示板を外していない。

短距離路線のトップグループにいることは間違いなく、父ミッキーアイルの主戦を務めた浜中騎手とともに、産駒初のGI制覇が期待される。

3着 トゥラヴェスーラ

例年であれば好枠となる内枠を引いたが、今回に関してはそれが仇になってしまうような馬場。それでも、丹内騎手が迷うことなく内ラチ沿いに誘導して末脚を伸ばし、あわやの場面を作った。

8歳シーズンを迎えてもこの走りで、高松宮記念には3年連続出走し4、4、3着と毎回上位争い。いまだ重賞タイトルを手にしていないのが不思議なくらいで、この先重賞はもちろんのこと、ビッグタイトルを獲得することがあれば、非常にドラマチックな勝利となるだろう。

また、父はドリームジャーニーで、同産駒は2023年、特に3月に入ってから絶好調。1、3週目は出走がなかったものの、3月11日にスルーセブンシーズが中山牝馬Sを制するなど、2頭が1勝2着1回の好成績を収めると、この土日は4頭が出走。2着1回3着3回とすべて馬券圏内に好走し、4頭ともが二桁人気の激走だったから驚くほかない。

さらに、4月2日の大阪杯には、大将格ともいうべきヴェルトライゼンデがスタンバイしており、産駒初のGI制覇が期待される。

レース総評

前半600m通過が35秒6、同後半は35秒9=1分11秒5で、前後半はほぼイーブン。道悪になることが多い高松宮記念でも最も悪いレベルの馬場で、おそらくコパノリチャードが勝利した14年と同じくらいタフな馬場コンディションだった。

そんな過酷な条件で躍動したのが、7歳以上のベテラン勢。中距離戦に比べ、短距離戦は高齢馬が活躍しやすい舞台とはいえ、過去10年の高松宮記念で馬券に絡んだ7歳以上の国内調教馬は、2022年3着のキルロードだけ。それでも、そのデータを覆すように、4頭出走した7歳以上馬が1、3着に好走。さらに、前年覇者の7歳馬ナランフレグも4着と意地を見せたが、結果的には出遅れが響いてしまった。

勝ったファストフォースは、父ロードカナロアに母父サクラバクシンオーという、日本競馬史上最強レベルのスプリンターを掛け合わせた配合。キルロードもこれに当てはまるが、JRAでデビューしたこの血統構成の馬は20頭おり、そのうち6頭がオープンまで出世。さらに、サトノレーヴとサンキューユウガが、3勝クラスからオープン入りを狙っている。

ファストフォースに話を戻すとデビューは3歳6月と遅く、舞台は血統から想像もつかない阪神の芝2400mだった。しかし、結果は勝ったメロディーレーンから5秒遅れの12着に大敗。さらに、そこから2ヶ月で5戦するも勝ち上がれず、一度はホッカイドウ競馬に移籍していた。

その後、当地で4戦3勝の実績を残し、移籍前と同じ西村真幸厩舎に戻ると、1年後のCBC賞で重賞初制覇。そして今回、歓喜のGI制覇へと繋がったが、かつて地方競馬に所属した実績のある、いわゆる「マル地馬」の平地GI勝利は、02年の桜花賞を制したアローキャリーとマイルCSを勝利したトウカイポイント以来、実に21年ぶりの快挙だった。

一方、生産したのは名門・三嶋牧場。意外にも、ダノンキングリーで制した21年の安田記念が生産馬のGI初勝利だったが、翌22年はメイショウハリオが交流GIの帝王賞を制覇。そして今回と、これで3年連続のビッグタイトル獲得となった。

また、2022年から日本人ジョッキーのJRAGI初制覇が目立っているが、殊勲の団野大成騎手は、デビュー5年目で初のGI勝利。重賞は通算4勝目で、うち3勝を中京競馬場であげている。

その団野騎手。競馬学校の35期生で、この期は7名中5名がデビュー3年目までに重賞を勝利するなど実力派揃い。その中でも、近年はとりわけ岩田望来騎手の活躍が目立ち、2022年のJBCレディスクラシックでGI級初制覇を達成しているが、団野騎手もこれに続く格好となった。

競馬の花形といえば、やはり2週間後に始まるクラシック三冠レースだが、2400mでデビューした馬が、4年後に1200mのGIを勝利するのもまた競馬の面白さ。紆余曲折の末に、根性でビッグタイトルを手にしたベテランとデビュー5年目の若武者が描き出すサクセスストーリーは、まだ始まったばかりなのかもしれない。

写真:かぼす

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