JBC4競走に、米国のブリーダーズカップ。さらには中央競馬の4重賞と、競馬の話題に事欠かなかった11月最初の週末。イクイノックスがマークしたスーパーレコードの余韻冷めやらぬ東京競馬場で、伝統の長距離重賞アルゼンチン共和国杯がおこなわれた。
年に数回しか施行されない特殊な距離。ハンデ戦。フルゲートの18頭立てなど、予想を難しくさせる要素が満載ともいえたこの一戦。ただ、さほど人気は割れず、3頭が単勝10倍を切る中、1番人気に推されたのはゼッフィーロだった。
3月に御堂筋Sを制し、オープン入りを果たした本馬。その後3戦は勝利こそないものの、3、4、3着と好走し、中団から末脚を伸ばした前走のオールカマーも、GⅠ3勝タイトルホルダーにタイム差なしのところまで迫った。鞍上には、2日前のJBCクラシックを勝利し、前日に6勝。この日も10レースまでに3勝をあげていた絶好調のモレイラ騎手を配置。しまい確実に伸びる末脚を武器に、待望の重賞制覇が期待されていた。
これに続いたのが5歳せん馬チャックネイト。休養をはさみながら大事に使われ、13戦目の前走、六社Sを勝利し待望のオープン入りを果たした。ゼッフィーロと同じくここまですべて掲示板を確保し、安定感は抜群。また、アルゼンチン共和国杯は前走六社S組の好走が目立つレースで、重賞初挑戦、初制覇なるか注目を集めていた。
3番人気となったのがディアスティマ。ゼッフィーロと同じディープインパクト産駒ながら、こちらは先行力を武器とする馬。今回と同じコースでおこなわれた前走の目黒記念でも、逃げて2着と好走している。4歳時には天皇賞(春)で6着と健闘しており、重賞未勝利ながら実績は十分。6歳秋、待望の初タイトル獲得が期待されていた。
レース概況
ゲートが開くと、18頭横一線のきれいなスタート。その中からアフリカンゴールドが馬なりで先頭に立ち、アリストテレス、ジャンカズマ、アーティット、セファーラジエル、アサマノイタズラ、グランオフィシエが半馬身間隔で続いた。
一方、上位人気3頭は、チャックネイト、ゼッフィーロ、ディアスティマの順で、中団よりもやや後ろながら、ほぼ同じ位置。さらに、4、5番人気のヒートオンビートとマイネルウィルトスも、これら3頭の直後につけていた。
1000m通過は1分1秒0で、ゆったりとした流れ。先頭から最後方のレッドバリエンテまではおよそ14、5馬身の差で、18頭立ての長距離戦にしては、そこまで縦長の隊列にならなかった。
その後、残り1000mの標識を過ぎたところでアフリカンゴールドがやや後続を離し、リードは3馬身。対して、勝負所の3、4コーナー中間に差し掛かっても2番手以下の隊列に大きな変化はなく、続く4コーナーで17頭が一団となる中、レースは直線勝負を迎えた。
直線に入ると、逃げ込みを図るアフリカンゴールドに、外からマイネルウィルトスが襲いかかり、坂の途中で先頭。1馬身のリードを取った。ハーツイストワールがこれを追い、先頭に立つかと思われたものの、残り200mで脚色が鈍り、替わって内の狭いところをこじ開けて伸びてきたゼッフィーロが先頭に躍り出た。
焦点は2着争いとなり、粘るマイネルウィルトスにチャックネイトとヒートオンビートが迫るも先頭には届かず、後続に1馬身差をつけたゼッフィーロが先頭ゴールイン。マイネルウィルトスが2着を確保し、さらにそこからクビ差の3着はチャックネイトとヒートオンビートが同着となった。
良馬場の勝ちタイムは2分29秒9。内から末脚を伸ばしたゼッフィーロがオープン昇級4戦目で重賞初制覇。長距離路線に新たなスター候補が誕生した。
各馬短評
1着 ゼッフィーロ
道中は中団やや後ろに位置するも、4コーナーで後ろから4頭目までポジションを下げてしまった。しかし、内ラチ沿いぴったりを回ってロスを最小限に抑えると、今度は直線に向いてすぐに前が詰まったものの、わずかに開いた隙間を「マジックマン」モレイラ騎手が見逃すはずもなく、そこから末脚一閃。あっという間にマイネルウィルトスを交わし、そのまま押し切った。
とにかく終いは確実で、今回も含め6戦連続上がり最速をマーク。また、安定感抜群で5着以下がなく、どんな条件でも好走しているが、やはり直線の長いコースが最も力を発揮できる舞台ではないだろうか。
2着 マイネルウィルトス
早目先頭から押し切りを図るも惜敗。通算11回目の2着で、重賞では4回目。そのうち3回が東京芝2500mと勝ち切れないものの、コース巧者であることは間違いない。また、8枠17番からのスタートで勝ち馬とは通った位置の差が大きく、これ以上は望めないほど完璧な競馬だった。
年が明けると8歳だが、まだまだ衰え知らず。目黒記念や、三度アルゼンチン共和国杯に出走することがあれば、マークしなければならない存在。
3着同着 チャックネイト
重賞初挑戦のGⅡでいきなりの2番人気。思っていた以上に評価が高く、人気を下回る着順になってしまったものの、大健闘といえる内容だった。
この馬もまた安定感抜群で、14戦していまだ6着以下なし。ただ、瞬発力勝負になると分が悪く、前走のようなやや上がりを要する競馬が理想だろう。
3着同着 ヒートオンビート
前走の京都大賞典は、休み明けに加えて、開幕週特有の内有利、イン有利。さらに、渋った馬場で着順を落としてしまったが、叩き2戦目となる今回は一変した。
マイネルウィルトスと同じく東京芝2500mが得意で、今回も含めて[1-1-2-0/4]。天皇賞(春)4着の実績があるように相手なりに走る馬で、間もなく7歳シーズンを迎えるが、衰えは感じられない。
レース総評
最初の100m7秒3を除いた前半1200mは1分11秒5で、同後半が1分11秒1と、ほぼイーブン=2分29秒9。道中はゆったりとした流れになったものの、最も遅いラップでも12秒6と大きくペースが落ちるところはなく、終わってみれば2012年のルルーシュと並ぶレースレコードタイでの決着だった。
東京芝2400mと2500mは似て非なるコースといわれるが、同じ2500mでおこなわれる目黒記念とアルゼンチン共和国杯もまた、似て非なるレース。とりわけディープインパクト産駒の成績は顕著で、[1-4-4-21/30]の目黒記念に対し、2022年までのアルゼンチン共和国杯の成績は[0-1-0-23/24]。驚くほどの差がついている。
また、前走上がり最速をマークした馬も、過去5年のアルゼンチン共和国杯では[0-0-1-11/12]と不振だったが、今回勝利したゼッフィーロは、鬼門ともいえるこれらのデータを覆して優勝。
土日で計11勝という凄まじい活躍ぶりや、このレースの直線の進路取りなどは、まさに「マジックマン」モレイラ騎手の面目躍如といったところだが、GⅠ3勝のタイトルホルダーに前走タイム差なしのところまで迫ったゼッフィーロの実力も本物だった。
血統表から母系を遡ると、3代母がモネヴァッシアで、その母はGⅠ10勝の世界的名牝ミエスク(キングカメハメハの父の母)。2022年12月に引退した重賞3勝のテルツェットは本馬と似た血統構成で、こちらも3代母がモネヴァッシア。母父も同じくデインヒルダンサー(4分の3同血)。さらに、GⅠ馬のリアルスティールとラヴズオンリーユーの兄妹は2代母がモネヴァッシアで、これら4頭の父はすべてディープインパクトである。
そして、父ディープインパクトに母父がデインヒル系の種牡馬という組み合わせは成功パターン。ミッキーアイルとサトノアレスなどのGⅠ馬をはじめ、プリモシーンやサトノアーサー、ミッキーチャームなどの重賞ウイナー。さらに、エバーブロッサムやフィエロといったGⅠ連対馬など、活躍馬が続出している。
また、2007年の勝ち馬アドマイヤジュピタが翌年の天皇賞(春)を制して以降、アルゼンチン共和国杯は出世レースとなり、スクリーンヒーロー、ジャガーメイル、アーネストリー、トーセンジョーダンと、勝ち馬だけでなく2着馬からも後のGⅠウイナーが誕生。近年では、スワーヴリチャードやシュヴァルグランが、後にビッグタイトルを手にしている。
近年は菊花賞や天皇賞(春)など、3000m以上のGⅠでも活躍が顕著なディープインパクト産駒。もし、ゼッフィーロが2024年の天皇賞(春)に出走すれば、菊花賞馬ドゥレッツァや、2023年の覇者ジャスティンパレスと激突することになりそうだが、今回の勝ち時計は水準以上。コース取りが上手くいったとはいえ、直線で抜け出す際の脚も見所があり、半年近く先の話とはいえ、新緑の淀を舞台に躍動する可能性は十分にあるだろう。
写真:win