[2019年・中山記念]ウインブライトによる連覇、そこから巣立った名馬たちの軌跡を振り返る。

春は中山。
ようよう狭くなりゆく優駿への道、生き残りをかけて若駒たちは日々凌ぎを削り、おのおの道を究めし名伯楽たちは如月の暮れを以て厩の看板を静かに下ろし、めいめい大望を抱きし若人たちが弥生の明けとともに鞭一本で道なき道を切り拓かんと駆け出してゆく、早春。

時は2019年。

冬と春、結びと旅立ち、そして平成から次の時代へ。様々な節目を跨ぐように開かれたGⅡ、中山記念。

そこには、旅から戻り、また旅立たんとする秋の女王がいた。
再びの戴冠を目指す、春の中距離王がいた。
「史上最強」の前に砂を嚙んだ2歳女王がいた。
前年秋のマイル王が、そして皐月賞馬がいた。

そして5頭の王者を迎え撃つ「鬼」が、いた──。

実績も、目指す夢も異なる「つわもの」たちが、ひと時中山に集い、矛を交え、蹄跡を刻み、そして各々が目指す夢の続きへと旅立って行った。

今回振り返るのは、5頭のGⅠ馬が集い、5つのGⅠタイトルにつながった稀有なGⅡ、第93回中山記念である。


クラシック第1関門、皐月賞まで8週にわたって開催される春の中山開催。その幕開けを告げるのが伝統の古馬重賞、中山記念だ。

その歴史は古く、第1回が開かれたのは1936年。1957年以降は一貫して芝1800mで開催され、1974年には、稀代のアイドルホース、ハイセイコーが出走、大差勝ちを収めている。マイルと中距離のはざま、非根幹距離の舞台に集う面々は年によって来し方行く末千差万別。

メジロライアン(91年2着)、サイレンススズカ(98年1着)、ドリームジャーニー(09年2着)のように中距離王道に向かっていったものあれば、トウカイポイント(02年1着)、ジェニュイン(96年2着)のようにマイルを極めたものもいる。

はたまたクシロキング(86年1着)、サクラローレル(96年1着)のように春の盾をつかんだものあれば、ジャスタウェイ、ネオリアリズム、そしてパンサラッサ(それぞれ2014年、2017年、そして2022年1着)と世界への飛躍を遂げたものもあった。

そして、2019年。中山記念に駒を進めたのは11頭。
マイルから2頭、中距離から3頭と、レース史上最多、5頭のGⅠホースが集った。

1番人気は5歳牝馬ディアドラ。
2017年、史上2番目の多さとなるキャリア14戦目にして秋華賞馬となり、4歳時は春のドバイデューティフリー3着後返す刀で札幌、東京で重賞連覇、さらに冬の香港カップ2着と縦横に駆け抜けたタフネスである。

2番人気は4歳牡馬ステルヴィオ。
ノーザンファーム×サンデーレーシングの金看板を背負い、世代最初の2歳新馬戦快勝で新種牡馬ロードカナロアの一番星となり、前年秋のマイルチャンピオンシップでGⅠの頂を極めた俊英である。

3番人気は、こちらも4歳牡馬エポカドーロ。
前年の皐月賞で、冬のいわゆる「裏開催」小倉のあすなろ賞勝ち馬として史上初めてGⅠの檜舞台を制し、オルフェーヴルとの父子クラシック制覇を成し遂げた叩き上げである。

4番人気は5歳牡馬スワーヴリチャード。
ダービー2着の悔しさを翌年の大阪杯、向こう正面からの大まくりからの勝利で晴らした貴公子である。

6番人気にとどまったのが4歳牝馬ラッキーライラック。
3連勝で父オルフェーヴルに初GⅠをささげた2歳女王となり、前哨戦のチューリップ賞まで完勝したにもかかわらず、牝馬三冠は「史上最強」の呼び声も高いアーモンドアイの前に完膚なきまでの完敗。捲土重来を期しての復帰戦である。

そして主役はもう1頭いた。ラッキーライラックを上回る5番人気に割って入った5歳牡馬、中山記念連覇を狙うステイゴールド産駒ウインブライト。中山ではここまで7戦4勝(うち重賞3勝)2着2回。皐月賞以外では連対を外したことのない、押しも押されもせぬ中山の鬼である。

単勝人気は上位6頭、ラッキーライラックまでがオッズ10倍未満にひしめくハイレベルの混戦模様。開幕週、晴れ、良馬場。

正面スタンド前、傾く西日に追われてまだまだ長く伸びるゲートの影に飛び込むように、11頭は早春の芝に飛び出していった。


1コーナーに真っ先に飛び込んでいったのはきっぷのいい逃げでファンを魅了し続けた重賞3勝馬マルターズアポジー。11秒台で飛ばしていく彼が作るペースで、1,2コーナー中間点で馬群はすでに縦長になっていた。

ラッキーライラック、エポカドーロ、ウインブライトが等間隔で点々と続く。中段にステルヴィオ、スワーヴリチャード、そして内にマルターズアポジーと同厩同オーナーのシベリアンスパーブを見ながらディアドラが続き、後方からは地方から果敢な挑戦を続けていたハッピーグリン、前年に6歳だオープン入りした遅咲きマイネルサージュ、障害帰りの9歳トルークマクトが追走して向こう正面に入っていった。

1000m58秒2を知らせる実況に場内がざわめく中迎えた3コーナー、まず私が目を奪われたのは2番手を往くラッキーライラックの伸びやかな走りだった。父オルフェーヴル譲りの栗毛を正面からの西日を浴びて輝かせ、鼻先から尻尾の果てまで真一文字にならんばかりに伸びやかなそのストライドでみるみるうちにマルターズアポジーに迫っていくその姿に、再びの栄光の兆しが、私には見えた。

直線に入った。

唸るようにラッキーライラックが先頭に立つ。
エポカドーロが間からじりじり前に迫る。
その内にスワーヴリチャードが潜り込む。
外からはステルヴィオが末脚を解き放つ。
後ろからはディアドラも懸命に前を追う。

そして次の瞬間、私の目に飛び込んできたのは、白い帽子に灰色の馬体だった。エポカドーロとステルヴィオの間から突っ込んできた、ウインブライトだ。

残り150m、松岡正海騎手の左ムチが入る。1・2・3・4・5発。

そして押す、押す、押す!

首の上下動まで推進力に変えようとするかの如く、五体の全てを投げ出さんばかりに叱咤する松岡騎手。

──最後の瞬間。

内粘りこむラッキーライラックをかわし、外から迫るステルヴィオを抑え、3頭の真ん中から鼻面を真っ先にゴール板に飛び込ませたのは、ゼッケン1番、ウインブライトだった。

2着ラッキーライラック、3着ステルヴィオ、4着スワーヴリチャード、5着エポカドーロ、6着ディアドラ。

並みいるGⅠホースを従えて、ウインブライトがカンパニー以来10年ぶりとなる中山記念連覇を達成した瞬間だった。

勝ちタイム1分45秒5は中山記念史上3位。
倒した相手からも、刻んだ時計からも、ウインブライトが限りなくGⅠに近い位置にいることは明白だった。

そしてこのレースの価値は、日を追うごとに、ますます高まっていく。
この日中山に集ったつわものたちが結実させた、夢のつづきによって。


63日後、香港、シャティン。

そこには高々と拳を突き上げながらクイーンエリザベス2世カップのゴール板に飛び込む松岡正海騎手とウインブライトの姿があった。日本調教馬として「平成最後のGⅠ馬」となったウインブライト。父ステイゴールドの大団円から17年5か月の時を超えて、その産駒が初めて香港のGⅠを制した瞬間だった。

158日後、イギリス、グッドウッド。

そこには60キロを背負い、狭い内をこじ開けて力強く抜けきったディアドラの姿があった。中山記念6着後ドバイ、香港、そしてイギリスに飛んでロイヤルアスコット開催と転戦したタフネスが、伝統のグロリアス・グッドウッド開催の中核をなすナッソーステークスを制し、日本産日本調教馬として史上初めてイギリスのGⅠを制した瞬間だった。

259日後、京都、エリザベス女王杯。

そこには「完全復活、ゴールイン!」「1年8か月の長いトンネル今抜けた!」の実況に迎えられ、久方ぶりのスポットライトを一身に浴びて輝く、中山記念2着ラッキーライラックの姿があった。3歳時にGⅠを勝てなかった2歳女王が古馬になって再びGⅠの頂に返り咲いた、史上初めての瞬間だった。

273日後、府中。

そこには3頭のダービー馬をも蹴散らし、こちらも約1年8か月ぶりの凱歌を挙げた中山記念4着スワーヴリチャードの姿があった。史上初めて外国調教馬の参戦がなく、また出走全馬が内国産種牡馬の仔で占められ、逆説的に言えば日本競馬の一つの到達点となったジャパンカップ。奇しくもその鞍上は8月のグッドウッドでディアドラを勝利にエスコートしたオイシン・マーフィー騎手だった。

そして287日後、再びシャティン。

中山の鬼から押しも押されもせぬ香港のスターとなったウインブライトの姿があった。ただ1頭日本からの参戦となったウインブライトは直線グイっと抜け出すと、全身を投げ出す松岡正海騎手にこたえ、ゴール直前ライアン・ムーア騎手とマジックワンドの強襲を凌ぎ切って1着。日本馬として、さらには地元調教馬以外としても初めてとなる、「同一年QEⅡ、香港Cダブル制覇」を成し遂げた瞬間だった(2年後にラヴズオンリーユーも達成)。

あの日、中山の春草の上で覇を競ったつわものたちのうち、実に4頭が、3つの国で、5つの大輪の花を咲かせた。

2023年2月現在、GⅠを除く古馬混合重賞において、出走した馬が「その後」「同一年」に「4頭」GⅠを制したレースは1986年以降唯一つ、この2019年中山記念のみである。

写真:かぼす

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