秋の交流Jpn1開幕戦、マイルチャンピオンシップ南部杯。
国内で未だ連対を外したことが無いチャンピオンホース・レモンポップが、初夏のJpn1さきたま杯を制して、今年も盛岡競馬場に姿を見せた。
さらには今年のフェブラリーステークスを制して王座奪還を狙うペプチドナイル、昨年の南関三冠馬ミックファイア、大井で重賞4勝をあげて帝王賞でも5着に好走したサヨノネイチヤ、盛岡移籍後にみちのく大賞典・青藍賞を制したヒロシクン、中央短距離路線の強豪を相手にサマーチャンピオンを制したアラジンバローズ、昨年に続き末脚勝負に懸けるタガノビューティーなど、各地で実績を積み重ねたメンバー14頭がレモンポップに挑戦した。
3連休は好天が続いて良馬場での開催、1番ゲートから駆けだしたレモンポップを挑戦者たちが追いかける大一番を、ナイター照明が明るく照らす。
レース概況
レモンポップがスタートを決めてハナに立ったのは昨年と同じだが、今年は簡単には逃げさせまいと、各馬が積極的に先行策をとった。
まずは隣の2番枠から出たミックファイア。頭を上げて1歩目こそ遅れたが、吉原騎手が押してレモンポップの真後ろのポジションを確保した。
さらに外からは盛岡で力をつけたヒロシクンが主戦の高松騎手と共にレモンポップに並びかける。サヨノネイチヤもヒロシクンと共に2番手争いに加わるが、その更に外──14番枠から絶好のスタートを決めたペプチドナイルが、レモンポップからハナを奪わんとする勢いで馬体を併せた。
引き込み線からコースに入るころには、レモンポップとペプチドナイルが互いに先頭を譲らない真っ向勝負が始まっていた。さらに3番手ポジションで内からミックファイア・ヒロシクン・サヨノネイチヤが続いて、その後ろにキタノリューオー・ダイシンビスケスが続く。中団にはキタノヴィジョン・アラジンバローズ・ウラヤ・タガノビューティーらがポジションを確保。ボウトロイ・マイネルアストリア・ゲンパチプライド・ゼットセントラルの地元勢4頭は後方からの競馬となった。
残り800mを過ぎた時点でレモンポップの半馬身差でペプチドナイルがマークを外さず2番手に。ヒロシクンがレモンポップのペースに苦しくなるが、ミックファイア・サヨノネイチヤは引き続き先行ポジションで追いかける。3コーナーでサヨノネイチヤ、ミックファイアが仕掛け始めるが、レモンポップは淡々と自らのペースを刻む。中団にいたタガノビューティーが5番手あたりまで追い上げはじめ、ダイシンビスケス・キタノリューオー・キタノヴィジョンはそのまま。コーナーではアラジンバローズの白地に緑線のメンコも見える。
コーナーを抜ける残り400m、ここで遂に坂井騎手の手が動き、レモンポップがラストスパートを仕掛ける。勿論、負けじと藤岡祐介騎手もペプチドナイルに鞭を入れる。しかしレモンポップは残り200mまで鞭を温存していた。1馬身差でプレッシャーを受けながら1600mを再び逃げ切って見せた。ペプチドナイルも終始レモンポップに食らいついたものの、3/4馬身差を埋めることが出来なかった。
2頭の後方ではミックファイアが外に持ち出して最後のひと伸びを狙うが、空けた内を突いてキタノヴィジョンがミックファイアを交わし残り100m地点で3着争いが入れ替わった。
しかしミックファイアはそこから他の後続馬に差されることなく4着を確保、アラジンバローズ5着、タガノビューティーは末脚届かず6着、サヨノネイチヤは最後はバテて8着。ヒロシクンは殿負けに終わったが、王者に挑んだ勇敢な走りでレースを終えた。
各馬短評
1着 レモンポップ 坂井瑠星騎手
追い切りの映像を見て「今回のレモンポップは調子が良くないのではないか」と思った人もいることだろう。
並走していた2歳新馬に遅れをとる走り、そして例年通り次走にチャンピオンズカップを控えるのであれば、ここは本調子ではないのでは、と思われた。
実際にレース後のインタビューで「最終追い切りは遅れて70点」というコメントも飛び出した。しかし、「70点なら勝てるのでは」と付け加えられた。
レースは終始ペプチドナイルや先行馬たちにプレッシャーをかけられる展開だったが、先頭を譲ることなく、見事に勝利を収めた。本当に強い馬にしか出来ないレースと言えよう。
次走に向けて、しっかりと仕上がったレモンポップの更なる力強い走りには期待せずにはいられない。
余談だが、最終追切でレモンポップに先着した新馬はデンクマール(父モーリス、母リリーノーブル)。南部杯と同日の東京5R新馬戦に出走、ルメール騎手に導かれて手綱を持ったまま東京1800mの芝コースを1着で駆け抜けた。稽古の相手が本調子ではないとはいえチャンピオンホースなら、ここは通過点だったのかもしれない。この馬の今後も期待しておこう。
2着 ペプチドナイル 藤岡祐介騎手
レモンポップがサウジカップ参戦のために不在だった2024年のフェブラリーステークスを制してG1馬の仲間入りを果たしたペプチドナイル。
実は3勝クラス時代に後のドバイワールドカップ勝ち馬ウシュバテソーロにも先着した実績があり、オープンクラスは3勝していた実績馬である。フェブラリーステークスは前半3ハロンをドンフランキーが33.9秒で飛ばすハイペースの流れを先行し、これまで走ってきた中長距離で培った持久力で他馬を競り落としてのG1制覇だった。
ペプチドナイルはかしわ記念でも雨を味方につけたシャマルを終始追いかけて3着と、決してフェブラリーステークス勝利がフロックではないことを証明。南部杯も3/4馬身差と持ち前のタフネスを存分に活かしてレモンポップを追い詰めた。今回の敗因は相手が強かったことに尽きる。
3着 キタノヴィジョン 石川倭騎手
「キタノ」の北所直人オーナー、そして美浦の萱野浩二厩舎からはキタノヴィジョン、キタノリューオーの2頭出しで南部杯に挑戦した。両人馬とも人気以上の好走を見せた。
キタノヴィジョンはダート1600m戦を走った経験がこれまで1度しかなく、主戦場は1800~2100m。脚質も後方からの末脚勝負タイプなので、レモンポップのペースをいきなり経験したのは馬も驚いたかもしれない。
そこで無理に先行せず、中団外から仕掛けるタイミングを待ったが、結果として前にいたG1級の2頭には離された。それでも、直線に入ったところでミックファイアが外を選んだのを見逃さず、石川騎手がラストスパートを仕掛けて3着確保は、10番人気を考えると大健闘と言える。
最近は勝ち星から遠ざかっているが、ハイペースを中段から差す馬なので、砂が入れ替わってパワー寄りになった大井コースや、更に距離を伸ばしてタフネス比べになるダイオライト記念等のレースが合うかもしれない。挑戦することを諦めなければ、どこかで結果がついてくるはずだ。
4着 ミックファイア 吉原寛人騎手
南関東三冠馬のミックファイアは地方馬代表として東京大賞典・フェブラリーステークス・かしわ記念と、3度古馬混合戦に挑んだ。大井の砂が変わってから初のレースだった東京大賞典の後、東京競馬場でのフェブラリーステークスでは前で粘るペプチドナイル目掛けて後方からの末脚勝負に加わり、7着入線。かしわ記念でも後方から位置を上げて5着に入り、現時点で他の地方馬には一度も負けていない。
かしわ記念に続いて吉原騎手とコンビを組んで、前回よりも前目のレースを選んだが、前の2頭をそのすぐ後ろで追いかける人馬には「挑戦者」の意地が見えた。最後こそ進路を外に切り替えたところをキタノヴィジョンにすくわれてしまったが、まだまだ馬は力があるし、高齢でも活躍するダート競馬の中でミックファイアはまだ4歳馬である。今後も長い目で打倒JRA勢への挑戦を見続けたい。
5着 アラジンバローズ 下原理騎手
中央でオープンクラスに上がってから壁に当たっていたアラジンバローズは、兵庫の新子厩舎への移籍初戦で鳥栖大賞を勝つと、続く東海菊花賞で2着、西日本地区のA級クラスで十分戦える姿を見せていた。しかし今夏緒戦の特別戦、続くマーキュリーカップをいずれも7着に終えてしまう。
夏3戦目に選ばれたのがこれまで経験のない1400m戦のサマーチャンピオン。本来開催予定だった8月29日は台風の影響で開催延期になり、9月1日まで出走を待つことになったが、地方移籍していたことで下原騎手が引き続き乗れる幸運も重なり、中段から差し切って交流重賞制覇を成し遂げる。勢いそのままに南部杯に駒を進めた。
下原騎手はロスを最小限にするためにスタート直後からインコースを確認し、残り1000m付近で内埒沿いを確保して脚を溜めることが出来た。
最後の直線ではキタノリューオーとの位置関係からそのままイン突きを決断。ミックファイア以上の末脚で5着入線を決めた。末脚自慢のタガノビューティー相手に半馬身差先着、4着ミックファイアまで残り1と3/4馬身差なので、脚の使いどころ一つでミックファイアに更に迫れたかもしれない。
アラジンバローズが次に走るのは交流重賞か、それとも地元のナンバーワンを目指して園田金杯に向かうのか、選択肢を増やした有意義な参戦だったと言えるだろう。
レース総評
戦前から「チャンピオンVS挑戦者たち」の構図で盛り上がった南部杯だが、レースは最後までレモンポップに合わせ続けたペプチドナイルをはじめ、イグナイター・サヨノネイチヤ・ヒロシクンが果敢にチャンピオンの背を追いかけて盛り上げた。直線こそ2頭のマッチレースになったが3着以下も粘って地力を証明したミックファイア、直線が空くことを信じて待ったキタノヴィジョン、最内から怯むことなく先行勢を差していったアラジンバローズなど、このレースに「挑んだこと」の意欲と「レース内容」でレモンポップのワンサイドゲームに見せなかったことは本当に各人馬が力を尽くした結果ではないか。
勿論、本調子では無いにも関わらず勝ち切って連覇したレモンポップは強い。しかし、その強さを示したのはレモンポップだけではなく、真っ向勝負でレモンポップに挑んだ人馬の功績ではないだろうか。
近年ではマイル戦を得意としたカフェファラオ以来の南部杯連覇、馬主のゴドルフィンの公式サイトには次走にJBCスプリントかチャンピオンズカップを選び、いずれかをラストランとする予定とのこと。実力を見せた挑戦者たちの中から、次はどんなチャンピオンが誕生するだろうか、今から来年が待ち遠しくなるレースだった。
写真:ライスサワー