![[重賞回顧]”勝ち筋”に迷いなし。ベテラン人馬、3度目の正直~2025年・札幌記念~](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2025/08/IMG_0886.jpeg)
午前中に雨が降った影響で、前日とは一変した馬場コンディションの札幌競馬場。
今年の札幌記念は、桜花賞馬ステレンボッシュや、G1好走歴のあるホウオウビスケッツ、クイーンステークスから中1週で挑んだ牝馬ココナッツブラウン、函館記念をレコードで制したヴェローチェエラとその2着ハヤテノフクノスケらが顔を揃え、混戦ムードに包まれた。
重賞実績のある馬が揃う中で、人気を落としたトップナイフと横山典弘騎手のコンビが、経験と執念を武器に虎視眈々と勝利を狙い、3度目の挑戦でついに札幌記念のタイトルをつかみ取った。
その戦略には、実力者たちを経験値で跳ね返すベテランの矜持が伺えたレースであった。
レース概況
ゲートが開くと、大きな出遅れもなく各馬が一斉に飛び出し、まずはケイアイセナがハナを主張。
アウスヴァールがそれを追って2番手からハナ争いに加わり、ホウオウビスケッツは無理をせず3番手で控える。
内からはハヤテノフクノスケも好位に取りつき、ショウナンアデイブ、ステレンボッシュ、リビアングラスら中団勢が横一線で追走。
やや離れてアルナシーム、ボーンディスウェイ、ココナッツブラウン、ヴェローチェエラなどが後方に構え、コスモキュランダ、トップナイフ、アラタも後方から。
最後方にはステイヤー色の強いシュヴァリエローズが控える形となった。
各馬が洋芝をめくり、土煙を上げながら1コーナーへ入っていく。
向こう正面に入ったところでは、先頭の2頭がレースを引っ張る中、隊列は大きく変わらない。
手綱を抑えられながらホウオウビスケッツが3番手、ショウナンアデイブ、ハヤテノフクノスケらが引き続き先行ポジションをキープする中、最後方からトップナイフが馬場の最内をスルスルと進出し、残り1000mを過ぎたあたりで既に先行集団に追いついていた。
ボーンディスウェイが中団から先行馬群に続き、外からはステレンボッシュ、アルナシーム、ヴェローチェエラらもじわじわ動きを見せ始める。
後方待機組も3コーナーに入る手前で仕掛け始めて、馬群をのみ込むタイミングを狙いながら動き始めた。
4コーナーを回って逃げていたアウスヴァールが一杯になったところにケイアイセナが並びかけ、雨で湿った稍重馬場での力比べが幕を開ける。
ホウオウビスケッツやハヤテノフクノスケも前を射程に入れるが、各馬が避けた最内からはすでにトップナイフが前との差を詰めていた。

直線に向くと、重い馬場に末脚が繰り出せない馬たちもいる中、前で懸命に粘り込みを図るケイアイセナに、トップナイフが内から鋭く迫る。
ホウオウビスケッツも満を持して仕掛けるが、いつもの伸びを欠き前に進めない。
最後方からインを突いたアラタが一気に差を詰め、大外からはココナッツブラウンとヴェローチェエラが追い上げる。
だが勝負を決したのは、トップナイフと横山典弘騎手のコンビだった。
抜け出したケイアイセナを残り100mで差し切り、ゴール直後のガッツポーズが会心の騎乗を示していた。
2着には大外から伸びたココナッツブラウン、3着には内を強襲したアラタが入り、波乱の決着となった。
ケイアイセナはアラタと差のない4着、後方から追い上げたヴェローチェエラは5着で掲示板を確保した。
各馬短評
1着 トップナイフ 横山典弘騎手
ここ2戦は力を出し切れない競馬が続いていたが、エプソムカップは半年の休み明け、函館記念はレコードの出る高速馬場と、明確な敗因があってのもの。
今回は返し馬の時点で横山典弘騎手が確かな手応えを掴んでいたと後に語ったように、本番では誰も選ばなかった最内を迷いなく選択。
直線では粘るケイアイセナを冷静に目標に定め、きっちり差し切るベテランらしい手綱さばきに応えてみせた。
2歳時には中山の荒れた馬場で争うホープフルステークスでも好走しており、タフなコンディションはむしろ歓迎。
雨に濡れた札幌芝は、まさに“恵みの雨”となった。3歳夏から挑戦して5歳夏、3度目の挑戦でついに掴んだ重賞初制覇、人馬共に待ち望んだタイトルを獲得した。

2着 ココナッツブラウン 北村友一騎手
クイーンステークスに続く中1週のローテーションながら、最後までしっかりと脚を使い切り、G1好走馬たちがそろうハイレベルな一戦で堂々の2着を確保。
トップナイフが最内から距離ロスなく進出したのに対し、こちらは馬群を避けながら外々を回しながらの追い上げ。
直線ではしっかりとギアを上げて、後続を寄せつけず2着争いを制した。上がりはメンバー中3位の35.5秒。今回は横山典弘騎手の勝負勘に一歩及ばなかったが、北村友一騎手のエスコートに従って、自身の競馬は完璧にこなしてた“負けて強し”の内容だった。
スピード・瞬発力に優れたこの馬にとって、雨で力を要した洋芝の馬場コンディションは決してベストとはいえなかったはずだが、3歳夏の経験と現在の出来の良さでカバーしてみせた。
力強く伸び切ったこの夏のレースぶりは、今後のG1戦線に向けても大きな収穫となった。
エリザベス女王杯など牝馬限定戦であれば、牡馬相手にこれだけ戦えた経験が活きてくるだろう。
3着 アラタ 浜中俊騎手
16頭立て13番人気と、近走成績からも軽視されがちだったが─その評価を見返すような末脚一閃。
札幌の力を要する馬場で、メンバー中最速となる上がり35.0秒を記録し、接戦の3着争いを力強く制した。
4歳時の福島記念3着を皮切りに、昨秋7歳秋にして福島記念を最重量ハンデ57.5キロを背負って勝利するなど、毎年のように重賞で見せ場を作ってきた実力馬。
近走は長めの距離を使って結果が出なかったが、今回のような渋った洋芝+消耗戦の流れはまさにうってつけだった。他の馬が足を取られる馬場でも、アラタはパワフルに駆け抜けてみせた。
1つ年上の9歳世代の実力馬たちが次々とターフを去っていく中、「まだまだ忘れてもらっちゃ困る」とばかりに、最内強襲で勝負に出た浜中俊騎手の判断も光った。4コーナーではロスなく立ち回り、直線はケイアイセナとの叩き合い─ベテランらしい執念と勝負根性で、見事に馬券圏内へ飛び込んできた。
年齢を重ねた今でも、馬場さえ向けばこれだけの脚を使えるアラタ。
次走も道悪やパワー馬場、ハイペースの消耗戦が予想されるレースなら、軽視は禁物だ。
5着 ヴェローチェエラ 佐々木大輔騎手
サッカーボーイの金字塔を打ち破った函館記念のレコード勝ちに続き、札幌記念でも堂々たる走りを披露。デビュー以来常に2000m以上の中長距離戦を走り、距離をこなす中で培ったスタミナと、前走で示したスピード能力を武器に、洋芝のタフな馬場で真っ向から勝負に挑んだ。
雨の影響で力を要する馬場状態となったが、最終追い切りで見せた重心の低い走りからも、コンディション自体は苦にせず。
勝負どころではロスを承知で外から動く競馬を選び、先に仕掛けたココナッツブラウンや、インを突いたトップナイフ・アラタには及ばなかったものの、アラタに次ぐ上がり2位の35.1秒で後方から猛然と追い込んだ姿は、地力の証だ。
夏の2戦で高速決着にも力勝負にも、しっかりと対応できたことは陣営にとっても大きな収穫。
今後は距離適性や馬場への対応力を活かし、G1戦線への挑戦も視野に─。
この夏勢いに乗る佐々木大輔騎手とともに、秋以降の一線級との対決が楽しみな存在だ。
レース総評
道悪となった札幌の芝コースで繰り広げられた真夏の中距離決戦。
その勝負を制したのは、ここまで重賞であと一歩届かないレースが続いていたトップナイフだった。
横山典弘騎手は、返し馬から馬の気配を読み取り、勝負どころでは誰も通らなかった内ラチ沿いを迷いなく突き進むという、まさに横山典弘騎手の真骨頂ともいえる大勝負の手に出た。
道中からスルスルとポジションを上げ、直線で前を行くケイアイセナを冷静に追い詰めたその判断力は、まさしく歴戦の名手ならではの冴えが光る采配だった。
そしてその“ヴィクトリーロード”ができたわずかな空間を見逃さなかったのが、13番人気ながら最速の上がりで突っ込んできたアラタと浜中俊騎手。
こちらもまた、歴戦の経験と意地が導いた一撃であり、ベテラン勢の存在感がレース全体を引き締めた。
その中に挑んだのは、クイーンステークス2着から中1週のローテーションでも元気いっぱいに駆け上がってきた牝馬ココナッツブラウン、そして函館記念でレコードを打ち立てたヴェローチェエラら“新星”たち。
いずれも一歩も引かぬ走りを見せ、雨に濡れたタフな馬場での激闘は、世代や立場の違いを超えた真っ向勝負となった。
ベテランの経験と直感、そして次代を担う挑戦者たちのぶつかり合い—それを制したのは、いま改めて重賞での“勝ち方”を会得したトップナイフだった。
写真:@gomashiophoto