[重賞回顧]名牝系に新たな重賞馬が誕生〜2020年・ステイヤーズステークス〜

ステイヤーズステークスは、日本の平地競走で最長距離を誇る。中山内回りコースを2周し、直線の急坂を三度も上らなければならない過酷なレースだ。そのため、『マラソンレース』とも呼ばれるが、年に1度の珍しい条件で行われるため、このレースを愛するファンは少なくない。

そんな特殊な条件下で行われる本レースだからこそ、今年も9歳馬ながら出走してきたアルバートのように、過去にこのレースで実績を残し、その後も複数回好走するようなリピーターが、これまでも多数活躍してきた。

2020年は15頭がエントリーし、最終的に単勝オッズで10倍を切る馬は5頭いたが、その中で1番人気に推されたのは、重賞未勝利でメンバー中ただ一頭の牝馬ポンデザールだった。前走の札幌記念は4着と好走したが、ここまでの5勝は全て2400m以上と、本質的には長距離のレースを得意としている。鞍上には、5週連続重賞勝利中で、GⅠ騎乗機会4連勝中と絶好調のルメール騎手。このレースは過去5年、海外出身騎手が一人以上、必ず馬券圏内に入っていることも、人気を後押ししただろう。1986年以降このレースで牝馬の勝利はないものの、GⅠ馬サトノクラウンの半妹というこの良血馬に、大きな期待が集まっていた。

一方で、2番人気となったのは、ディープインパクト産駒のシルヴァンシャーだった。過去には骨折での休養もあり、5歳馬ではあるがまだキャリア11戦しかしていない超良血馬。前走の京都大賞典では、休み明けながら勝ったグローリーヴェイズから0秒3差の4着に好走しており、こちらも重賞初制覇を成し遂げるべくここに臨んできていた。

3番人気に続いたのはボスジラで、こちらも全5勝中4勝が2400m以上のレースという長距離巧者。前走は、札幌2600mの丹頂ステークスを快勝し、3ヶ月の休み明けながらここに臨んできた。

以下、人気順では、昨年の弥生賞勝ち馬メイショウテンゲンと、このレース3連覇の実績を持つアルバートが続いた。

レース概況

朝から雨が降り続き、馬場状態は稍重でレースが行われた。

ゲートが開くと、出遅れる馬はおらず、各馬きれいなスタートを切った。

まずは6枠の2頭、タイセイトレイルとオセアグレイトが先手をとって1コーナーへと入る。続く2コーナーで、タガノディアマンテがポジションを上げて2番手に上がり、ボスジラとポンデザールが並んで4番手につけた。一方、2番人気のシルヴァンシャーはちょうど中団8番手、メイショウテンゲンは後ろから3番手を追走していた。

向正面に入ると早くもペースは落ち着き、最初の1000mは1分6秒2と、かなりのスローペース。そして、1周目の3コーナーに入ったところで、今度はタガノディアマンテが先頭を奪って3馬身ほどのリードをとる。それ以外の馬の位置取りに大きな変化はなく、先頭から最後方まではおよそ20馬身くらいの差となり、各馬4コーナーを回ってスタンド前を通過し、レースはそのまま2周目へと入った。

2000mの通過は2分11秒7(この1000mは1分5秒5)と依然としてペースは上がらず、1400m~2600mのラップタイムは、全て13秒以上かかるような大変ゆるやかな流れでレースは推移していた。

2周目の向正面に入り、残り1000mを切ってから、タガノディアマンテの津村騎手がわずかなアクションで少し気合いをつけてペースを上げ、残り800mを切ってからは後続の騎手達も手綱を押し、先頭との差を詰め始めてきた。

そして、4コーナーに入る手前では、目に見えるほど一気にペースが上がっていたが、先行各馬は序盤にかなり楽をしていたため、早めに脱落するような馬はいない。この時点で、後方に構えていた馬にとってはかなり厳しい展開となってしまった。

迎えた直線。

依然として先頭をキープしているのはタガノディアマンテで、それを外からタイセイトレイルとオセアグレイト、そしてポンデザールが交わしにかかる。しかし、坂を上がるところで二枚腰を発揮したタガノディアマンテとの差がなかなか詰まらない。

逃げ切り濃厚かと思われたが、坂を上がりきったところで、唯一末脚が残っていたオセアグレイトが徐々に差を詰めると、ゴール寸前でわずかに差し切り、見事に重賞初制覇のゴールイン。

タガノディアマンテは、惜しくもアタマ差の2着。以下、ポンデザール、タイセイトレイルと続き、最終的な順番は入れ替わったものの、結局、終始前でレースを進めた4頭が、そのまま上位で入線する結果となった。

各馬短評

1着 オセアグレイト

ここ2走は二桁着順に終わっていたが、もとは重賞でも上位人気に推されるような馬。休み明け2戦目で変わり身を見せた。過去には休み明けでの勝利もあるが、未勝利を脱出するのに6戦を要したながらもそこから一気に3連勝したように、本来は叩き良化型なのだろう。

また、毎度のことではあるが、長距離戦で横山典弘騎手が先行したときは、度々好結果が生まれている。「長距離は騎手で買え」という格言を地でいくような騎手である。

2着 タガノディアマンテ

9ヶ月ぶりのレースにもかかわらず、あわや逃げ切りの場面まで作って好走した。もともと気難しい面があることは知られていたが、前走のダイヤモンドステークスでは、終始右に逃避して競馬にならなかった。今回は右回りという点がプラスに働いたのだろう。

そして、津村騎手もまた、芝の長距離の実績に秀でたジョッキー。かなり引っかかる馬でも、津村騎手が乗ると不思議と折り合うという話を、何度か耳にしたことがある。昨年も、11番人気のエイシンクリックを3着に導いているだけに、長距離戦や気性に課題がある馬に騎乗してきたときは、常に注目したい騎手である。

3着 ポンデザール

勝ち馬と常に同じポジションにいたものの、最後は伸びきれなかった。長距離巧者とはいえ、さすがに3600mとなると長すぎたのかもしれない。ただ、そもそも前々走の札幌日経オープンをレコードで勝利しているように、スローの上がり勝負よりは、淀みない流れからの底力勝負の方が合っているのかもしれない。

レース総評

道悪の影響もあってか、勝ちタイムの3分52秒0は過去20年で最も遅いタイムとなった。しかし上がり3ハロンの35秒2は、過去10年では最速、過去20年では3位タイの記録でもある。

1・2着を占めたのはオルフェーヴル産駒で、勝ったオセアグレイトの母の母はシンコウエルメス。母の母にシンコウエルメスを持つ馬は他に、ディーマジェスティとタワーオブロンドンがいる。

シンコウエルメスの兄ジェネラスは英ダービー馬で、日本で活躍したオースミタイクーンも兄にあたる。また、その母Doff the Derbyの姉妹の子孫からも活躍馬が多数でていて、「鉄の女」トリプティクや、凱旋門賞を連覇したトレヴ、そして日本国内でもフリオーソ、ミッキーロケット、カミノタサハラにボレアスなど、枚挙に暇がない。

また、オルフェーヴル産駒は今年好調。改めて2020年の重賞勝ち馬を振り返ると、かなりバラエティーに富んでいることがわかる。これが全てではないが、芝の短距離ではシャインガーネットがファルコンステークスを勝ち、中距離ではラッキーライラックがGⅠを2勝、長距離ではオーソリティが重賞を2勝した。一方、ダートの短距離ではジャスティンが交流重賞を2勝し、中距離ではマルシュロレーヌが交流重賞のレディスプレリュードを制している。

活躍馬たちの母の父をみると、シャインガーネットとジャスティンは、米国のスピード血統の代表格Gone Westで、ラッキーライラックは米国の中距離血統フォーティナイナー系のFlower Alley(2018年の皐月賞馬エポカドーロも母の父フォーティナイナー)。また、オーソリティは中・長距離で活躍したシンボリクリスエスで、マルシュロレーヌはクロフネの父でおなじみのフレンチデピュティとなっている。

そして、今回ステイヤーズS覇者となったオセアグレイトは、母の父がネヴァーベンド系のBahri。その代表産駒Sakheeが2001年の凱旋門賞と英インターナショナルステークスを圧勝しているように、ヨーロッパのスタミナ型種牡馬である。

長々と具体例を出してきたが、種牡馬としてのオルフェーヴルは、自身の現役時とはイメージが異なり、自らの特徴を主張せず、母系の特徴を出す傾向にある。これは、キングカメハメハ(母父キングカメハメハのオルフェーヴル産駒も活躍馬多数)やロードカナロアと同じ傾向であり、種牡馬リーディングで上位を争うには重要な要素で、サンデーサイレンス系の種牡馬の中では久々に登場したタイプといえる。様々な舞台でマルチに活躍する産駒を、今後もたくさん輩出し続けてくれるのではないだろうか。

写真:かぼす

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