"どこかで一発がある馬"タップダンスシチー。
"一筋縄ではいかない鞍上"佐藤哲三騎手。
朝日チャレンジCで運命の出会いを果たした人馬が挑んだ、伝説のジャパンC。
競馬を愛する執筆者たちが、90年代後半の名馬&名レースを記した『競馬 伝説の名勝負2000-2004』(小川隆行+ウマフリ/星海社新書)。その執筆陣の一人和田章郎氏が、今もゴール前では陶酔感すら覚えたという、03年ジャパンCを振り返る。
名馬が名人と呼ばれる騎手とタッグを組むのは頼もしい。が、それだと当たり前過ぎて面白みに欠けるところがなくもない。馬券が取れれば構わないではないか、と言われればそうなのだが、時にアウトローの血が騒ぐ(?)ことは誰にでも経験があるのではなかろうか。
例えば、摑みどころのない個性的な馬と、一筋縄ではいかない騎手がコンビを組むと、俄然、異彩を放つケースがある。その手のコンビを追いかけると痛い目に遭うことも多いが、馬券を離れて、レースを観ていて陶酔するような感覚になることがある。
2003年のジャパンCで、タップダンスシチーが見せたパフォーマンスがそれだった。
もともとタップダンスシチーはデビュー当初から普通の歩みをしない馬だった。3歳春に2000mのデビュー戦で2秒2離された9着と大敗。2戦目に一変して初勝利を挙げると続く若草S、京都新聞杯を5、3着と連続好走。その後は適性距離を考慮され、格上挑戦したり自己条件に戻ったりを経て、3歳の12月にやはり格上相手にレコード勝ち。
4歳になってからは中長距離志向で6戦するが、安定した先行力を武器に見せ場は作るものの、もう一歩の惜敗続きで、このシーズンは未勝利に終わる。この頃からファン泣かせのイメージが定着してくる。その性格は5歳になってからも同様で、いきなりGⅡの日経新春杯3着後、自己条件に戻って連勝し、続く日経賞2着で重賞初連対。いよいよ軌道に乗ったかと思わせておいて、満を持したオープン特別のメトロポリタンSを1番人気で3着。続く目黒記念は8番人気で5着。函館記念でも7番人気8着に終わってしまう。
このあたりで一部のファンは密かに注目することになる。どこかで一発がある、と。
とはいえ、5歳夏のこの時点で重賞未勝利の4勝馬。善戦はするものの勝ち切れない、といった、凡庸なオープン馬に過ぎなかったのだが、続く朝日チャレンジCで、一筋縄ではいかない鞍上と運命的な出会いをする。
デビュー14年目、コンスタントにリーディング上位に定着してきた佐藤哲三騎手だった。
ジョッキーは当然のこととして勝負師の顔を持つものだが、佐藤は中学時代、競艇選手になることを考えた時期があったというだけあって、レースへ向かう姿勢は根っからの勝負師のそれだった。その騎乗ぶりは一気呵成であり、逆に一本気過ぎて安定感に欠ける嫌いもあったが、とにかく人気に関係なく馬券に絡もうとする騎乗ぶりが、ファンからは「ここ一番に一発勝負できる騎手」といった評価を得始めていた。
だからこそ、このコンビ結成には大きな意義があった。
それがいかんなく発揮されたのが朝日チャレンジCだった。好位3番手から、先行2頭にラップを緩めることを許さず、直線も早めの仕掛けで後続を完封。阪神2000m1分58秒1というレコードを樹立して重賞初制覇を飾る。そして続く京都大賞典、アルゼンチン共和国杯を連続3着後、京阪杯5着を経て、初めて挑戦した有馬記念では早め先頭から粘りに粘ってシンボリクリスエスのレコードの2着に好走。「行き切って粘り込む」というレース運びが確立された点で、このGⅠ初連対は大きな意味を持つことになる。
そして迎えた6歳春に金鯱賞、秋には京都大賞典を制して、天皇賞・秋をスキップ。これは距離適性を考慮した佐々木晶三調教師を始めとする陣営の戦略だったが、その目論み通り「生涯最高」のデキで臨んだのが第23回となるジャパンCだった。
馬場は重。前年の有馬2着時は稍重だったが、条件が揃えばレコードで走ってしまうスピードが身上だっただけに、一抹の不安は拭えなかった。今にして思えば、4番人気という微妙な評価は、そのあたりが影響したものだったかもしれない。自分自身、半信半疑で単勝馬券を購入したことを覚えている。
スタートから後続を離して逃げても、手応え楽に3コーナーを回っても、セーフティーリードを保って直線を向いても、安心はできなかった。ところが、こちらの気持ちなどお構いなしに、坂下から更にグングンと後続を引き離す。声を出そうにも、力強くまっすぐに伸びる様を茫然と眺めて息を飲むばかり。最後はまさに陶酔感があっただけだった。実際、東京競馬場のGⅠでは、こういうレースは滅多に見られるものではない。
しかし、このサクセスストーリーで終わらないのがこのコンビの悩ましい(?)ところだった。続いて駒を進めたのが前年2着の有馬記念で、レコードでぶっち切ったシンボリクリスエスの8着に敗れてしまう。かと思えば年明けに金鯱賞を連覇し、続く宝塚記念でGⅠ2勝目。秋に凱旋門賞に挑戦して大敗するが、帰国初戦の有馬記念2着。8歳を迎えた金鯱賞では同一重賞3連覇の偉業を達成する。さすがにそこまでは、と思って単勝を控えた。よせばいいのに、そのミスを取り返したくなってしまった。続く宝塚記念、秋の天皇賞と空振り。この2戦は行きっぷりも本来のものがなく、いよいよピークが過ぎたかと見限ったジャパンC(10着)の逃げっぷりは悪くない、と思えた。そして迎えたのがディープインパクト相手の有馬記念だった。「ここで無敗の三冠馬を破ることこそタップダンスシチーと佐藤哲三のコンビにふさわしいではないか」──そう考えた。
このコンビの最後となるレース。自分の買った単勝馬券は4コーナー手前で紙屑となってしまった。しかし、まったく悔いはなかったし、今もその思いは変わらない。このタイプの人馬に魅入られてしまうのは、逃れようのないファン心理なのである。
(文・和田章郎)
(編集, 著),小川隆行+ウマフリ
(著)浅羽 晃,五十嵐 有希,大嵜 直人,緒方 きしん,勝木 淳,久保木 正則,齊藤 翔人,榊 俊介,並木 ポラオ,成瀬 琴,橋本 祐介,秀間 翔哉,福嶌 弘,和田 章郎(星海社 2021年10月26日 発売)
星海社サイト「ジセダイ」
https://ji-sedai.jp/book/publication/2021-10_keibameishoubu2000-2004.html
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