[アイドルホース列伝]全ては『淀の3000』から…。デルタブルースと私の思い出(淀乃三千さん)

2024年9月25日に発売開始した競馬書籍『アイドルホース列伝 超 1949ー2024』(星海社新書)。
昭和の名馬から現役の名馬まで156頭が紹介される一冊で、リバティアイランドやドウデュースといった現役馬、クロフネやヒシミラクルといったゼロ年代の名馬、シンザンやスピードシンボリといった昭和の名馬など1949年〜2024年の長期にわたる名馬たちが取り上げられる。

今回は、その著者の一人である淀乃三千(ヨドノミチ)さんに、2024年10月8日にこの世を去った名ステイヤー・デルタブルースとの思い出を振り返っていただいた。

※本記事は『アイドルホース列伝 超 1949ー2024』には収録されていないオリジナル原稿となります


「今年の菊花賞で万馬券を取ったら改名する!」

2004年、大学の文芸部の後輩にそんな宣言をした。
この当時の私は、文芸部の部誌には本名で作品を出していた。それをペンネームで出すようにすると宣言したのだ。今となってはどう言う流れでこうなったのかは謎だが、ペンネームをつけるきっかけを求めていたのかもしれない。

しかし、当時の私は本命党で万馬券の買い目を買う事は余りない。買う馬券も馬単は手を出さずに馬連と三連複がメイン。そんな買い方だからこれまで万馬券など取ったことがない。それ以前に菊花賞で万馬券が出るかどうかなどわかる訳もない。これを考えるとペンネームをつける事への本気度は今から思えばそこまで高くはないようだった。

菊花賞当日。
この年のクラシック戦線では何番人気だろうが馬体重がどうだろうが絶対に買い目に入れると決めた馬が1頭いた。それはコスモバルクである。

地方所属のままでクラシック戦線に挑み、皐月賞2着日本ダービー8着。この春の無念を菊の舞台でとばかりに前哨戦のセントライト記念を優勝。『地方所属馬として初のクラシック戴冠を』と、地方出身者の自分はイレ込み、掛かり気味に応援していた。

コスモバルクを絶対に買うとして、他に何を買い目に入れようか。
馬柱を眺めていると1頭の馬に目が留まった。

『8枠18番 デルタブルース』。

父のダンスインザダークと、名前の響きに惹かれたが、さらに目を引いたのはその戦歴だった。
2000mの未勝利戦を勝利してから一貫して2400m以上のレースを走り、前走は1000万下の2500mの九十九里特別で圧倒的一番人気で古馬を一蹴して優勝。

この馬、端から菊花賞を獲りに来ている。

データだけで、そう感じた。

重賞どころかオープンの実績はなし(青葉賞13着のみ)、準オープンに昇格直後いきなりのGI、トライアル組よりもタイトなスケジュール。本命党なら手を出さない、出せない不利な面が目立つがこの馬が気になって仕方がない。どんな馬なのだろう。コスモバルク共々、ワクワクしながら梅田のWINSへと向かった。

人ごみの中、テレビの画面を通じて初めて見たデルタブルースの姿。
鹿毛の馬体に鼻筋をまっすぐ伸びる流星──父のダンスインザダークに似た感じで、一目で格好よく見える。馬体重は+10kgの526kgと出走18頭で最重量だが、そこまで太くは見えなかった。

普段、パドックの様子で馬券を買う買わないを決めることは余りなかったが、このパドックの様子を見てボックス買いのマークシートを手にしてコスモバルクの15の欄に加えてデルタブルースの18の欄を塗りつぶした。さらに本命党として1番人気ハーツクライの10、3番人気ハイアーゲームの13、そして4番人気ホオキパウェーブの5の欄をそれぞれ塗りつぶし、馬連と三連複の欄を塗りつぶした。

レースはコスモバルクがやや強引に鼻を奪って逃げる展開。
3000m逃げ切れるのか、ハラハラしながら画面を見る。最早、彼の走りしか見ていない。時折デルタブルースの名が実況で呼ばれて先行しているとわかるが、ハーツクライとホオキパウェーブは後方待機でなかなか名前が呼ばれずどこにいるのかわからない。

2周めの最終コーナーの入口。逃げていたコスモバルクに迫る影。
「あー、捕まる…」と思っていたら、捕まえた馬のゼッケンは18、デルタブルースだ。
そしてデルタブルースが先頭に躍り出る。このままだとデルタブルース・コスモバルクで馬連が的中することになる。「そのまま!」と声が出るが、内からするする上がる影がコスモバルクを捕まえようとした。必死に「そのまま! コスモバルク粘れ!」と叫ぶ。内から迫るその馬が自分の買い目のホオキパウェーブとは全く気付かないまま、直線の攻防を見つめていた。

1着デルタブルース、2着ホオキパウェーブで2004年の菊花賞は決着。
上位人気のオッズばかり見ていたからデルタブルースが8番人気の単勝45.1倍の馬だったと結果を見て初めて知った。そんな8番人気と4番人気の決着で馬連が11280円。人生初の万馬券となった。

初めての万馬券に浮かれ喜び、WINSからの帰りに後輩へわざわざ自慢しに行った。
その後輩を見た瞬間に「ペンネームどうしよう」と我に返った。
本当に万馬券取れるとは思っておらず全くペンネームを何にするかを考えていなかったのだ。

そして、考えた結果。
菊花賞、淀の3000mで初めての万馬券を取ったという事で「淀乃三千」。「よどのさんぜん」って読み方じゃなあ、と思って読み方は「よどのみち」とし菊花賞後の部誌からこのペンネームを使い始めた。数年後になかなか「よどのみち」と読んでくれないのでカタカナ表記で「ヨドノミチ」になって今に至っている。

ペンネームとしてちょうど20年の付き合いとなった今年。
初めて商業誌に寄稿し、その本『アイドルホース列伝 超』に「淀乃三千」の名前が掲載された。

文芸部にいた頃、自分の書いた文章が本に載るといいな、とうっすらと思っていた夢が叶った。
そんな、少し不思議な気分でいる時に、デルタブルースの訃報が入ってきた。

もしかして、夢が叶うのを見届けてくれていたのかな──。
つい、そう勝手に思ってしまう。

デルタブルースは引退後に種牡馬になることはできず、その血を後世に残すことは叶わなかった。
しかし、その走りから名を変えて夢を叶えた人間はいる。

途絶えた彼の生粋のステイヤーとしての走りに思いを寄せながら、これからもその名で文章を書き続けていく。

ありがとう、デルタブルース。

Photo by I.Natsume


永遠に色褪せない名馬たちの記憶を綴った新書

無傷の10連勝でダービーを制し、その17日後に急死した「幻の馬」トキノミノルから70余年。

父譲りの美しい栗毛をなびかせ大レースに挑み続けたナリタトップロード、人気薄から何度も勝利を重ねた"奇跡"のステイヤー・ヒシミラクル、爆発的な末脚で二冠を達成して引退すると、わずか5年の種牡馬生活で活躍馬を輩出、早すぎる死が惜しまれるドゥラメンテ、世界ランク1位を獲得した新時代の史上最強馬イクイノックス、名手との絆で不運と挫折を乗り越えた現役トップのドウデュースなど。

昭和の名馬から現役世代まで、時代を超えて愛される156頭の名馬たちの蹄跡をこの1冊に!

書籍名アイドルホース列伝 超 1949ー2024
著者名著・編:小川隆行+ウマフリ
発売日2024年09月25日
価格定価:1,350円(税別)
ページ数320ページ
シリーズ星海社新書

紙面構成 - ドウデュースにリバティアイランド、メロディーレーンにキズナにドゥラメンテ。昭和の名馬シンザン・トキノミノルから現代の名馬まで156頭を紹介

第1章 その走りが伝説になる 2020年代

パンサラッサ 比類なき大逃走、二刀流の国際GⅠ馬
イクイノックス 三冠牝馬すら寄せ付けない衝撃の歴代最強馬
ドウデュース 夢に照らされる、競馬の「主人公」
ミックファイア 期待を背にひた走る、22年ぶりの南関三冠馬 
リバティアイランド 一体どれほど強いのか、完全無欠の三冠牝馬 など25頭

第2章 忘れたくないあのときの夢 2010年代

ヴィクトワールピサ 勇気を与える胴白、青縦縞、袖赤、青一本輪
キズナ 逆境に打ち勝つ希望の末脚 
モーリス 落札価格は約160万円、砂漠で見つけた宝石
ドゥラメンテ “d u r a m e n t e” に走りぬけた、早逝の二冠馬 
メロディーレーン 小さな体に満つ、父母のくれたスタミナ など42頭

第3章 色褪せない新時代の記憶 2000年代

クロフネ 日本競馬の眠りをさました白い〝黒船〟 
ヒシミラクル 駆けだしたら決して止まらない穴馬ステイヤー 
ネオユニヴァース 熱いハートとクレバーな頭脳、魅惑の二冠馬 
スティルインラブ 勝負強さと反骨心で手にした17年ぶりの偉業
ドリームジャーニー 父の血を感じる、愛すべき不器用なアイドル など35頭

第4章 黄金時代のスターたち 1990年代

ダイイチルビー 1頭に焦がれた、輝けるお嬢様
ヤマニンゼファー 良い意味で期待を裏切り続けた不屈の挑戦者 
サクラローレル 度重なる故障を乗り越え摑んだ年度代表馬 
メイセイオペラ 史上唯一、中央GⅠを制した岩手の伝説的王者
ナリタトップロード 強豪相手に惜敗続きも人に愛された実力派 など28頭

第5章 遙かなる伝説の蹄音 昭和の名馬

トキノミノル 「幻の馬」の記録が伝える凄み
シンザン 類稀なる生命力を示した、伝説の三冠馬
カブトシロー 69戦を走り抜いた古武士は小柄な万能タイプ
スピードシンボリ 未踏の地を求め続けた偉大なチャレンジャー など26頭

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