競馬の世界には様々な「人」が関わっている。
騎手、調教師、厩務員、獣医師、装蹄師──。
そして、競走馬を所有する「馬主」もまた、競馬に欠かすことの出来ない「人」だろう。
さて、みなさんは「馬主」というと、どんな人物を想像するだろうか?
例えば、キタサンブラックの北島三郎氏。
もしくは、コパノの冠名でお馴染みのDr.コパ氏。
そういった特別な人がなるもので、自分には関係のない世界だ──そう思っている人も多いかもしれない。
しかし、本当にそうなのだろうか?
いわゆる超お金持ちな『選ばれし人物』しか「馬主」にはなれないのだろうか?
それは、桜が満開の見頃を迎えた4月の最初の夜のこと。
夜桜見物よりも胸躍る場所を、私は目指していた。
冬に逆戻りしたかのような寒さの中、辿り着いたそこは川崎競馬場。
「花より競馬」というわけだが、その日の目的は競馬をすることだけではなかった。
川崎競馬場のパドックから続くエスカレーターを上る。すぐ左手のエレベーターに乗り、1号スタンド3階へ。受付を済ませると、そこから先は高級感の漂う華やかなフロアだ。
向かったのは、川崎競馬場の貴賓室。
緊張の手付きで扉を開けると、活気に満ちた空気が一気に押し寄せてくる。
一瞬で、熱気の渦に飲み込まれる。
熱い「馬主」たちの世界が、そこには広がっていた。
「新宿区馬主会」は馬主同士の交流サークルだ。JRAや地方の馬主資格を持っている、もしくは取得しようと思っている人たちの交流の場となっている。
馬主同士の情報交換、これからデビューする新人馬主のサポートなども行いつつ、楽しく時を過ごす。
その4回目の懇親会に潜入した。
ちなみに「新宿区」とあるが、これは立ち上げ時のメンバーが新宿で交流していたことからつけられただけであり、馬主資格を持っている人、馬主の世界を目指す人なら、どこに住んでいても参加出来るという。
私が貴賓室に着いた時には、すでに30名以上の馬主たちが思い思いにその空間を楽しんでいた。
馬券を買うことに集中している人もいれば、馬券は一切買わずに仲間との会話に夢中になっている人もいる。
馬主歴10年という人、リアルダビスタさながら馬主を経て自分で牧場を持った人、ほぼ全国の地方競馬に自分の馬を持っている人──。
話を伺ってみると、とにかくその内容の濃さにとにかく驚かされる。
誰もが違ったストーリーを抱え、そしてそのどれもがドラマチックなのだ。
その場にいたひとりひとりが、それぞれ唯一の輝きを放っている。
プロフェッショナルな馬主もいれば、そうではない、初心者マークをつけた馬主や馬主見習いもいる。
馬主という未知の世界を知るために。
馬主って、どんな人達なのだろう。
どんなことを話しているのだろう。
「新宿区馬主会」への参加は、今回がはじめてだという男性。
実は参加するのが少し怖かったのだと、そっと教えてくれた。
馬主の資格をとったばかりで自分の馬はまだ持っていないため、預託先やどんな競走馬を持つのがよいかなど、皆さんからお話を伺おうとやって来たという。
このように交流のみならず、様々な情報交換のために参加している方は少なくない。
しかし、如何せんはじめての馬主同士の交流ということもあり、最初はかなり緊張されていた様子だった。
そして、そんな緊張の中、懇親会がスタートする。
すると、どうだろう。他の馬主の皆さんはとても親切で、親身に色々と相談に乗ってくれた。
「少し怖い」という不安な気持ちは、全くの杞憂だったと気がついたそうだ。
最後はこの場をとても楽しんでいる様子で、
「参加出来てよかったです」
そう笑顔を見せ、近い未来に自分が持つ馬を思いながら、瞳を輝かせていた。
趣味の乗馬から、馬主へ。
これから馬主の資格を取得する予定だと語ってくださった女性。趣味は、乗馬だという。
馬は身近な存在として、日頃から接してきた方である。小学校1年生の頃より乗馬をしているということで、馬への想いも並々ならぬものがあるのだろう。
「自分の所有する競走馬が引退したら、自分の乗用馬にしたいんです」
競走馬が引退後に乗馬として活躍するのはよく耳にするが、馬主がそのまま自分の乗用馬にするというのは、あまり聞かない。昨今、引退馬の行く先の支援などが叫ばれているが、「新宿区馬主会」では引退後のこともきちんと考えている馬主が多い印象だった。
皆、馬と競馬を心から愛し、盛り上げていきたいと思っているのだ。
その中でも、この方の「引退後は自分の乗用馬に」という発想は、特に素敵に思えた。
念願の馬主デビューを迎えて。
そして、この日の川崎9レースにて馬主デビューを果たした方もいる。
「緊張しますが、無事に走り終えてくれれば」
そう笑顔を見せつつも、やはりなんだか少し落ち着かない様子。
パドックが始まると、参加者の多くが応援のため降りていく。
パドックの馬主用スペースに詰めかけた大勢の馬主仲間。
「重賞でもないのに、この人数の馬主は普通来ませんよ」と笑っている方もいた。
皆の見守る眼差しからは、「新宿区馬主会」の馬主同士の繋がりのあたたかさが感じられた。
こうした馬主同士の「横のつながり」は、今後、競馬界を牽引していく力になるのではないだろうか。
レース終了後、再びお話させていただくと、その安堵の想いを繰り返し口にしていた。
「とにかくホッとしました」
結果は、6着。
しかし着順以上に、馬主目線での競馬の楽しさや面白さを、私自身も感じられた。
そんなレースだった。
「馬主」と一言で言っても、色々な馬主がいる。
持っている馬の頭数も違えば、中央・地方の違いもある。
また、どうして馬主になろうと思ったのかも、どうやって馬主になったのかも、人それぞれ違っている。
馬主になる道は、一通りではない。
だからこそ馬主同士の繋がりは面白く、「新宿区馬主会」はこんなにも充実度の高いサークルとなっているのだろう。実際に話してみると、どの方も気さくに色々と語ってくださり、馬主ではない私にもとても親切にしてくださった。
「馬主」だからと言って、変に気取っていたり、威張っていたりといったことは決してない。
むしろ謙虚さすら感じられ、真摯なまでの競馬を愛する想いが伝わってきた。
もしかしたら、お金持ちかどうかは、二の次なのかもしれない。
競馬を深く愛する、楽しむ気持ち。
それを持つ人が出会った競馬のひとつの楽しみ方こそが、「馬主」なのではないだろうか。
競馬への愛と情熱を持って、「馬主」という視線で競馬を見つめてみるのも、面白そうだ。最終レースが終わり、二次会へと向かう彼らの背中を眺めながら、とても満ち足りた気分になっている自分に気がつく。
勢いのある馬主たちの集まった「新宿区馬主会」は、物凄い熱量をもっていた。
それは、競馬界に差し込む希望の光のようにも、私には感じられたのだった。
写真:新宿区馬主会