いぶし銀・ダイワキャグニー、引退の報
長く府中の1800mでいい味を出していたオープン馬、ダイワキャグニーが引退を迎えた。
馬券でも何度か楽しませてくれ、足掛け8年もの間、競馬場で元気な姿を見せてくれた馴染み深い馬。彼の引退は、1頭の名バイプレーヤーが競馬場を去ることだけに留まらず、「ダイワ」の冠を持つ馬たちの最後の1頭という重責も担っていた。
彼の引退により、90年代後半から競馬場に登場したダイワの馬、青、白一本輪の見慣れた勝負服が姿を消してしまう。ダイワメジャー、ダイワエルシエーロ、ダイワスカーレットなど次々G1馬を輩出した、名門「ダイワ」の冠が、2023年1月をもって幕を閉じた。
「冠名」のついた馬たちが持つ魅力。
冠名のついた馬はチームでまとまっているようで、私は好きだ。
ただ、昔から続いている冠名の馬たちは次第に姿を消し、新しい冠名のチームが登場するという新陳代謝は常に行われている。それが自分の過ごしてきた時代とマッチし、「〇〇〇の馬たちが走っていた頃」とその頃の思い出とセットで記憶に刻まれている。
90年代の冠名のついた馬たちで、特に好きだったのは「マチカネ」と「タマモ」の冠名を持つ馬たち。
前者は菊花賞馬マチカネフクキタルを筆頭に、重賞4勝のマチカネタンホイザやダートで活躍したマチカネワラウカド、2000年代に入ってマチカネキンノホシやマチカネオーラといった、名前もレースぶりもインパクトのある馬たちで構成された。しかし、「マチカネ」の冠を持つ馬たちは、2007年生まれの馬たちが最後となり姿を消している。
後者の「タマモ」は、昭和の終盤にひと時代を創ったタマモクロスが絶対的代表馬。その後もダート重賞で活躍したタマモストロングや、タマモホットプレイ、タマモナイスプレイ、タマモベストプレイの父フジキセキ×母ホットプレイ三兄弟など、今も勝負服とセットのメンコを付けた「タマモ」の馬たちが競馬場に登場している。
水色、赤二本輪、赤袖の勝負服に合わせた水色と赤のストライプのメンコは、パドックを回る馬たちの中でも非常に目立つ。タマモクロスの時代から変わらぬメンコのデザインはどことなく「昭和レトロ」という風情、屋号があしらわれた老舗の法被を着た、渋い職人さんのようにさえ見えてくる。競馬場で「タマモ」の馬を馬柱で確認すると、パドックに行ってお馴染みのメンコ姿に満足しながら1票投じるのは、いつの間にか習慣のようになってしまった。
きさらぎ賞に出走した「タマモ」馬たち
2013年2月3日。たまたま節分関連の仕事で大阪へ行くことになり、効率よく午前中で仕事を終えることができたため、そのまま京都競馬場に向かった。
当日のメインレースはきさらぎ賞。競馬開催がある日曜日に仕事をするのは極力抵抗する私だったが、上手く行けば競馬観戦が付いてくるという付録の魅力に負けて、渋々受けることとなった。きさらぎ賞には春のG1戦線に乗って来そうな魅力ある3歳馬が登場するだけでなく、最終レース後に行われる「安藤勝己騎手の引退セレモニー」も、是非現地で見届けたいイベントだった。
地下鉄から、京阪本線に乗り換えて淀駅に着いたのが14時過ぎ。既に9レース橿原ステークスの本馬場入場が始まっていた。電車内で予想した9レース、10レースの馬券を買うと、馬場には行かずパドックでそのまま待機。
第53回きさらぎ賞は9頭立ても、インパラトールが取り消して8頭立て。1番人気は注目の良血、ディープインパクト×ニキーヤの牡馬リグヴェーダ。同じくディープインパクトの牡馬ラストインパクトが2番人気、そしてラジオNIKKEI杯5着のアドマイヤドバイが続く。ただ、6番人気までが1ケタ台の単勝配当で、どの馬にもチャンスがありそうな展開となっていた。
パドックにきさらぎ賞出走の8頭が姿を現す。新馬を勝ってチャレンジしてきた人気のリグヴェーダは、さすが良血という馬体。ラストインパクト、アドマイヤドバイも見劣りしない姿で周回している。外枠に人気馬が並び、内枠の5頭には目が行かないのか、淡々と進む姿を見過ごしていた。
ただ、タマモベストプレイのお馴染みのメンコだけは内枠5頭の中で目に留まり、何故かじっくりと見てしまう。前を行くマズルファイヤーが540キロの巨体のため、大きく見えないものの500キロ近い馬体のタマモベストプレイ。「屋号がよくわかる老舗の法被を纏った若旦那」のようなタマモベストプレイ。6番人気でも、周回ごとに段々と気になる存在になってきた。
冬枯れの京都競馬場のスタンドは、晴れていても風が冷たい。
1800mのスタート地点は向正面の奥。ターフビジョンに輪乗りを行う各馬が映し出される。立派な馬体のリグヴェーダとマズルファイヤーに挟まれるように、タマモのメンコが目立つタマモベストプレイが周回、各馬の気迫がターフビジョンを通して伝わってくる。
ファンファーレが鳴り、各馬一斉のスタートからまず飛び出したのが真っ黒の巨体のマズルファイヤー。タマモベストプレイ、バッドボーイがそれに続いて先頭を形成。人気のリグヴェーダ、ラストインパクトは最後方からゆったりと追走していく。周回コースに入っても隊列は変わらず淡々と進み3コーナーの坂を迎える。マズルファイヤーの先頭は変わらないものの、バッドボーイが仕掛け気味に先頭に並びかけ、タマモベストプレイが追従する。人気の2頭は後方待機のまま動かない。残り600mの時点で、マズルファイヤーが突き放しにかかり、外を回ってタマモベストプレイが追う。後方の馬群は一団となり第4コーナーを回る。
直線に入ってもマズルファイヤーは快調に飛ばし、逃げ込みをはかる。リグヴェーダは最内を選択し、その直後にラストインパクトが取り付いた。内側を選択した馬たちが伸びあぐねるのを尻目に、マズルファイヤーが先頭を死守。残り300mの地点で、今度は外からタマモベストプレイがマズルファイヤーに襲いかかる。リグヴェーダは脚色が鈍り始め追いつくことすら出来ず、マズルファイヤーとタマモベストプレイの一騎打ち。ゴール手前、最後までマズルファイヤーが食らいつくも、タマモベストプレイのメンコが頭一つ出る。内からリグヴェーダに替わりアドマイヤドバイが伸びてきたものの、時すでに遅し。
1着タマモベストプレイ、クビ差2着マズルファイヤー、3/4馬身遅れでアドマイヤドバイが3着となった。
見事なタマモベストプレイの差し切り勝ち。2歳時の新馬→特別連勝、シンザン記念3着の戦績なのに、6番人気という低評価を覆すのには充分なもの。1番人気リグヴェーダは最下位、2番人気ラストインパクトは6着と、この時点では実績の差がはっきりと出た形のきさらぎ賞となった。
冬の日差しが傾き、ウイナーズサークルに戻ってきたタマモベストプレイ。重賞レースの優勝レイを掛けた誇らしげな姿は「タマモ」のメンコがよく似合う。騎乗した和田竜二騎手も、してやったりの満足げな表情。タマモベストプレイは、きさらぎ賞優勝により、春のクラッシック戦線に関西代表として挑むことが確定した。
「タマモ」のメンコが、今年の皐月賞、日本ダービーの舞台で見ることができるのは、私にとってもうれしいニュースとなった。
最終レース終了後に開催された、安藤勝己騎手の引退セレモニー。
レース運びの上手さと大胆さ、勝つことに執着するような騎乗スタイルが大好きだった安藤勝己騎手。前年11月の京阪杯以降騎乗から離れ、ふっくらした笑顔のアンカツさんがウイナーズサークルに立っている。
夕焼け迫る空に向かって後輩騎手たちから胴上げされているアンカツさんの表情は、穏やかで満足気で優しい目をしていた。そしてその表情は、数時間前に同じウイナーズサークルで見た、タマモベストプレイのメンコから覗かせていた満足そうな瞳と、どことなく重なって見えた。
三冠レースを駆け抜けた、タマモベストプレイの蹄跡
きさらぎ賞後のタマモベストプレイは、トライアルレースとしてスプリングステークスを選択。
関西代表馬として3番人気に支持され、直線内から伸びてロゴタイプの2着でまとめた。更にクラッシックレース第1弾の皐月賞は、ロゴタイプ、エピファネイア、コディーノの3強がしのぎを削る中、8番人気と低評価ながらも5着と健闘。直線で3強が抜け出した直後につけ、カミノタサハラとデットヒートを演じ、直後から迫る武豊騎乗のテイエムイナズマを抑えて掲示板を確保した。
そして1か月半後の第80回日本ダービー。
1番人気は武豊騎乗のキズナで、ロゴタイプ、エピファネイア、コディーノと人気が続く。タマモベストプレイは10番人気も、馬体も絞れて、上位食い込みの可能性も充分ありうる仕上がりに見えた。
レースはスタート後、メイショウサムソンの仔サムソンズプライドが飛び出し、アポロソニックとともに後続馬を誘導。タマモベストプレイは中段の外を回り、向正面ではコディーノの直後につける。3番手以下の順位が何回も入れ替わる中、直線を向いたタマモベストプレイは外側に進路を取る。右後方からキズナ、内にはコディーノの間で和田竜二騎手の手綱が激しく揺れる。3頭が同じ足取りで順位を上げるも、キズナがタマモベストプレイを置き去りにし、先頭を行くエピファネイアに並びかけていた。
タマモベストプレイは、コディーノを1馬身抑えて先頭集団の塊の中でゴールイン。優勝のキズナから0.4秒差の8着は、立派な成績といえるだろう。
秋は神戸新聞杯5着から、菊花賞に挑戦。スタート後、先頭集団の内側で脚を貯めながら好位で追走する。向正面から3コーナーにかけて好ポジションをキープしていたものの、坂の下りで不利を受けズルズルと後退。それでも直線で泥んこになりながら盛り返し、エピファネイアから1.8秒差の8着でフィニッシュした。
タマモベストプレイは「タマモ」の馬として初めて、3歳クラッシック三冠レース全てに出走。結果的に、タマモクロスでさえ出走できなかった三冠レースにその名と、「タマモ」のメンコをレース映像に刻み込んだのであった。
その後、古馬になったタマモベストプレイは、2000m以上の中長距離を中心に出走し、オープン特別の丹頂ステークス、万葉ステークスで優勝。京都大賞典、函館記念各2着など、重賞戦線でも存在感のあるレースをして見せた。
2018年1月の8歳で出走した万葉ステークスを最後に現役引退。40戦5勝の成績を残して、タマモベストプレイは、競馬場から去って行った。
最近のG1戦線では、おしゃれな名前のクラブ馬が主役の座に就くことが多くなった。強く、そしてカッコいい馬がウイニングランしてくるのを見るのは、いつも感動するシーンだ。反面、日本的な名前の冠名のついた馬の活躍が少しずつ減ってきたような気もする。
実際、「タマモ」の馬たちも、2013年のきさらぎ賞を最後に重賞レースに勝てていない。私の大好きな昭和レトロな勝負服と同じ柄のメンコをつけた馬たち。これからもG1レースのパドックであのメンコの馬を見たいし、日本だけでなくドバイや香港のTV中継で「タマモ」のメンコが見られたらどんなに興奮するだろう。
これぞニッポンのサラブレッド、「ニッポン、チャチャチャ~」の気分で応援したいものである。
第二のタマモクロスが登場し、世界の舞台で「稲妻の切れ味」が披露されるシーンを、私は待ちたい。
Photo by I.Natsume