競馬場で撮影した昔の写真を眺めているうちに「あれっ、こんな場所あったっけ?」と思ってしまった。一呼吸おいて、気がついた。そうだ、この建物はもう無いんだ……と。

大井競馬場はここ数年で、大きく変貌を遂げた。

2014年7月に競馬場の真ん中にあった2号スタンドが取り壊され、翌年11月に「G-FRONT」として生まれ変わった。そして、2015年いっぱいで隣の3号スタンドも役目を終えた。現在は「ウマイルスクエア」という10000㎡の広大な敷地に生まれ変わっている。敷かれた芝生に寝転びながら、眺める競馬もなかなか良いものだ。

そんな改修が進む競馬場の中において、一つだけ取り残された建物がある。

それが、4号スタンドだ。

年季の入った5階建てのスタンド。このスタンドには2つの顔がある。一つは、3階から5階まである綺麗で快適そうな指定席。下から順にミリオンシート、ダイアモンドターン、ゴンドラシートと名付けられている。特に4階のダイアモンドターンでは季節に合わせた本格的なビュッフェを楽しむことができるらしい。

……さっきから「そうな」「らしい」といった口調が多い。正直に言うと、これらの場所には行ったことがないのだ。

馬券でたくさんお金を踏んだくられる(!?)のに、ましてやこんな高い席代や飯代も払うのか! と考えてしまう僕には、あまり食指が伸びない。

僕が4号スタンドで過ごす場所。それが1階部分だ。

1階にあるもの。

客席と、発売所と、3つの売店である。

以上だ。

でも、これだけ揃っていれば、僕が大井に行く必要十分条件を満たしている。

過ごし方もシンプルだ。まず、「幸福堂」で腹ごしらえをする。売店の名物は200円の「赤もつ」「白もつ」だが、最近、焼き鳥も案外美味しいことに気がついた。このおつまみと、美味しいドリンクと、競馬新聞を持ってスタンドへ。少し遠くにあるネオンの明かりに新聞を照らして、予想をゆっくり考える。このリラックスしながら真剣に考える時間がたまらない。

4号スタンド近辺には、もう一つ良い場所がある。第4コーナー付近に小さな台があり、そこがカメラ少年的には隠れた撮影スポットなのだ。馬が密集しながらラストの直線に向かうところが、レースにおいて最も緊張感が高まる瞬間である。

レースの写真を撮り終えると、パドックに行き、馬の様子を眺める。4号スタンドはパドックから最も遠いのが難点だ。何とかパドックと4号スタンドを近づけてくれないだろうか……そんな不満を抱えながら、とぼとぼ歩き4号スタンドに戻る。馬券を買って、そのときの気分に応じてスタンドで見るか、あるいは高台で撮影をするかを決める。

そしてレースが終わると再びパドックへ……。

そんなことを毎回毎回、この4号スタンドを起点にして、僕は繰り返している。

大井に足を運べば運ぶほど、その傾向はどんどん強まっている。

競馬の産湯に浸かった頃は、綺麗なL-WINGによく足を運んでいた。隣の建物は汚いなあ。こんなところにいくのは、もう生粋のギャンブラーなんだろうな。……というのが第一印象だった。

でも、綺麗な場所は人が多すぎて、個人的にはなかなか競馬を楽しめなかった。

そして意を決して、隣のスタンドにお邪魔する。足を踏み入れて初めて気がついた。そんな辺境の地にこそ、脈々と受け継がれた馬と人との物語があったのだ。

財布と心を癒す暖かい料理。喜びと悲しみ、そして含蓄がある競馬ファンの声。レースが終わったあと、風に舞う外れ馬券と新聞たち。誰かにはっきりと教わったわけではない。でも、これらを見て、聞いて、身に染みていくことで、僕は競馬を学んでいったのだ。

悲しいことに、そうやって競馬を学んできた場所は、ここだともう4号スタンドしか残っていない。

リニューアルの波は、いつか、この場所にもやってくるだろう。

その時が来るまでに、僕は競馬を学ぶための「昔からある場所」を見つけられるだろうか?

そんなことを考えつつも、今はただのんびりと、もつ煮込みを食べながら次のレースを待っている。

写真:和良拓馬

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