イスタンブールまで届けたい祈り、叶えたい夢~異国でダービー馬の父となったヴィクトワールピサ~

日本から遥か10,000km以上離れた異国の地トルコから日本のとある名馬の吉報が届いた。
ヴィクトワールピサがガジ賞、いわゆるトルコダービーの勝ち馬の父となったのだ。
日本馬がトルコでダービー馬の父となるのは10年ぶり2頭目の快挙である。

今回は、ヴィクトワールピサの偉業とともに、トルコ競馬についてご紹介していく。

ヨーロッパとアジアに跨り、かつて4つの帝国の首都でもあったイスタンブール。数多くの歴史の転換点を目の当たりにしてきたこの歴史的な都市は、現在もトルコ最大の人口を誇る重要な都市であることに変わりはない。

そんなイスタンブールにあるトルコ最大の競馬ヴェリエフェンディ競馬場では、トルコ国内のダービーに相当する「ガジ賞」のほか、国際グレードを持つトプカプトロフィー、ボスポラスカップ、イスタンブルトロフィーの3競走が行われる。

トルコ競馬の歴史は、1800年代中頃に近代競馬が施行されたことから始まる。その後、1950年にジョッキークラブが設立され、現在はサラブレッドと純血アラブによる平地競走が行われている。その中で、国内最高峰のレースとされるガジ賞は、1927年に第1回が施行され、1932年の第6回開催から出走馬の基準がトルコ内国産の3歳限定となって同国のダービーとして位置付けられた。レース名は現代トルコ建国の父であり、トルコで英雄的立ち位置であるムスタファ・ケマルを記念したものとされている。

また、トルコでは近年でも新しい競馬場が作られるなど競馬の発展に力を入れているようで、種牡馬として世界各国の主要な血統の名馬の輸入も続けている。日本馬はサンデーサイレンス産駒のディヴァインライトが輸入されたことに始まり、ユートピアやスマートロビン、2020年代に入ってからも今回の快挙を達成したヴィクトワールピサをはじめ、重賞2勝のクルーガー、コーフィールドCを制したメールドグラース、朝日杯FSを勝ったサトノアレス、2025年もドバイやサウジアラビアでも重賞を勝ったバスラットレオンと目黒記念の勝ち馬ゼッフィーロがトルコの地に渡り、種牡馬として繋養されている。

ヴィクトワールピサは父ネオユニヴァース、母ホワイトウォーターアフェアという血統で、それぞれ半兄に安田記念を勝ったアサクサデンエン、小倉記念を勝ったスウィフトカレントがいる。自身は2歳秋の新馬戦2着ののち、5連勝で皐月賞を制してクラシックホースの仲間入りを果たし、日本ダービーでは3着に敗れたが、秋はフランス遠征を敢行し、凱旋門賞などに出走して帰国。帰国初戦のジャパンCで8番人気ながら3着に健闘すると、有馬記念では当時の現役最強馬とも呼び声の高かったブエナビスタをハナ差抑えて勝利し、JRA賞最優秀3歳牡馬の座に輝いた。

競走馬としてファンの記憶に鮮明に刻まれているのは、翌年の快挙だろう。年明け初戦の中山記念を危なげなく勝利すると海を渡り、ドバイWCに出走。向正面で捲って先頭に並ぶ積極的なレースぶりで日本のトランセンドとの叩き合いを制してワンツーフィニッシュを決めると同時に日本馬初の同レース制覇を果たした。結果としてこれがヴィクトワールピサの最後の勝利になるわけだが、その魂の走りは東日本大震災の影響で暗いムードが漂っていた日本に勇気と希望、そして祈りを届けた。

その年限りで引退したヴィクトワールピサは北海道で種牡馬入りし、日本で過ごした9年間で初年度産駒のジュエラーが桜花賞を制し、GⅠサイアーの仲間入りを果たしている。

冒頭でも触れた通り、ガジ賞馬の父となった日本馬は、ディヴァインライト以来10年ぶり2頭目となる。ディヴァインライトは2013年と2015年の2頭輩出しているが、ヴィクトワールピサは初年度産駒ながらガジ賞に4頭が名を連ね、勝ち馬のクサ、2着ハンサムキング、5着ブレインブースターとワンツーフィニッシュはおろか、上位5着に3頭が入着するという暴れっぷり。なお、14着に敗れたブーンナムもガジ賞の2週間前に行われたクスラック賞、いわゆるトルコオークスの勝ち馬だというのだからその適性の高さには驚かされる。

近年ではディープインパクトがイギリスとアイルランドのダービーを制したオーギュストロダンを輩出したほか、フィエロがインドダービー馬を、イングランディーレがコリアダービー馬を、アグネスゴールドがブラジルダービー馬をそれぞれ輩出した例などがあるが、ヴィクトワールピサはそれに続く「異国のダービー馬の父」となった。種牡馬として日本国内では現在9頭のJRA重賞勝ち馬を輩出するに留まっているが、もしかすると現地で「ヴィクトワールピサ系」と呼ばれるサイアーラインが根付く日が来るのかもしれない。

そんな未来を思いながらヴィクトワールピサへ、今度は日本から勇気と希望と、そして祈りが届きますように。

写真:RIONT

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