アイドル性と実力の掛け算。思い出の白毛馬、ユキチャン

今でこそシラユキヒメ牝系はブチコからソダシ、ママコチャがあらわれ、GⅠ馬の牝系としてマルガの未来へとつながっているが、初期は白毛という毛色だけがクローズアップされ、ただ珍しい毛色の一族だった。見た目で人を判断してはならない。ルッキズムなる言葉もまだ浸透していなかったころ、普通と違う外見を持つものはただただ異形という扱いを受けたようにも思う。私は中学に入学する時点で身長が170センチもあった。デカいことはいいことだと他人はもてはやすが、そんなことはない。なにせ目立つ。隣の地域と同じ学校になる中学では殊更、目立ってしかたがなかった。特にケンカ自慢の荒くれには必ず目をつけられる。だが、私はただ身長が大きいだけ。目立ちたくもないし、ましてケンカなんてまるで弱い。なまじ体が大きいと誤解されるが、内面は極めて温厚な平和主義。拳で人を殴ったことなど一切ない。それどころか、気の小さい単なるビビり。昔、ダイワメジャーがあれだけ大きな馬体なのに、実は怖がりで、馬に囲まれると委縮して力が出せないというエピソードに触れ、共感しかなかった。見た目で判断しないでくれ。時代が移り、ようやく世の中がそんな叫びに共鳴してくれるようになった。生きてきてよかった。

そんな自分にとって白毛には同情しかなかった。自分で好き好んで真っ白になったわけでもない。生まれついたら白かった。そして、白いというだけで好奇の目にさらされる。もしも、鹿毛だったら、あれほど視線を集めることはなかった。自分も平均的な身長だったら、大学時代、インドア文化系だと断っても、アメフト部にしつこく勧誘されることもなかった。そして、実家の鴨居に毎朝、寝ぼけて頭をぶつけることもなかった。

ユキチャンは白毛のなかでも思い出深い一頭として記憶に残る。デビュー戦は2番人気。これは純粋な実力比べでつけられた人気ではない。白毛だったことが押し上げたのは事実だ。福島芝1200mで14着。不利があったとはいえ、後方のまま終わる姿に同情を禁じえなかった。

間をあけた12月、ダートの未勝利戦で初勝利をあげ、ユキチャンは芝2000mもミモザ賞に駒を進める。それはオークスを目指すローテーションだった。そりゃあ、たしかにGⅠにユキチャンが出走すれば、話題になるかもしれないが、ダート、それも1200mで未勝利を卒業したばかりで、芝2000mはしんどかろう。やっぱり白毛だから無茶ぶりされるのか。当時、私は中山競馬場でそんな想いに駆られていた。ユキチャン目当てではなく、たまたま競馬場に行く日にミモザ賞があり、ユキチャンが登場する。出会いはそんな感じだったという記憶がある。今ほどではないが、確かにパドックには大勢の人がいた。みんな世にも珍しい白毛を見に来ていた。当時からパドック派ではない私はパドックでユキチャンを目にしていない。見世物小屋の野次馬みたいなことはしたくなかった。とはいえ、レースはスタンドで見届けた。最終的な人気は8番人気。さすがにダート1200mを勝った馬を上位人気にはしなかったが、それでも戦歴を踏まえると、8番人気はやや過剰な気さえする。

私の観戦ポイントである中山のゴール板前を馬群が通り過ぎる。好位4番手にとりついた白毛はとにかく目立つ。バックストレッチに入ると、少し行きたがっているようにみえた。やっぱりいきなり中距離では戸惑いもあるだろう。だが、勝負所を内から上昇していく走りはストライドが大きく、力強かった。そんな伸びやかな走りもやはり白毛ゆえにひと際際立つ。あの前半の困惑はどこへいったのか。ユキチャンは少し頭をあげながらではあるが、着実に前を行く馬たちをとらえ、抜け出していく。最後は追い込むハイカックウを退け、先頭でゴール板へ。鮮やかに芝2000mを克服し、2勝目をあげた。そうか、珍しかろうがなんだろうが、強ければいいのか。競馬は実力がすべて。勝てばその評価はいかようにも変わる。白いだけじゃなく、白くて強い。こうなればアイドル性に本質が加わってくる。ユキチャンのミモザ賞を目撃したことで、私の考えは変わった。たとえ普通とは違っていても、そこだけ注目されないようにすれば、むしろ普通と違うことはポジティブに働く。どうしたって人生を引き算でとらえがちだが、足し算、いや掛け算に転換すれば、武器にさえなってしまう。ミモザ賞を勝ち、自らの手で道を拓いたユキチャンは本当の意味で光り輝いてみえた。このシラユキヒメ牝系の強くて美しいというあり方はやがてソダシにたどり着く。

その後、ユキチャンはオークス出走こそ叶わなかったが、シラユキヒメ牝系の真骨頂でもあるダートに矛先を変え、関東オークスを逃げ切り、重賞ウイナーになる。ユキチャンはなんでも一回で結果を出す。川崎に移ってからも、クイーン賞、TCK女王盃と中央交流重賞を連勝するなど、各地で旋風を巻き起こし、最終的にはNARグランプリで最優秀牝馬に選出された。アイドル性と実力の融合という白毛の可能性を一歩も二歩も前に広げた競走生活だった。さらに繁殖牝馬になると、7番仔アマンテビアンコが母も走った大井でダート三冠元年の羽田盃を勝った。また、2番仔シロインジャーは中央重賞6勝メイケイエールを出した。メイケイエールが繁殖にあがったことで、ユキチャンの系統はさらに枝葉を広げていくだろう。私も自分の人生を引き算せず、掛け算にもっていけるようもう少しあがいてみる。

写真:ふわまさあき


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※本コラムは書籍未収録です

■巻頭は国枝調教師が語るハヤヤッコとの日々

巻頭 国枝栄調教師インタビュー
   最後に出会った白毛馬との9年間
            - 取材・文 和田章郎

第1章 シラユキヒメ一族 part1

ソダシ ”純白の奇跡”を体現したスーパーアイドル
マルガ デビュー前から話題沸騰したニューアイドル
ハヤヤッコ 愛され続けた、速くて白いタフネス
ユキチャン 白毛旋風の先駆けとなった砂上のヒロイン
アマンテビアンコ ダート競馬の新章を刻んだ白き新星

第2章 シラユキヒメ一族 part2

シラユキヒメ 日本競馬に白毛を定着させた一族の礎
ブチコ おてんば娘から偉大な母へ
シロニイ 碧眼のイケメン兄さん
マイヨブラン、カルパ、エクラドネージュ、シュネーグロッケン、スーホ ほか

第3章 輝き続ける白毛血統

ハクタイユー 一族(ハクホウクン、ハクバノデンセツ・ハクバノスケなど)
The Opera House 一族(アオラキ、スノーエルヴァなど)
マダムブランシェ 一族(ユキンコ、デルマイダテンなど)
サトノジャスミン 一族(ゴージャス、ジャジャミンなど) ほか

第4章 白毛を愛する人々

ヤシ・レーシングランチ代表が明かす・ゴージャス育成秘話
アオラキ 新天地での挑戦 笠松・笹野調教師インタビュー
ナリタファームで過ごす 白毛馬たちの幸せな日々 ほか

【特別寄稿】『私と白毛』
矢野吉彦さん(フリーアナウンサー/競馬評論家)
木津信之さん(日刊ゲンダイ記者)
栗林さみさん(フリーアナウンサー)
一瀬恵菜さん(競馬大好きタレント)
和田稔夫さん(週間Gallop記者)
太田尚樹さん(日刊スポーツ記者)

第5章 白毛を知る

白毛を化学する
世界の白毛事情
白毛馬たちの第二ステージ ほか

書籍名純白の奇跡 名馬コレクション
監修ウマフリ
発売日2025年08月5日
価格定価:2,980円(税込)
ページ数96ページ
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