2021年9月22日。
この日、金沢競馬場のメインレースはダートグレードの第41回白山大賞典だった。
朝から降りしきる雨は時を過ぎるにつれて強くなり、4レースから馬場は不良。白山大賞典の頃には馬場に水が浮き、場内の側溝も溢れる程の降りとなっていた。
そんな人も馬もずぶ濡れになる雨の中、並々ならぬ気迫でパドックを行く人馬がいた。
船橋のミューチャリーと金沢の吉原寛人騎手だった。
ミューチャリーは鋭い末脚を武器にここまで羽田盃など南関の重賞を4勝。古馬になってからはダートグレード競走を主戦場としていた。
中央のハイレベルな面々を相手に掲示板に載る健闘を見せるも勝利は遠く、それどころか複勝圏内までも届かず、中央勢に弾き返され続けていた。
陣営が"今度こそは"と、JBCに向けて6月の帝王賞4着以来の秋初戦に選んだ舞台が金沢の白山大賞典。さらにデビューから手綱を握り続けていた御神本訓史騎手から金沢を知り尽くした名手吉原寛人騎手へとスイッチした。
吉原騎手がミューチャリーに騎乗する事が発表された頃にフリーペーパー「遊駿+」でインタビューをする機会があった。
「ここで結果出しておかないとJBCの乗り馬がいなくなっちゃうので頑張らないと」
金沢のトップジョッキーにここまで言わせる程の気合乗り。
そんな吉原騎手にミューチャリーの武器である末脚が生かせそうにない直線の短い金沢に対して、
「ある程度射程圏に入れながら前を見据えて、最後差し切れるように。直線もそんなに長くはないので大井みたいに差し足を最大に生かせる馬場ではない。早め早めの競馬になるんじゃないかな」
と普段よりも前目でレースを進めながら差し脚を使う事を視野に入れていた。
そして、笑いながらこうも言っていた。
「あまり見た事ないミューチャリーが見られるかも。いきなり逃げなんて奇策もありかな……絶対矢野(義幸)先生に怒られるけど」
そんな吉原騎手とミューチャリーの白山大賞典。
スタートからメイショウカズサが逃げてスワーヴアラミス、ヒストリーメイカー、マスターフェンサーと中央勢がほぼ一塊となってすぐ後ろをヴェンジェンスと共にミューチャリーが追走する展開となった。
いつもよりも前の方とは言え6番手から5番手で前半を進め、2周目の向こう正面で一気に3番手に進出。
インタビューの通りに早め早めで前に進出を開始。
しかし、不良馬場を泳ぐように軽快に逃げるメイショウカズサが徐々に差を広げてゆく。ミューチャリーはメンバー中最速の上りの脚で食らいつくも差は縮まらず。
3馬身差を許すもスワーヴアラミス、マスターフェンサーには競り勝っての2着。ダートグレード競走で初の複勝圏内に入った。
この結果でJBC本番の舞台にも吉原騎手とミューチャリーのコンビが登場。
白山大賞典の走りを踏まえてか、ミューチャリーはスタートから3番手とこれまでにない前方でレースを進め、2周目4コーナーで先頭に立ち、猛追してきたオメガパフューム、チュウワウイザード以下中央勢を抑えてゴール。
史上初の快挙達成となった。
白山大賞典の前に口にしていた言葉。
「あまり見た事ないミューチャリーが見られるかも」
白山大賞典の走りから金沢の必勝パターン、前々で進めて4コーナーで前に出てそのまま押し切る形ができると踏んだのだろう。
この白山大賞典で吉原騎手はミューチャリーを手の内に入れてJBCで「あまり見た事ないミューチャリー」の走りを見せた。
そんな吉原騎手は今年、帝王賞で手綱を握ったライトウォーリアで白山大賞典に登場する。
勝つ時は大体人気薄、先行力のある彼と金沢を知り尽くした吉原騎手がどんな走りを見せるのか。
そして、1997年の交流開始から続く中央勢の白山大賞典制覇(22連覇中、金沢限定だった2007年を除く)を地方勢として止められるのか。
今年は中央勢だけでなく地方勢にも注目だ。