1995年3月5日、中山競馬場。
この日に行われた弥生賞で、衝撃的なレースぶりからクラシック皐月賞への最有力候補へと名乗りを挙げた1頭の名馬がいた。

2歳王者となった前年末のレースも、逃げ馬を射程に捉え、追い込んでくるスキーパラダイスをクビ差抑えるという正攻法の競馬だった。
その王者たる走りは、多くの競馬ファンを虜とした。

狙うは、無敗の皐月賞制覇──。

その年のクラシックメンバーはジェニュインやタヤスツヨシといった、後々古馬戦線G1でも大活躍を遂げる2頭も名を揃えていて、そのままいけば「3強対決」で盛り上がる、はずだった。

しかし程なくして、その馬は怪我による無念のリタイアへと追い込まれてしまう。

──それから19年の時を経た2014年。無敗の王者とも言われたその馬の産駒から、ラストクロップという最後のチャンスで、見事にクラシック皐月賞を制した馬がいる。

4戦4勝で無念の怪我でクラシックを離脱したフジキセキの産駒、イスラボニータ。

フジキセキは2010年の種付けをもって種牡馬を引退し、2011年生まれがラストクロップとなっていた。

2013年6月、イスラボニータはデビューを迎えた。
2歳新馬戦がスタートされた時期から、イスラボニータの長い競走生活が始まったのである。

五分五分のスタートから中団につけたイスラボニータは、最後の東京の長い直線で抜け出して1馬身4分の1でデビュー勝ちを収める。

そうしてオープン入りを果たし挑んだ初の重賞が新潟2歳Sだった。
そこで、恐ろしいライバルが立ちはだかる。
後に桜花賞を直線最後方からごぼう抜きで制することになる、ハープスターだ。

このレースも、ハープスターは残り300mまで最後方。一方のイスラボニータは好スタートから正攻法の競馬を展開。最終直線、ピークトラムとの競り合いを制したと思われた──その時だ。

大外から異次元の末脚を見せつけられ、初めて土を付けられた。
完敗だった。
だがイスラボニータはその後、その負けを取り戻すかのように──自らの力を証明するように、好走していく。

続くいちょうSでは、ウインフェニックスやクラリティシチーなど重賞活躍馬を相手に正攻法の競馬で快勝。

そして東京スポーツ2歳Sでは、のちにダービー馬となるワンアンドオンリー、安田記念覇者となるサトノアラジン、京成杯を豪快に差し切ったプレイアンドリアルといった重厚なメンバーが、相手に揃う。そしてラスト、プレイアンドリアルとの競り合いを制して、イスラボニータは重賞制覇のタイトルを手に入れた。

その勝利は同時に、ハープスターの評価もあげていった。

年が明け、休養明けで挑んだ共同通信杯では、レースぶりがさらにパワーアップ。
正攻法の競馬で、ベルキャニオンやサトノアラジンの追撃を、抑えるどころか突き放してみせたのだ。

ハープスターに勝つのはこの馬だろう。
そんな声まで、聞こえてきそうだった。

そのハープスターは桜花賞で、直線向いてから17頭ごぼう抜きという荒技を成し遂げる。
そして迎えた皐月賞は、対ハープスターを意識したとしても、どうしても負けたくなかった一戦とも言える。

この時のメンバーもまた、G1に相応しいレベルだった。

弥生賞組のトゥザワールドとワンアンドオンリー、2歳王者のアジアエクスプレス、シンザン記念を差し切り勝ちのトーセンスターダムなどが顔を揃えた。イスラボニータは、1枠2番。

そして、皐月賞がスタートする。

予想通り、シンザン記念2着のウインフルブルームがいつものようにハナを切った。

2番手にアジアエクスプレスが、いつもより前の位置でレースを進める。3番手は弥生賞馬トゥザワールド、それにフラワーC勝ち馬紅一点バウンスシャッセが続く。

イスラボニータは、中団の8番手に位置していた。

いつもより後ろ。決して出遅れた訳ではないが、初めての多頭数で馬も戸惑いを見せながらのスタートに見えた。その後ろにトーセンスターダム。ワンアンドオンリーは最後方で、完全に出遅れてしまったようである。

1000m通過タイムは60秒2と平均ペースだったが、2ハロン目で11秒4と早く、逃げ切りも頭をよぎる。
残り800m。そこで、レースの展開が動いた。

中山競馬場開催最終週というのもあり、荒れた馬場にトーセンスターダムが足を取られたように伸びあぐねる。イスラボニータはいつのまにか外目の位置で、いつでも追い出せるといった具合で折り合いをつけいた。

レースはついに、最終直線へとなだれ込む。

デビューからコンビを組んでいる蛯名正義騎手のエスコートもうまく噛み合い、イスラボニータは驚きの末脚を発揮した。

粘るウインフルブルームを交わし、押し切りを図るトゥザワールドをあっという間に捉えて先頭に立つ。

その姿はまるで、父のようなダイナミックなフォームだ。

1馬身ほどの差をつけて、父が成し得なかったクラシック制覇を、ついに達成させたのである。

そのレース振りは、二冠達成もあり得るとの声も上がるほどだった。

フジキセキ産駒のラストクロップが、一生に一度の大舞台で大きな夢を見せてくれたのである。
負けられない一戦でもあったが、得意の舞台である東京優駿へ向けた最高のリハーサルだったのだろう。

だが、ダービーでは枠順から全て不遇に終わる結果となった。
不利と言われた外枠、想いのぶつかり合いがあまりにも壮絶だったこと、そして皐月賞馬だからこその徹底マーク。

現在では勇退した橋口元調教師の悲願達成を前に敗れてしまった。
無念はイスラボニータ自身だけではない。鞍上の蛯名騎手にとっても初ダービージョッキーへのビッグチャンスという想いもあったが、悔しい敗戦だった。


勝負の世界というのは残酷なものだと、改めて感じさせられる一戦となった。
そしてまさにこれが競馬の恐ろしさであり、面白さなのだろう。

そして、そこからイスラボニータは長いトンネルに入ることになる。

休養明けのセントライト記念こそ制したものの、そこから2017年の読売マイラーズカップで勝利するまで一度も勝ち星を挙げることが出来なかったのだ。

しかしそのレースでイスラボニータに勝った馬たちは、殆どが著名な馬ばかりである。

天皇賞・秋 スピルバーグ
ジャパンカップ エピファネイア
中山記念 ヌーヴォレコルト
毎日王冠 エイシンヒカリ
天皇賞・秋 ラブリーデイ

そして、イスラボニータが最も苦杯をなめた相手が2015年度代表馬であり、G1で6勝を築いたモーリスである。

マイルCSでは半年の休み明けだったモーリスを抑え一番人気に支持されていたが、スタートで痛恨の出遅れをしてしまう。
しかし鞍上蛯名騎手が機転を利かして最内を選択。それが功を奏し3着まで追い込んで来たのだが、外枠で何も不利がなかったモーリスに届かなかった。

そんな状況は2016年も続き、2017年モーリスが引退したと同時に2年振りとなる重賞制覇を達成する。

しかしG1となると、サトノアラジンや新興勢力であるペルシアンナイトやエアスピネルらが立ちはだかった。

デビュー当初は ハープスター。

全盛期から2016年まではモーリス。

現役最後の年はライバルが多くいた中でペルシアンナイト、エアスピネルなどの新興勢力。

様々なライバルとの出会いを繰り返してきた、激動の現役時代。

そのフィナーレを迎えたのが、イスラボニータにとって2回目の挑戦となる阪神カップだった。

相手も桜花賞馬レーヌミノルやシルクロードSを制したダンスディレクターやマイルCSで負けたサングレーザーなど、錚々たるメンバーで、ラストランに相応しい豪華さだった。

枠順は1枠2番。
そう──あの皐月賞と同じゼッケンだ。
まさに引退式の壮行レースが行われるような奇跡の枠順だった。

フジキセキ産駒の貴重な後継種牡馬として、とにかく無事に終わってくれとファンが願う中、レースがスタートした。

アポロノシンザンとトウショウピストがハナを切る。しかしその2頭が激しくポジションを争い、800m通過タイムは44秒8。玉砕覚悟のペースとなる。
イスラボニータは中団の8番手につけ、ルメール騎手が厳しい流れの中折り合いをつけていた。

そして、競走馬として最後の直線。
直線半ばでダンスディレクターが先頭。

イスラボニータがこれに続く……後続は完全に離されたようだ。2頭の一騎打ちとなる。

粘るダンスディレクター。
追うイスラボニータ。

天才・武豊騎手とリーディングジョッキー・ルメール騎手との追い比べ。

この最後の競り合いは、永遠ようにながく感じた。

そして、遂に鼻面が揃った。
勝負は首の上げ下げだ。
どっちが勝ってもおかしくない。

最後に笑ったのは──

イスラボニータだった。

まさに執念である。
日本ダービーの無念。
世界で戦った好敵手と渡り歩いた実績。
不運が不運を重ね敗戦した日々。

それら色々な悔しさをバネにして見事にラストランを飾ったのだ。しかも、コースレコード更新という素晴らしいオマケつきで。

この世代のクラシックを飾った馬は、イスラボニータの引退をもって殆どがターフを去った。
次の世代へ、既に準備は始まっている。

イスラボニータはフジキセキ産駒の貴重な後継種牡馬のうちの1頭である。

いつかは異母兄弟である牝馬のストレイトガールの子供と産駒が結ばれ、フジキセキのインブリードを作って貰いたいものだ。

第2の馬生へと弾みをつける、イスラボニータ衝撃のラストラン。

写真:RINOT、ラクト、うまたく、ヒロ、がんぐろちゃん

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