雄大かつ豪快、だけどちょっと器用、じつはトレンド先駆者ブラストワンピース

かつて勤めていた出版社では新潟記念の日に競馬場へ行く、いわゆる旅打ちが恒例だった。私が参加したのは入社して最初の夏、2018年。その年の新潟記念は当時3歳だったブラストワンピースが1番人気に支持された。前日は朝から雨、馬場状態も新潟としては珍しい重馬場。午後も曇りがちで、大層涼しい一日だった。当日は天候一変、夏のカンカン照り。暑がりさんが多い一行は競馬場に着くなり、まっすぐスタンドの指定席へと向かった。

当日の予想イベントに出演した記者さんがショウナンバッハを本命にあげてきた。ひねくれモノの私は、元よりブラストワンピースを買うつもりはゼロだった。日本ダービーは過剰人気で5着、タイトルは毎日杯のひとつ、強いかどうか分からない……ひたすら消す材料を並べた。いま、思えば愚かとしか言いようがない。

だが、レースでのブラストワンピースは、そんな見立てを一瞬だけ「正しかった」と確信させた。なぜならば、鞍上の池添謙一騎手は長い長い信濃川のような向正面で後方を追走させながら、手綱を動かしていたのである。なんなら、軽く肩ステッキさえ入っていた。1000m通過59.2は新潟記念としては早くはない。それを促しながら追走、手応えはよくない。よし、これならと、私はブラストワンピースを見切り、馬群の前に目をやった。

最後の直線、場内実況が「大外から1番ブラストワンピースが前に出た」と伝える。しかし、最内を行くマイネルミラノから順に先行馬群に注目した私にはブラストワンピースが見えなかった。傾斜がついたスタンドからは外ラチ沿いは見えにくい。直線1000m戦では中腰で覗きたくなるほど。そう、ブラストワンピースはそんな直線競馬並みの進路取りで外ラチ近くを猛烈な勢いで伸びたのだ。まるで伝説の消えたシンザンである。

これ以降、外ラチ強襲は新潟記念のトレンド。私はひそかにブラワンロードと名づけた。21年マイネルファンロンがブラワンロードを通り、勝利したのは記憶に新しい。

あっという間に先頭に立ち、新潟記念を勝利したブラストワンピース。向正面での手応えと外ラチを伸びる姿、あの年の夏、旅打ちで返り討ちに遭った私の頭はちょっと混乱したまま、新潟をあとにした。

それはやがて有馬記念で一つの答えにたどり着いた。出走当時の馬体重はデビュー以来最高の534キロ。ブラストワンピースはデビューから1年で14キロ増え、迫力満点の馬体に成長した。とはいえ、菊花賞はフィエールマンの4着。重賞タイトルは夏の新潟記念を加えた2勝。世代を代表する好素材も有馬記念では唯一の3歳馬ながら3番人気。そんな周囲の評価に対し、ブラストワンピースは明確な回答を出す。

新潟記念と同じく前日に降雨、馬場はやや重。薄暗く、寒さ身に染む中山競馬場、その2周目の第3コーナー付近だった。大外を豪快に進出するブラストワンピース、前にいるのは途中から先頭に立った当時も名勝負製造馬のキセキ。

まくり一発、4コーナー4番手に迫ったブラストワンピースは緩い馬場をモノともせず、大外を一気に駆ける。呆れるほどのパワー、その迫力たるや言葉なし。素質は一級品と評されたブラストワンピースがそのベールをグランプリで脱ぎ去ったのだ。きっと、新潟のような走りやすい馬場では軽すぎてマジメに走らない。ボコボコした厳しい馬場でこそ、雄大な馬体に宿る底知れぬ力を発揮する。誰しもが有馬記念での走りにパリロンシャンを思い浮かべたはずだ。

有馬記念の豪快すぎるレース、500キロをゆうに越える壮大な馬体。ブラストワンピースはまるで伝説の怪力無双の荒法師・武蔵坊弁慶のごとく。まくり戦法が得意なハービンジャー産駒でもあり、イメージはどうしてもそちらに偏る。もちろん、豪快な走りは事実だが、その戦歴をたどると、新たな一面があったりする。人も馬も同じ。そう単純じゃない。実際はもっと複雑なものだ。

新馬戦は2歳11月の東京。マイルCS当日に東京へ来ていた池添騎手に声がかかる。ブラストワンピースは生まれながらに体質の弱さを抱えており、背腰に疲れがたまりやすい。陣営は半信半疑ながら、その素質にかけ、競馬に送り出した。好位のインコースから攻めあがったブラストワンピースだったが、最後の直線では前に3頭も馬が並び、壁。みんな手応えはラクで、突き破れそうにない。池添騎手は絶好の手応えから、その壁を外から交わすべく導く。ブラストワンピースはスムーズに真横にスライドするように移動、3頭を外から交わし去った。

2戦目は3歳2月ゆりかもめ賞。疲れをとりながらのゆったりローテも、舞台は東京芝2400m。陣営が目指す先は明確だった。3歳冬にこの舞台、ペースがあがるわけがなく、ブラストワンピースは新馬戦につづき、またもインに閉じ込められた。猛烈に追い上げたところで、スペースがなく、今度は外にも出せない。池添騎手は思い切って狭いところに馬を誘う。まるで縫うように、それでいて前の馬に接触、力強い弾きながらでもブラストワンピースは見事に抜け出した。デビュー2戦では体に似合わず器用な立ち回りを披露している。豪快とはいえど、中山のキツいコーナーでステイゴールド一族のように加速するには器用さも必要。ストライドは大きいながら、コーナーでの追いあげるもできる。ブラストワンピースにはパワーと立ち回りの巧さが備わっていた。

続く3戦目の毎日杯はブラストワンピースの名を一躍広めた出世レースだったが、そのレースのパトロールビデオを見直しほしい。最後の直線、外回りと内回りの間、ラチがない箇所でブラストワンピースは内ラチに突っ込むような進路をとる。衝突するんじゃないかと思わせたところで、器用にそれを交わし、ちょっとだけ後ろが接触するぐらいにとどめた。危なっかしいけど、大事に至らない。最近の名馬に似た面もあった。

その毎日杯から日本ダービー直行は当時、我々を迷わせた。皐月賞を経由せず、毎日杯から日本ダービーに向かうというローテはいわば裏ローテだった。それでも日本ダービー2番人気は素質評価の証。未知なる大器ブラストワンピースへのファンの期待は想像上だった。結果は5着敗退だが、この毎日杯から皐月賞パス、日本ダービーというローテはその後、シャフリヤールがたどり、ダービー馬に輝いた。馬の消耗を減らすべくレース間隔を踏まえ、ゆったりとした出走間隔、クラシックの既成概念を変えるようなローテ、その先駆者はブラストワンピースだったりする。これもこっそりシャフリローテではなく、ブラワンローテと名づけたい。

2022年1月19日、ブラストワンピースの引退が発表された。あわせて種牡馬にはならず、ノーザンホースパークで乗馬になることも伝えられた。ハービンジャーの後継として、その存在を惜しむ声があがった。一方で、近年は活躍馬が無事に種牡馬入り、種牡馬の飽和状態も現実問題でもある。

ブラワンロードにブラワンローテ、競馬トレンドの先駆者になった馬、それがブラストワンピースだったこと。大きい顔に小顔効果を狙った緑のシャドーロールも合わせて、ファンにはどうか彼のことを忘れないでほしい。

写真:shin 1

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