まず始めに前回のコラム(第22回 馬事文化について、考える。)について補足をさせてください。
前回コラムの終わりに、遠い将来にはサラブレッドの人工授精が議論されるかも知れない、的なことを書きましたが、全くもって私の認識が甘かったです。ネットで調べただけでも、2011年にオーストラリアのとあるオーナーブリーダーが人工授精の解禁を求めて提訴したことがわかっています(2014年に敗訴)。ジャパン・スタッドブック・インターナショナルの公式HPにおいても、サラブレッドの人工授精が「国際血統書委員会でもたびたび議題になっている」ことや、国際血統書委員会としてそれを禁止している理由について記載されています。
私は何の権力もない日本の一地方馬主ですので、ここでサラブレッドの人工授精の是非を論じるつもりはありません。ただ、私がお伝えしたいのは、世界の生産者団体がサラブレッド人工授精を禁止している6つの理由の一つに、
「血統の多様性が失われることで、競馬の魅力に悪影響を及ぼすこと」
ということがはっきり明記されていることです。
「血統の多様性を守る」は、現実のビジネスを顧みない一人の老害馬主(イコール私のことです)が戯れ言や世迷い言として言っているわけではないのです。
世界の生産者団体の統括機関がその総意として、「競馬の魅力」として「血統の多様性」は守られるべきものだと公言しているのです。
言い換えれば、私のプロジェクトやコミュニティを支援していただいている皆様方、直接拠出はできなくともYoutubeチャンネルをチャンネル登録していただいたり動画を観ていただいている皆様方は、皆様お一人お一人が「競馬の魅力」を守るために戦っているのです。
そんな流れを受けてなのでしょうか。
「ウマ娘」において、新シナリオでサラブレッドの三大始祖をモチーフにするという情報がネットで話題になり(1/30に正式にリリース)、ツイッターのトレンドで「三大始祖」や「バイアリーターク」がトレンド上位トップ30に載っていました。……300年以上経った令和の日本で。
ウマ娘については他社のビジネスのことですので私がどうこう言える案件ではないですが、今回の決定は素直にありがたいことです。ダーレーアラビアン系の、その中でも特定の血統(主にノーザンダンサー系とミスタープロスペクター系)による血統の寡占状況が加速している現状について、より多くの競馬ファンの皆様に問題意識を共有することが出来るでしょう。
そして……私が正直今まで割と避けてきた「競馬のロマン」という考え方も、むしろ世界中の生産者の統括団体自らが「血統の多様性こそ競馬のロマンだ」と言っているわけですから、もう敢えて避けなくてもいいのかも知れません。
振り返れば我がプロジェクトも、もちろん運営について批判的意見や厳しいお叱りの意見もたくさんいただいておりますが、プロジェクトの意義について正面切って論理的に「サラブレッドの血統の多様性など必要ない。ひたすら強い馬を作るため、もっともっと集約し寡占化されるべきだ」という批判はほとんどなかったです。それはそうでしょう。生産者自らがそんなことは望んでいないのですから。
そして私もようやく、「血統の多様性を守ることは、世界中の生産者の総意であり、人工授精解禁を許さないための錦の御旗である」ということを正面切って言えるようになりました。これは大きいです。少なくとも私のやっていることは間違いではない、例えこのプロジェクトが失敗に終わったとしても、私のとった行動が後世において「愚行」等と嘲笑されることはないでしょう。むしろ、私のプロジェクトを妨害する側に立った人々は──いや、やめておきましょう。これから本格的に様々な交渉に入るわけですから。少なくとも、門前払いなどせずに話し合いのテーブルについていただけることと信じています。
そう考えると「ウマ娘」の今回の新ストーリーは、もうそれだけで2023年度の馬事文化賞に値すると言っても過言ではありません。この実現に動いていただいた、ウマ娘制作に関わる多くの皆様の良識の結晶であり、「競馬のロマン」を取り戻したいと願っている多くの競馬ファンの皆様への熱いメッセージだと思います。
それにしても……今回のウマ娘新ストーリーの仕掛け人はどなたなのでしょうか。私など足元にも及ばないほどの発想力、行動力、そして実現させるためのビジネススキル──ガレットデロワの種付けのことを書いた際にも思いましたが、まだまだ日本に志の高い方はいるのですね。こういう人たちが、血統の多様性を守り、競馬の魅力を守り、そして新しい馬事文化を作っていくのだと思います。もちろん、こういった意見表明の場を与えてくれている「ウマフリ」さんも、志の高い真のジャーナリズムの担い手であります。
それにくらべて私はまだまだです。これから先、クワイトファイン産駒を商流に乗せるための交渉役が私のような非才な者でいいのか、不安は尽きません。でも、もうすぐ出産シーズンはやってきます。これからの戦いに、「錦の御旗」を掲げられるよう、私ももっともっと力強い発信力を身に着けたいと思います。